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第二部
砕け散る……Ⅲ
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チュンチュン。
かわいい鳴き声と共に木々の小枝を飛び回るスズメたち。
ベッドの背にクッションを置いてもらった私は、上半身を起こして、窓から外を眺めていました。窓から見える紺碧の空に形を変えながら流れていくふわふわの白い雲。午後の長閑な風景をただ眺めていました。
雨が降ったあの日から熱が出て風邪をひいてしまい、やっと起きれるくらいに回復したのは一週間経った今日から。
御者が見つけてくれるまでずっと雨に打たれていたので、体温は下がり、制服はぐっしょりと濡れて髪も乱れて大変な有様でした。その夜に高熱が出て起き上がれずに、ベッドでの生活を余儀なくされました。熱にうなされながら、いろんな出来事が浮かんでは消え、浮かんでは消え……夢現の中、霧が立ち込める空間をさまよっているようでした。
お母様やメイドのサリー達がつきっきりで看病してくれた中、お父様も頻繁に部屋を訪れて体の具合を心配してくれました。両親の顔が見えると気持ちが安らいで眠れたような気がします。
コンコン。
ドアをノックする音に返事をすると入ってきたのは、サリーでした。
「ディアナ様がお見舞いにいらっしゃっていますが、どういたしましょう」
「お通しして」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
心配そうな表情で尋ねるマリーに笑みをのせて頷きました。
「大丈夫よ。ディアナの顔を見たいわ。無理はしないから、少しの間だけね」
「わかりました。くれぐれも無理はなさらないで下さいね。本当に少しの間だけですよ。では、お連れしますね」
サリーったら、心配性なんだから。でも、献身的に看病をしてくれたから、言うことを聞かないといけないわね。
しばらくすると、朗らかな声と共にディアナが来てくれたわ。
「こんにちは。具合はどう?」
手には大きな花束を抱えていました。あとに続くようにサリー達がなにやら品物を運んできて、チェストの上に並べ始めました。
「一人では持てなかったから、手伝ってもらったわ。みんなからお見舞いの品を預かってきたのよ。気軽に外出できない方達ばかりだから」
気軽に外出できない方って……まさか、ですよね?
サリーは部屋に案内されたディアナに椅子を用意すると、私にはショウガと蜂蜜をいれた紅茶とディアナには紅茶とチーズケーキを準備してから、部屋の奥に控えています。
「先ずは、これね」
ディアナは自分が抱えていた花束を差し出しました。ベビーピンクの薔薇の花束。しかも百本くらいありそうなたくさんの薔薇です。花が咲いているもの、咲きかけのもの、蕾のもの。割合的には蕾の方が多い。それをバランスよく束ねてありました。
「これはね、ローズ様のプライベートガーデンに咲いているものなの。ローズ様のお気に入りの薔薇なのよ。それと蕾が多いのはね、花を長く楽しんでほしいからという思いとフローラちゃんの癒しになれば嬉しいわって、おっしゃっていたわ」
ベビーピンクの優しくて明るい色合いが荒んだ心の中にしみ込んでいくよう。ローズ様の細やかな心遣いが有難くて温かい気持ちになります。
埋もれるような豪華な花束をしばらく眺めたあと、花瓶に生けてもらうために控えていたサリーに託しました。
「あとはね、アンジェラからはフルーツの詰め合わせと私からは野菜ジュースよ。栄養も取れる実用的なものもいいと思って、選んでみたわ」
「ありがとう。ローズ様やアンジェラ様まで。風邪を引いただけなのに、気を遣わせてしまって申し訳ないわ」
「何を言ってるの。こういうことは気にしないのよ。風邪とは言ってもけっこう長引いているから、二人共心配していたわ」
「ごめんなさい。ローズ様やアンジェラ様のお手を煩わせてしまったわ。それにディアナにも心配をかけてしまって」
「謝らなくていいから。早く治すことが先決よ」
「ええ。そうね。早く元気になりたいわ」
リッキー様の学習もお休みを頂いていた上に今回の風邪で数週間も滞っている状態。アンジェラ様にもリッキー様にも迷惑をかけて教師失格ね。私には向いていないかもしれないわ。
「あっ。それと肝心なことを忘れるところだったわ」
ディアナは椅子から立ち上がるとチェストに置いてあった品物を持ってきました。
リボンのかかった四角い箱。かわいくラッピングされたそれを私に手渡しました。
どなたからなのでしょう? 私にお見舞いをしてくれる方って、他にいたかしら?
