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第二部
チェント男爵令息side③
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卒業パーティー以来、謹慎させているリリアだが、大人しくしているかと思えばそうでもなかった。
ずっと部屋に閉じこもっていては体に悪いと使用人が止めるのも聞かず部屋を飛び出そうとしたり、時には涙を流して使用人を懐柔しようとしたり。時には窓伝いに脱走しようとした。すべて、失敗に終わったが。
運よく邸を出ることができても行く先など一つしか思い浮かばない。テンネル侯爵家だ。そこに行きついたとしてもすぐに連絡が入るだろう。また連れ戻されるだけ。卒業した後も続けるはずだった侯爵夫人教育は見合わせの状態である。
反省することよりも己の感情のみで衝動的に行動するリリアにうんざりとする。
「リリア。少しは反省したか?」
夕食のあと、応接室に呼び問いかける。
引っ越しのための荷運びも順調に進んでいる。引き渡しが迫っているからだ。この部屋もテーブルとソファに調度品が少しだけ。
がらんとした部屋に父も含めて三人で座っていた。
俺と父の前にはコーヒーがリリアには紅茶とケーキが並んでいる。リリアは支度したメイドが退室するのも待たずに、ケーキにかぶりついていた。あの日以来、おやつ抜きだったからよほど飢えていたのかもしれないが、それにしてもがっつき過ぎである。品がない。
はあ。そういうところなんだよな。
マナーを学んでも実践がなっていない。言葉遣いもだ。
斜め前に座っている父を見やれば渋い顔でリリアを見ていた。
「しました」
最後の一口を食べ終え紅茶を流し込むように飲んだリリアは元気よく言い切った。
「どんなところを反省したんだ」
「えっ? えっと……」
口先だけではなんとでも言えるからな。返事はよかったが、案の定答えることができない。
「えっとですね。リチャード君を誘ったのが悪かったのかな、なんて」
えへへ……
何故だか照れ笑いをして頬を掻いている。
「リチャード殿下の御名を気安く呼んではいけない。そんなこともわからないのか? それとも殿下自身が許したのか?」
「うーん。許してもらったわけではないですけど、子供ですよ」
「年齢など関係なく相手は王族だ。我々よりも遥かに身分が高い。敬意を払い礼儀を弁えて接していかねばならないのに。本来なら男爵家ごときがお目通りが叶うような方々ではないんだぞ」
「でも、フローラさんとはとても仲良しだったみたいで、リチャード君もローラおねえちゃんとか言っていたし、あたしも仲間に加わりたかっただけなんですけど」
口を尖らせるリリアに悪びれる様子は全然ない。
フローラ嬢は第三王子殿下の婚約者。リチャード殿下とも親しいのだろう。それとこれとはリリアとは何の関係もない。男爵令嬢がおいそれと近づける人物ではないのに。侯爵令嬢で王族の婚約者と貴族の末端の男爵令嬢を同等に語る方が間違っているというのに。
「まずは、殿下とお呼びしなさい。許しも頂いていないのに気安く呼ぶなど不敬だぞ」
「えー。今はお義父とお義兄様だけだし」
「どこだろうと関係ない。その緩んだ心根がいざという時に出るんだ。貴族の立ち居振る舞いを身につけるには時間がかかる。しかし、最低限のマナーは習得しておかないと困るのはお前なんだぞ」
「わかっているけど、難しくて、頭がこんがらがってよくわからないんだもん」
しゅんとしおらしく項垂れるリリアだが、反省の二文字すら空のかなたに吹き飛んでしまったとしか思えない。
まず、身分制度というものを理解していない。理解する気もないのだろうな。これで社交界を渡っていけるとでも思っているのだろうか。
まだ子供であれば教育の余地はあるし更生の道もあるのだが……
これが、侯爵家に嫁ぐなど不安要素しかない。またどこかでトラブルを引き起こすだろう、そんな未来しか見えない。
嫁に出し、厄介払いができると喜んでいた時期もあったが、それはとんでもない間違いだった。エドガー殿が望んだことであったとしても、テンネル侯爵家にも悪いことをしてしまった。侯爵夫人教育も施してもらったというのに、恩を仇で返すようなことをしでかしてしまった。
ああ、頭が痛い。
「リリア。よく聞きなさい」
俺達の会話を聞いていた父が厳粛な顔で告げた。
「テンネル侯爵家令息エドガー殿との婚約は白紙に戻す。そして、リリアお前は修道院に入れることにした」
「はっ? 今、なんて言ったの?」
「かねてから言っていたはず。問題を起こせば婚約を白紙撤回すると。だから、きちんとマナーと教養を身につけるように約束していたはずだな」
「問題って、何?」
そこからなのか。
父は無になったまま、静かにリリアの様子を窺っていた。
「卒業パーティーでの騒ぎの件だ。お前の愚行で事業にも影響が出ている。婚約解消の件ではさほど影響は出なかったのだがな。今回はそういうわけにはいかなかったようだ」
あの時はブルーバーグ侯爵家の商会がうちの商会に新規参入してくれたおかげで批判は免れた感はある。
相手は格上の力のある侯爵家、その気になれば婚約者の浮気相手の男爵家など簡単に潰してしまえる。そうなってもおかしくなかったのに、敵意を持つどころか取引に応じてくれたのだ。
