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第二部

レイニーside③

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 部屋の一角ではローラのお菓子を持ち帰ってきたのか、側近たちの間でひと騒動起きていた。

「ほほう! これはまた見事な」

 セバスの感嘆の声。

「きゃあ、おいしそう。さすがはフローラ様ですねえ」

 侍女のケイトの歓喜の声。

「うっひゃー。うまそう。どれ、味見を……痛っ。何するんだよ」

「ダメですよ。勝手に手を出しちゃ。抜けがけ禁止です」

 箱の中に手を出そうとした護衛騎士のアルが、侍女のルーシーから手をはたかれて窘められている。

「ちぇ。ケチ」

 たいして痛くもない手をさすりながら口を尖らせているアル。
 護衛騎士達の抜け行儀の悪い抜けがけを阻止しようとする侍女達の攻防戦で騒がしい。
 二つの白い箱を覗き込み、これが食べたい、あれもいいとお菓子の争奪戦が始まっている。俺の存在を忘れたかのようなはしゃぎっぷり。

「今日は殿下の執務はございませんし、ここで私たちも休憩に致しましょうか」

「おう。待ってました」

 セバスの言葉にみんなの顔が輝く。早速、エルザたちがお茶の準備に取り掛かった。護衛騎士たちはテーブルや椅子を運んでいる。和気藹々の雰囲気の中、一人取り残されている俺。

「殿下、私たちも一休みしてもよいでしょうか?」

 そう聞いてきたのはセバス。
 テーブルにはクロスが敷かれて、皿やナプキン、カトラリー類もセッティング済み。あとは席に着くだけだ。すでに準備は終わっている。

 休憩する気満々の側近たちにノーと言えるわけはない。突っ立たまま言葉を失っていた俺のことなどお構いなし。

「殿下もどうぞお座りください」

 席に促されて椅子に座った。ボーとしている俺はセバス達から見れば間抜けに見えるかもしれない。頭の中はいろんな考えが浮かんでは消え、ぐちゃぐちゃに乱れている。結果、思考を放棄した。

 エルザが淹れる香りのよい紅茶の匂いが漂ってくる。大皿に並べられたお菓子が目の前に置かれた。クッキーやマドレーヌ、フィナンシェ、タルトと数種類。これを全部ローラが焼いたのだろうか。さすがにそれは無理だろうが、あの時のように厨房で楽しそうに料理をするローラの姿が思い浮かんだ。

「どれも美味しそうですねえ」

 取り分けている侍女の声がした。
 他の者たちは大人しくテーブルに着いている。さながら、待てをさせられて尻尾を振っている犬状態。護衛騎士達もこういう時にはおそろしく従順である。

 お菓子と紅茶がテーブルに並んだところでティータイムは始まった。
 テーブルの上にはお菓子を盛った皿。ナッツやチョコ、ドライフルーツ、プレーンなものと種類も豊富。何から食べたらいいか迷うくらいだ。

 各々のテーブルでは、ローラ手作りのお菓子をつまみながら歓談が始まっていた。セバスも辺りを目配りした後、腰を下ろしてお茶を堪能している。
 時折、侍女たちの小さな笑い声と護衛騎士達のはしゃぐ声が聞こえてくる。和みに和んだティータイム。

 長閑な光景を遠いもののように感じながら、お菓子に手を伸ばす。ピスタチオが入ったクッキー。
 この前、ナッツが好きで特にピスタチオがお気に入りだといったから覚えてくれていたのだろうか。もしかして、ディアナが俺のところに来ると知っていて作ってくれたとか? いや、これはディアナのために用意されたお菓子だと言っていたというか、強調していた。だから、そんなはずは、ないよな。
 俺のためだなんて、まさかね。
 でも……もしかして、
  
「殿下、食が進まないようであれば、お下げいたしますが……」

 仄かな期待に浸っていると、セバスが至極真面目な顔で聞いてきた。

「その必要はない。俺のことは気にしなくていい。好きにやってくれ」

「そうですか。ではそのように」

 今にも立ち上がってすぐにでも片付けそうな雰囲気を醸し出すセバスを制した。腰を浮かせかけていたセバスは再び椅子に座り直す。
 セバスの声にこちらを注視していた他の者たちも俺の言葉に安心したのか、元の空気に戻っていった。

 俺の好物のピスタチオのクッキーを感慨深く己に都合の良いことを考えつつ眺めていただけで、食が進まないと見えたのは心外。
 それにしても、侍従達、護衛騎士達、侍女達とそれぞれのグループで話が弾んでるようで、こちらに見向きもしない。時々、侍女が立ち上がってお茶のお代わりにテーブルを回る。

 ガラス一枚張られているような隔たりを感じる。いつもならみんなでワイワイと楽しくお茶を飲んでるはずなのだが。奇妙な空気感……
 温度のない空気に包まれている俺と側近達のわちゃわちゃとした賑やかさとは雲泥の差。
 いつもとは違う雰囲気に戸惑いながらも気づかれないように大きく息を吐く。

 そんな重い空気を払拭したければ、こちらから何か話題をふればいいのだろうが、今は何も思いつかない。
 こんなこともたまにはあるかと自分に言い聞かせて、フィナンシェを食べる。

 そういえば、ディアナがこのお菓子の数々はローラからのおすそ分けだと言っていた。ということは今日、ローラに会ったってことだよな。
 ここから帰った後にお菓子を作っていたということか。ディアナのやつ、いつローラと会う約束をしていたんだろう? タイミングが良すぎやしないか?

「ところで、殿下」

 今日の出来事を反芻しようと考えていた矢先のセバスの声に、せっかくの思考が中断してしまった。
 ところで? なんの脈絡もない言葉に首をひねっていると

「殿下もそろそろ、身を固めてはいかがでしょうか」

 静まり返った部屋に響くセバスの声。
 みんなの視線が俺に集中する。

 身を固める……つまりは結婚しろと。それは今ここで話すことなのか?
 俺の返答を固唾を飲んで見守る体で集中したみんなの視線が痛いんだが。

「いや、それは……」

「我々は今か今かと心を躍らせて待っていたのですが、一向に進展しない様子。このままでは、殿下は一生独身ではないかと心を痛めているのです」

 胸に手を置いて悲しいとばかりに神妙な顔つきで話し出すセバス。そばにいるクリスは同意するかのように下を向いて静かに耳を傾けている。護衛騎士達はうんうんと大きく頷き、侍女達は何かを期待するような明るい表情で俺を見ていた。

 急に一体何なんだ⁈





  
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