送り主が思いつかなくて首を傾げました。
「さあ、開けてみて」
急かせるように催促するディアナにますます疑問符を浮かべながら、リボンを解いて包装紙を開けました。そして現れたのは、箱の中におしゃれに収まっている二枚のハンカチでした。
一枚は純白のハンカチ。
もう一枚は翡翠色で縁取りした淡いグリーンの綺麗なハンカチ。隅に百合の花の刺繍が施してありました。
百合は蝋封にも使われています。何度も何度も目にした花です。
レイ様の庭園にも咲いていました。
気づいた時にはハンカチを撫でていました。鼻がツーンとして目頭が熱くなり泣きそうになります。ディアナがいる前で泣くわけにはいかないので、グッと我慢しました。
「誰からなのか、分かった?」
「……レイ、様?」
「そうよ。レイニーからよ。彼も心配していたわ。早く良くなってほしい。また、元気な姿を見せてほしいって言ってたわよ」
また……次もあるの? 会って下さるの?
我慢していたのに。ディアナに涙は見せたくなかったのに。
瞳いっぱいに膨れ上がった涙は雫となって頬に流れ落ちました。あとからあとから零れる涙は止めることができなくて、見兼ねたディアナが自分のハンカチを貸してくれました。
レイ様。
脳裏に甦ったビビアン様の暴言の数々が放たれた刃となって、心の奥深い場所をえぐっていきました。
レイ様。
あの日踊ったダンスは遠い日のよう。本当は夢だったのかもしれないわ。私は夢を見ていたのかも、ずっと。
泣き止みそうもない私の横で、何も言わずにディアナがそっと寄り添ってくれました。
かわいい鳴き声と共に木々の小枝を飛び回るスズメたち。
ベッドの背にクッションを置いてもらった私は、上半身を起こして、窓から外を眺めていました。窓から見える紺碧の空に形を変えながら流れていくふわふわの白い雲。午後の長閑な風景をただ眺めていました。
雨が降ったあの日から熱が出て風邪をひいてしまい、やっと起きれるくらいに回復したのは一週間経った今日から。
御者が見つけてくれるまでずっと雨に打たれていたので、体温は下がり、制服はぐっしょりと濡れて髪も乱れて大変な有様でした。その夜に高熱が出て起き上がれずに、ベッドでの生活を余儀なくされました。熱にうなされながら、いろんな出来事が浮かんでは消え、浮かんでは消え……夢現の中、霧が立ち込める空間をさまよっているようでした。
お母様やメイドのサリー達がつきっきりで看病してくれた中、お父様も頻繁に部屋を訪れて体の具合を心配してくれました。両親の顔が見えると気持ちが安らいで眠れたような気がします。
コンコン。
ドアをノックする音に返事をすると入ってきたのは、サリーでした。
「ディアナ様がお見舞いにいらっしゃっていますが、どういたしましょう」
「お通しして」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
心配そうな表情で尋ねるマリーに笑みをのせて頷きました。
「大丈夫よ。ディアナの顔を見たいわ。無理はしないから、少しの間だけね」
「わかりました。くれぐれも無理はなさらないで下さいね。本当に少しの間だけですよ。では、お連れしますね」
サリーったら、心配性なんだから。でも、献身的に看病をしてくれたから、言うことを聞かないといけないわね。
しばらくすると、朗らかな声と共にディアナが来てくれたわ。
「こんにちは。具合はどう?」
手には大きな花束を抱えていました。あとに続くようにサリー達がなにやら品物を運んできて、チェストの上に並べ始めました。
「一人では持てなかったから、手伝ってもらったわ。みんなからお見舞いの品を預かってきたのよ。気軽に外出できない方達ばかりだから」
気軽に外出できない方って……まさか、ですよね?
