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第二部

ビビアンside④

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「よい祝賀会でしたわ。ユージン殿下とポラリス嬢。とてもお似合いでしたわね」

 馬車が走り出してしばらくたった頃にお母様が感慨深げに祝賀会の話しを始めた。

「ああ、あとは婚礼の日を待つだけだ。これから忙しくなるが、慶事だから担当の者たちも皆張り切っていたよ」

 お父様は内務大臣。国内行事の重要な役割を担っている。

「そうでしょうね。それに、また一つ慶事が増えるかもしれませんわ」

「まだ、決まったわけではないよ。早計というものだよ。滅多に口に出すものではない」

「わかっておりますわ」

 お母様は高揚した気分を抑えきれないのか、頬が緩みっぱなし。機嫌がいいのは良いけれど、何を想像しているのかわかるだけに、憂鬱な気分のわたくしには少々鬱陶しい。
 
「それにしても、レイニー殿下の美貌は噂以上でしたわね」

「わしがそう言っただろう?」

「ええ。旦那様の言う通りでしたわ。そして、まあ……ビビアンと並んだ時の美しさったらありませんでしたわねえ」

 その時のことを思い出したのか、お母様はうっとりと感嘆のため息をついている。

「周りも見惚れておったな。美しい。美麗なカップルだと、お似合いだと口々に言われたな」

「そうですわ。レイニー殿下とビビアン。これ以上のお相手はいないだろうと皆さんから褒めて頂きましたわ。親の欲目ではなく、今回一番輝いていたのは、ビビアンでしたもの」

「レイニー殿下も何人かの令嬢と踊っていらしたが、やはり、殿下の美貌に引けを取らないビビアンが一番似合っていたのは周知の事実。よい機会に恵まれたものだ」

 お父様も意気投合して話がだんだん興に乗っていってるわ。あけすけな物言いで本人の目の前で隠しもしないのは、お酒が入って気が大きくなっているせいかもしれない。
 レイニー殿下のお相手はわたくししかいないと自負していたわ。それは今でも変わっていない。

 けれども

『本当はファーストダンスだって、ローラと踊りたかったんだ。二曲目だって、三曲目だって、本当はずっとローラと踊りたかった』

 盗み聞きだったけれど、こんなことを言われたわたくしはどうすればいいの?
 わたくしは眼中になかったって言われているようなもの。
 殿下とファーストダンスを踊って舞い上がっていた気持ちも、もう一度、ダンスに誘ってくださると心待ちにしていたことも、わたくしを選んでくださると確信していた思いも……
 最初から好意のひとかけらさえなかったのだと思い知らされた、あの瞬間。

『私もレイ様ともっと踊りたかった。でも……』

 わたくしだって踊りたかったわ。ずっと待っていたのですもの。わたくしに権利があるはずよ。

 そして、あろうことか、二人は星空の下で踊りだしたのよ。レイニー殿下の口から紡ぎだされる曲に合わせて踊るフローラ。
 なに、その楽しそうな顔。なに、その幸せそうな顔。幸福な時間を過ごすのはフローラではなく、わたくしのはず。
 おかしい。何かが間違っている。

「あら? ビビアン? その手に持っているのは扇子かしら? 随分と短くなっているけれど、どうしたの?」

 不意に聞こえた声に我に返った。
 右手に握りしめていた扇子に気づいたお母様が尋ねてきたわ。膝の上に置いていた右手に目をやるとボロボロになった扇子が目に入った。ずっと握りしめていたんだわ。気付かなかった。

「ごめんなさい、お母様。少し力を入れてしまったら折れてしまいましたの。せっかく買って頂いたのに粗末にしてしまって申し訳ありません」

 わたくしは目を伏せて謝ったわ。
 二人だけの空間で二人だけの会話。甘ったるい恋人同士のような仲を見せつけられて、はらわたが煮えかえるくらいに悔しくて憎くて、持っていた扇子に力が入ってしまった。でもあんなに簡単に折れるとは思わなかった。扇子って案外もろいものなのね。

「いいのよ。ドレスと一緒に新調したはずなのに、不良品だったのかしらね。また新しいものを買えばよいわ」

「お母様、次は丈夫で長持ちするものがいいですわ」

「そうね。よく吟味して買いましょう。わたくしも新しい扇子が欲しいところだったのよ。ちょうどよかったわ」

 お母様は折れた扇子などには興味はなさそうで買い物をすることに頭がいっぱいの様子。折れた理由を聞かれても答えに困ったから助かった。怒りにまかせて真っ二つにしたなんて言えないわ。
 自嘲気味に口の端を持ち上げた。

 扇子が折れたせいで、二人に見つかってしまったけれど、むしろチャンスだと思ったわ。ここで顔見知りになっておけば、また会う機会が訪れるかもしれない。わたくしのことを知ってもらえれば、フローラよりもずっと魅力的なことがわかるわ。王子妃に相応しいのはわたくしだときっとわかってもらえる。チャンス到来だと思ったのに。

 そのチャンスもディアナとハイスター公爵の登場で無になってしまった。


『僕はシュミット公爵令嬢とは面識がないのだけれど、それでも同席したいのかな?』

『ディアナとフローラ嬢の友人のようだから、どうしてもというならば同席しても構わないよ。どうする?』

 公爵の言葉にはわたくしに対する敬意も爵位が同じもの同士の親しみもなかった。仲間に入れてあげようという優しさも感じられなかった。わたくしは邪魔者扱い。
 こんな惨めな思いをしてこの場にいるのはつらい。こんな屈辱は初めてだった。
 国王陛下の甥で側近。心証を悪くするわけにはいかない。王子妃への道が遠のく可能性があるから、引くしかなかった。

 悔しい。悔しいわ。
 いつの間にハイスター公爵まで引き入れているのよ。ディアナもなんでわたくしに公爵を紹介してくれなかったのよ。わたくしに先に引き合わせるのが礼儀でしょうに。
 そしたら、もっと早くレイニー殿下と会えていたわ。こんな惨めな思いをしなくてもすんだのよ。

 期待に満ちた数時間前は今は夢まぼろしのように消えてしまった。
 
「ねえ、お父様? レイニー殿下のお相手は決まっているのですか?」

「いや。何も聞いていない。これからだよ。誰が相応しいか答えは出ているようなものだが。ビビアンも興味があるのかい?」

「ふふっ。気にしている令嬢がたくさんいらっしゃるので、聞いてみましたの。素敵な方ですもの。みんな憧れますわ」

「そうか、そうだな」

 そうよね。まだ、正式に決まったわけではないわ。まだ、わたくしにもチャンスはあるはずよ。それに、結婚するまでは何があるかわからないものね。

 フフフ。
 大丈夫よ。最後の最後に結婚出来ればいいのよ。諦めないわ。 
 




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