婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ

文字の大きさ
170 / 195
第二部

ディアナside⑫

しおりを挟む
 コテンと首を傾げたアンジェラ。仕草は可愛いのだけれど言っているセリフはえげつない。
 にっこりと笑うアンジェラの言葉を理解できないのか、瞬きを繰り返しながらビビアン様はただ彼女を見つめていた。

「素敵なレストランを見つけたのよ。行ってみない?」

 的な軽いノリで言われてもすぐに理解できないのも無理はない。

「ふふっ。もう一度言うわね。あなたにとても似合いそうな娼館を見つけたのよ。そこにお世話になってみないかしら」

「しょ、しょう……娼館?」

「そう、娼館」

 不敵な笑みを湛えたアンジェラは扇子でビビアン様の顎を持ち上げ彼女を視界にとらえると目を細めた。

「だって、疑似体験ばかりではリアリティがなくてつまらないでしょう? だから、本物の体験をさせてあげるわ」

 やっと、言葉の意味を理解したのか俄かに震えだすビビアン様。
 
「い、いや」

「残念ながら拒否権はないのよ」

「な、何故。娼館って何? わたくしは……わたくしは」

 くいと顔を近づけたアンジェラはビビアン様の顔をしげしげと眺めた。

「知ってるかしら? フローラちゃんを襲った盗賊達は彼女を娼館に売るつもりだったのですって。メイドからは誘拐したら好きにしていいと言われていたそうよ。貴族令嬢だから高く売れるだろうとふんでいた。すぐに捕まって未遂に終わったけれどもね」

「い、痛い」

「あら、ごめんなさい」

 顎に当てていた扇子がいつの間にか喉に食い込んでいたようで、アンジェラは扇子を外した。

「大事な商品。傷をつけてはいけないわね。大丈夫かしら?」

 ちっとも心配しているようには見えないけれど、アンジェラはビビアン様の顎に目をやった。少し赤くなっているようだけれど、数時間もすれば消えるでしょう。

 痛みを感じるのか喉をさするビビアン様に冷淡な眼差しを向けるアンジェラを見て苦笑する。

「レイニーとの恋愛は体験させてあげられないけれど」

 わざとそこで区切るなんて、もう、これは面白がっているのではないの? レイニーの名前が出るたびに動揺するビビアン様を見て愉しんでいるようにしか見えない。

「誘拐されたフローラちゃんが体験するはずだった娼館での暮らしをあなたが体験するの。とても良い提案だと思わない?」

「イ、イヤ。それだけはイヤ」

 ビビアン様は青ざめた顔でプルプルと頭を左右に振って自分の身体を抱きしめた。
 
「貴重な体験よ。誰でもできることではないわ。フローラちゃんはレイニーと結婚して王子妃になるから、そんな体験は無理だしね」

 ビクッと肩を跳ね上げたビビアン様の顔がますます青褪めていく。
 猫が捕らえたネズミをいたぶっている図ね。アンジェラの目が座っているわ。

「だから、あなたが代わりに体験してきてくれないかしら。きっと良い社会勉強になるだろうし世間を知るいいきっかけになると思うのよ」

 授業の一環の体験学習の体で話すアンジェラ。社会勉強とか世間を知るとかあながち嘘ではないけれど。

「それだけはイヤです。お願いします。それだけは、許してくださいませ」

 先ほどまで震えていたビビアン様が床に頭を擦りつけて懇願する。

「あら、そうなの? だったら何がいいのかしら?」

「わたくしも男爵令嬢にしてくださいませ。家族と新しい領地に行かせてください。これからは改心して彼の地でひっそりと暮らしますので、二度とフローラ様の前には姿を現しません。どうか、お聞き届けください」

「反省したの?」

「はい。申し訳ございませんでした。わたくしが悪うございました」

 窮地に追い込まれやっと謝罪の言葉を口にしたビビアン様の姿はなんとも滑稽でみっともない。平身低頭する彼女を見ると少しスカッとしたわ。少しね

「公爵令嬢の肩書はいらないの? あなたにとって大事なものでしょう? 男爵は下位貴族。公爵に比べたら雲泥の差よ。それでもいいの?」

「はい。なんでも受け入れます。男爵令嬢でも構いません」

「なんでも受け入れるのね」

「はい」

 言質を取ったアンジェラはほくそ笑んだ。
 娼館行きを拒むのに夢中でビビアン様は気づいていない。

「でもね。あなたが男爵令嬢として新しい領地に行ったとして、果たして家族はあなたを受け入れてくれるかしらね」

「えっ?」

「だって、そうでしょう? あなたのせいで公爵から男爵へ爵位を落とされて僻地へと追いやられ、お兄様だって次期公爵のはずが次期男爵。息子は未来の王太子の側近候補はずが、王城に呼ばれることもない下位貴族。今までのような贅沢な暮らしだって出来ないわ。領地はわずかだもの。自分達には何の落ち度もないのに環境が一変したのよ。その元凶のあなたを快く迎えてくれるかしらね」

「そ、それは。でも、両親も兄夫婦も優しいですから。わたくしもこれから精一杯家族に償いをします。許してもらうためならばなんでも致します」

「あら、まあ。凄い改心だこと。もっと早く聞きたかったわね」

 恐る恐る顔を上げたビビアン様は

「申し訳ございませんでした」

 謝ると再び頭を床にこすり付けた。
 愉快だこと。アンジェラは涼し気な顔で扇子を広げて扇いでいる。

「わかったわ。あなたも十分反省したようだしね。あなたの願いを聞き入れるわ」

「ありがとうございます。感謝いたします」

 なおも床に頭をこすり付けてお礼を述べるビビアン様はとても憐れに見えた。
 
「いいのよ。言ったでしょう? わたくしは鬼ではないのよ」

「とんでもございません。王太子妃殿下は慈悲深いお方でございます。誠にありがとうございます」

 保身のために更に身を低くするビビアン様にはプライドの欠片も残っていなさそう。娼館よりも男爵領の方がいいに決まっているものね。わたしだってそちらを選ぶわ。そのためにはプライドもかなぐり捨てるわよね。形振り構っていられないもの。
 いいものを見せてもらったわ。

「あなたは本当に男爵令嬢でいいのね?」

「はい。十分でございます」

「そう。わかったわ。男爵令嬢として生きることを許可するわ」

「有難き幸せにございます」

 こすり付ける額の隙間から何かが光っているのが見えた。涙かしら?

「ただし、二十年後ね」

 アンジェラの一言で振り出しに戻ってしまった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

処理中です...