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第二部
砕け散る……Ⅰ
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「ごきげんよう」
別れの挨拶がそこここで聞こえる放課後の停車場。次々と迎えの馬車が到着して、生徒達は帰りの挨拶をして次々と校門を出て行きます。
「ディアナ。ごきげんよう。またね」
「ごきげんよう。フローラ、月曜日に会いましょう」
馬車に乗り込んだ彼女と挨拶を交わして小さく手を振りました。出発した馬車を見送って自分の馬車の到着を待っていました。
今日は週末。帰路に着く生徒達が心なしかウキウキしているように見えます。明日から二日間のお休み。教室でも休日の予定を立てている生徒達が何人もいました。
私も誘われたのですが、明日はリッキー様の学習日なので丁寧にお断りしました。数週間ぶりの登城なので、ちょっと緊張もしてしまいます。
そのあとは、レイ様の宮にお邪魔します。今も続いている文通で厨房使用の許可が下りたので、作りにおいでとのお誘いを受けました。
逃げ出したあの日の会話を覚えて下さったのだと思うと、恥ずかしいやら嬉しいやらで自分の感情が追い付いていかないのですが、何はともあれ失敗しないようにしなければ。
材料は事前お知らせしているので準備が整っているとは思うのですが、調理器具などは一応持参しようかしらとかレシピも数枚用意してシェフ達と一緒に作ろうかしらとか、段取りを考えている最中にもレイ様の笑顔が浮かんできます。
自然と顔が綻んでワクワクと心が弾んできて、早くも明日へと思いを馳せている自分がいました。
祝賀会の出来事を忘れているわけではありませんが、それよりも何よりもレイ様に会いたい。そんな私は浅ましいのでしょうか?
レイ様が好き。この気持ちに嘘はないけれど、いつかは、もしくは近い将来、終止符を打たなければいけない時が来るかもしれない。だから、その時まではレイ様を好きでいさせてくださいと私はあの日の星空に祈ったのです。
我儘なのはわかっています、レイ様に甘えてるかもしれない。その時が来るまではそばにいてもいいですよね。
そんな都合のいいことを考えながら、馬車を待っていました。
「フローラ様」
背後から聞こえた声にビクンと体が跳ねました。声だけで誰かわかります。ディアナは先に帰ってしまったから私一人。逃げ出したい衝動にかられながらも足が縫い留められたように動くことが出来ません。
今日に限って馬車は来ず、姿さえも見えません。
「フローラ様」
もう一度、名前を呼ばれました。これ以上、無視するわけにはいないでしょう。心を落ち着けるように深呼吸してから、振り向きました。
「やっと、気づいてくださいましたのね」
頬に手を添えてにっこりと微笑むビビアン様が立っていました。
「申し訳ございません。挨拶が遅れまして」
「いいのよ。放課後の停車場でこの雑踏の中ですもの。聞こえないこともありますわ。ところで、お時間を下さらないかしら」
寛容な態度で理解を示すビビアン様ですが、最後の言葉にサーと血の気が引きました。
「そんなに手間は取らせませんわ。少しの間だけ、よろしいでしょ」
断れるわけはありません。青褪めた顔を無様に晒した私はなんてみっともないのでしょう。頼りになるはずのディアナがいないまま、私はビビアン様の後をついて行きました。
連れてこられたのは人影のない校舎裏。ざわざわと木々の葉がこすれた音が聞こえ、太陽が雲に隠れたり出たりして空の様相が変化していきます。
今から、何が始まるのでしょう。悪い予感しかしません。
「祝賀会。とても楽しかったですわね」
とびきりの笑顔で微笑むビビアン様にあの日の憎しみに燃えた表情が重なります。
「は、い」
掠れた声でやっと返事をしました。
「フローラ様も楽しかったのね。それはよかったですわ」
にこやかに微笑むビビアン様はとても美しくて、間違いようのない整った美貌の持ち主です。けれど、その美しさが逆に人間らしさのない無機質なものに見えてしまいます。
「ところで、あのあとどうなさいましたの?」
「あ、あのあと……とは?」
恐ろしさで心臓がバクバクと音を立てています。あのあとと聞かれても、恐怖に支配された頭では考えることが出来ません。
「とぼけて……わたくしが帰った後ですわよ。そのくらい察しなさいな。鈍い人ね」
「……ホールに戻りました」
「本当に。ウソではありませんわよね?」
私はこくこくと頷きました。もしかして、レイ様とずっと一緒だと思われたのでしょうか?