サリーは部屋に案内されたディアナに椅子を用意すると、私にはショウガと蜂蜜をいれた紅茶とディアナには紅茶とチーズケーキを準備してから、部屋の奥に控えています。
「先ずは、これね」
ディアナは自分が抱えていた花束を差し出しました。ベビーピンクの薔薇の花束。しかも百本くらいありそうなたくさんの薔薇です。花が咲いているもの、咲きかけのもの、蕾のもの。割合的には蕾の方が多い。それをバランスよく束ねてありました。
「これはね、ローズ様のプライベートガーデンに咲いているものなの。ローズ様のお気に入りの薔薇なのよ。それと蕾が多いのはね、花を長く楽しんでほしいからという思いとフローラちゃんの癒しになれば嬉しいわって、おっしゃっていたわ」
ベビーピンクの優しくて明るい色合いが荒んだ心の中にしみ込んでいくよう。ローズ様の細やかな心遣いが有難くて温かい気持ちになります。
埋もれるような豪華な花束をしばらく眺めたあと、花瓶に生けてもらうために控えていたサリーに託しました。
「あとはね、アンジェラからはフルーツの詰め合わせと私からは野菜ジュースよ。栄養も取れる実用的なものもいいと思って、選んでみたわ」
「ありがとう。ローズ様やアンジェラ様まで。風邪を引いただけなのに、気を遣わせてしまって申し訳ないわ」
「何を言ってるの。こういうことは気にしないのよ。風邪とは言ってもけっこう長引いているから、二人共心配していたわ」
「ごめんなさい。ローズ様やアンジェラ様のお手を煩わせてしまったわ。それにディアナにも心配をかけてしまって」
「謝らなくていいから。早く治すことが先決よ」
「ええ。そうね。早く元気になりたいわ」
リッキー様の学習もお休みを頂いていた上に今回の風邪で数週間も滞っている状態。アンジェラ様にもリッキー様にも迷惑をかけて教師失格ね。私には向いていないかもしれないわ。
「あっ。それと肝心なことを忘れるところだったわ」
ディアナは椅子から立ち上がるとチェストに置いてあった品物を持ってきました。
リボンのかかった四角い箱。かわいくラッピングされたそれを私に手渡しました。
どなたからなのでしょう? 私にお見舞いをしてくれる方って、他にいたかしら?
送り主が思いつかなくて首を傾げました。
「さあ、開けてみて」
急かせるように催促するディアナにますます疑問符を浮かべながら、リボンを解いて包装紙を開けました。そして現れたのは、箱の中におしゃれに収まっている二枚のハンカチでした。
一枚は純白のハンカチ。
もう一枚は翡翠色で縁取りした淡いグリーンの綺麗なハンカチ。隅に百合の花の刺繍が施してありました。
百合は蝋封にも使われています。何度も何度も目にした花です。
レイ様の庭園にも咲いていました。
気づいた時にはハンカチを撫でていました。鼻がツーンとして目頭が熱くなり泣きそうになります。ディアナがいる前で泣くわけにはいかないので、グッと我慢しました。
「誰からなのか、分かった?」
「……レイ、様?」
「そうよ。レイニーからよ。彼も心配していたわ。早く良くなってほしい。また、元気な姿を見せてほしいって言ってたわよ」
また……次もあるの? 会って下さるの?
我慢していたのに。ディアナに涙は見せたくなかったのに。
瞳いっぱいに膨れ上がった涙は雫となって頬に流れ落ちました。あとからあとから零れる涙は止めることができなくて、見兼ねたディアナが自分のハンカチを貸してくれました。
レイ様。
脳裏に甦ったビビアン様の暴言の数々が放たれた刃となって、心の奥深い場所をえぐっていきました。
レイ様。
あの日踊ったダンスは遠い日のよう。本当は夢だったのかもしれないわ。私は夢を見ていたのかも、ずっと。
泣き止みそうもない私の横で、何も言わずにディアナがそっと寄り添ってくれました。
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