ジーと顔を探るような目つきで眺めまわすビビアン様。
怖い。
腰が砕けそうになるのを必死にこらえながら、全身に力を込めました。
怖いけれど、負けてはダメよ。自分で叱咤激励してなんとか気持ちを奮い立たせます。そうしないと彼女に飲み込まれてしまう。
「まあ、いいでしょう。その言葉、信じますわ。それにしても、いつの間にレイニー殿下と親しくなっていたのかしら。教えて頂けるかしら?」
えっ……。
レイ様との出会いを聞きたいのですか? 聞いてどうするのでしょう。
「それは……」
「わたくしには教えて頂けないの? わたくしたちお友達でしょう? 友達の恋バナって興味ありますわ。聞いてみたいと思うのは当然でしょう」
恋バナって私とレイ様の事? 私の片思いの話を聞きたいのでしょうか。
探るように見つめるビビアン様はおもむろに扇子を取り出すと頬へと当てました。肌に伝うひんやりとした感触。閉じた扇子が鈍色に光っています。
鉄扇?
あの日の折れた扇子を思い出しました。バキバキッと折れる音が甦って冷や汗が背中を伝います。女性の力で折ることは難しいそれを真っ二つに、どれほどの力を込めたのか。想像するだけで背筋が寒くなります。
あの扇子の代わりに鉄扇を。
ギラギラと鈍く光る鉄扇が恐怖を煽ります。それをペタペタと頬に当てる様はまるで凶器のように目に映りました。
別れの挨拶がそこここで聞こえる放課後の停車場。次々と迎えの馬車が到着して、生徒達は帰りの挨拶をして次々と校門を出て行きます。
「ディアナ。ごきげんよう。またね」
「ごきげんよう。フローラ、月曜日に会いましょう」
馬車に乗り込んだ彼女と挨拶を交わして小さく手を振りました。出発した馬車を見送って自分の馬車の到着を待っていました。
今日は週末。帰路に着く生徒達が心なしかウキウキしているように見えます。明日から二日間のお休み。教室でも休日の予定を立てている生徒達が何人もいました。
私も誘われたのですが、明日はリッキー様の学習日なので丁寧にお断りしました。数週間ぶりの登城なので、ちょっと緊張もしてしまいます。
そのあとは、レイ様の宮にお邪魔します。今も続いている文通で厨房使用の許可が下りたので、作りにおいでとのお誘いを受けました。
逃げ出したあの日の会話を覚えて下さったのだと思うと、恥ずかしいやら嬉しいやらで自分の感情が追い付いていかないのですが、何はともあれ失敗しないようにしなければ。
材料は事前お知らせしているので準備が整っているとは思うのですが、調理器具などは一応持参しようかしらとかレシピも数枚用意してシェフ達と一緒に作ろうかしらとか、段取りを考えている最中にもレイ様の笑顔が浮かんできます。
自然と顔が綻んでワクワクと心が弾んできて、早くも明日へと思いを馳せている自分がいました。
祝賀会の出来事を忘れているわけではありませんが、それよりも何よりもレイ様に会いたい。そんな私は浅ましいのでしょうか?
レイ様が好き。この気持ちに嘘はないけれど、いつかは、もしくは近い将来、終止符を打たなければいけない時が来るかもしれない。だから、その時まではレイ様を好きでいさせてくださいと私はあの日の星空に祈ったのです。
我儘なのはわかっています、レイ様に甘えてるかもしれない。その時が来るまではそばにいてもいいですよね。
そんな都合のいいことを考えながら、馬車を待っていました。
「フローラ様」
背後から聞こえた声にビクンと体が跳ねました。声だけで誰かわかります。ディアナは先に帰ってしまったから私一人。逃げ出したい衝動にかられながらも足が縫い留められたように動くことが出来ません。
今日に限って馬車は来ず、姿さえも見えません。
「フローラ様」
もう一度、名前を呼ばれました。これ以上、無視するわけにはいないでしょう。心を落ち着けるように深呼吸してから、振り向きました。
「やっと、気づいてくださいましたのね」
頬に手を添えてにっこりと微笑むビビアン様が立っていました。
「申し訳ございません。挨拶が遅れまして」
「いいのよ。放課後の停車場でこの雑踏の中ですもの。聞こえないこともありますわ。ところで、お時間を下さらないかしら」
寛容な態度で理解を示すビビアン様ですが、最後の言葉にサーと血の気が引きました。
「そんなに手間は取らせませんわ。少しの間だけ、よろしいでしょ」
断れるわけはありません。青褪めた顔を無様に晒した私はなんてみっともないのでしょう。頼りになるはずのディアナがいないまま、私はビビアン様の後をついて行きました。
連れてこられたのは人影のない校舎裏。ざわざわと木々の葉がこすれた音が聞こえ、太陽が雲に隠れたり出たりして空の様相が変化していきます。
今から、何が始まるのでしょう。悪い予感しかしません。
「祝賀会。とても楽しかったですわね」
とびきりの笑顔で微笑むビビアン様にあの日の憎しみに燃えた表情が重なります。
「は、い」
掠れた声でやっと返事をしました。
「フローラ様も楽しかったのね。それはよかったですわ」
にこやかに微笑むビビアン様はとても美しくて、間違いようのない整った美貌の持ち主です。けれど、その美しさが逆に人間らしさのない無機質なものに見えてしまいます。
「ところで、あのあとどうなさいましたの?」
「あ、あのあと……とは?」
恐ろしさで心臓がバクバクと音を立てています。あのあとと聞かれても、恐怖に支配された頭では考えることが出来ません。
「とぼけて……わたくしが帰った後ですわよ。そのくらい察しなさいな。鈍い人ね」
「……ホールに戻りました」
「本当に。ウソではありませんわよね?」
私はこくこくと頷きました。もしかして、レイ様とずっと一緒だと思われたのでしょうか?
ジーと顔を探るような目つきで眺めまわすビビアン様。
怖い。
腰が砕けそうになるのを必死にこらえながら、全身に力を込めました。
怖いけれど、負けてはダメよ。自分で叱咤激励してなんとか気持ちを奮い立たせます。そうしないと彼女に飲み込まれてしまう。
「まあ、いいでしょう。その言葉、信じますわ。それにしても、いつの間にレイニー殿下と親しくなっていたのかしら。教えて頂けるかしら?」
えっ……。
レイ様との出会いを聞きたいのですか? 聞いてどうするのでしょう。
「それは……」
「わたくしには教えて頂けないの? わたくしたちお友達でしょう? 友達の恋バナって興味ありますわ。聞いてみたいと思うのは当然でしょう」
恋バナって私とレイ様の事? 私の片思いの話を聞きたいのでしょうか。
探るように見つめるビビアン様はおもむろに扇子を取り出すと頬へと当てました。肌に伝うひんやりとした感触。閉じた扇子が鈍色に光っています。
鉄扇?
あの日の折れた扇子を思い出しました。バキバキッと折れる音が甦って冷や汗が背中を伝います。女性の力で折ることは難しいそれを真っ二つに、どれほどの力を込めたのか。想像するだけで背筋が寒くなります。
あの扇子の代わりに鉄扇を。
ギラギラと鈍く光る鉄扇が恐怖を煽ります。それをペタペタと頬に当てる様はまるで凶器のように目に映りました。
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