今では大お得意さまで業績が伸び取引先も増えて売り上げも右肩上がりで感謝をしていたところだった。
順風満帆。支店も増やす計画もあったというのに。
「どういうこと?」
「どこの世界に王族にぞんざいな扱いをする貴族がいるというのか。しかも、何の面識もない末端の男爵令嬢が馴れ馴れしく殿下に話しかけるなど。それだけでなく、嫌がる殿下を無理やりに引きずり出そうとするとは。貴族の風上にもおけぬ所業だと思うがな」
「そ、それは……照れて、恥ずかしがっていると、思ったからで」
「初対面のどんな人物かもわからない人間について行く者などいないだろう? 声をかけられれば知らない人間について行ってもよいと両親に教えられたのか?」
「いえ。ついて行くなと言われてました」
「それが当たり前のことだ」
「あっ、でも。レイニー殿下と一緒に行くつもりだったから、大丈夫では?」
何を言っている。
「そういうことではない」
父が一刀両断するもリリアはわかっていない様子。
どう説明したらいいのだろうか。
「まあ、もういい。過ぎたことだからな。今更グダグダ言っても始まらん。それよりもこれからのことが大事だ」
理屈も常識も通じない者を説き伏せようとしても無駄なことだったな。
ずっと部屋に閉じこもっていては体に悪いと使用人が止めるのも聞かず部屋を飛び出そうとしたり、時には涙を流して使用人を懐柔しようとしたり。時には窓伝いに脱走しようとした。すべて、失敗に終わったが。
運よく邸を出ることができても行く先など一つしか思い浮かばない。テンネル侯爵家だ。そこに行きついたとしてもすぐに連絡が入るだろう。また連れ戻されるだけ。卒業した後も続けるはずだった侯爵夫人教育は見合わせの状態である。
反省することよりも己の感情のみで衝動的に行動するリリアにうんざりとする。
「リリア。少しは反省したか?」
夕食のあと、応接室に呼び問いかける。
引っ越しのための荷運びも順調に進んでいる。引き渡しが迫っているからだ。この部屋もテーブルとソファに調度品が少しだけ。
がらんとした部屋に父も含めて三人で座っていた。
俺と父の前にはコーヒーがリリアには紅茶とケーキが並んでいる。リリアは支度したメイドが退室するのも待たずに、ケーキにかぶりついていた。あの日以来、おやつ抜きだったからよほど飢えていたのかもしれないが、それにしてもがっつき過ぎである。品がない。
はあ。そういうところなんだよな。
マナーを学んでも実践がなっていない。言葉遣いもだ。
斜め前に座っている父を見やれば渋い顔でリリアを見ていた。
「しました」
最後の一口を食べ終え紅茶を流し込むように飲んだリリアは元気よく言い切った。
「どんなところを反省したんだ」
「えっ? えっと……」
口先だけではなんとでも言えるからな。返事はよかったが、案の定答えることができない。
「えっとですね。リチャード君を誘ったのが悪かったのかな、なんて」
えへへ……
何故だか照れ笑いをして頬を掻いている。
「リチャード殿下の御名を気安く呼んではいけない。そんなこともわからないのか? それとも殿下自身が許したのか?」
「うーん。許してもらったわけではないですけど、子供ですよ」
「年齢など関係なく相手は王族だ。我々よりも遥かに身分が高い。敬意を払い礼儀を弁えて接していかねばならないのに。本来なら男爵家ごときがお目通りが叶うような方々ではないんだぞ」
「でも、フローラさんとはとても仲良しだったみたいで、リチャード君もローラおねえちゃんとか言っていたし、あたしも仲間に加わりたかっただけなんですけど」
口を尖らせるリリアに悪びれる様子は全然ない。
フローラ嬢は第三王子殿下の婚約者。リチャード殿下とも親しいのだろう。それとこれとはリリアとは何の関係もない。男爵令嬢がおいそれと近づける人物ではないのに。侯爵令嬢で王族の婚約者と貴族の末端の男爵令嬢を同等に語る方が間違っているというのに。
「まずは、殿下とお呼びしなさい。許しも頂いていないのに気安く呼ぶなど不敬だぞ」
「えー。今はお義父とお義兄様だけだし」
「どこだろうと関係ない。その緩んだ心根がいざという時に出るんだ。貴族の立ち居振る舞いを身につけるには時間がかかる。しかし、最低限のマナーは習得しておかないと困るのはお前なんだぞ」
「わかっているけど、難しくて、頭がこんがらがってよくわからないんだもん」
しゅんとしおらしく項垂れるリリアだが、反省の二文字すら空のかなたに吹き飛んでしまったとしか思えない。
まず、身分制度というものを理解していない。理解する気もないのだろうな。これで社交界を渡っていけるとでも思っているのだろうか。
まだ子供であれば教育の余地はあるし更生の道もあるのだが……
これが、侯爵家に嫁ぐなど不安要素しかない。またどこかでトラブルを引き起こすだろう、そんな未来しか見えない。
嫁に出し、厄介払いができると喜んでいた時期もあったが、それはとんでもない間違いだった。エドガー殿が望んだことであったとしても、テンネル侯爵家にも悪いことをしてしまった。侯爵夫人教育も施してもらったというのに、恩を仇で返すようなことをしでかしてしまった。
ああ、頭が痛い。
「リリア。よく聞きなさい」
俺達の会話を聞いていた父が厳粛な顔で告げた。
「テンネル侯爵家令息エドガー殿との婚約は白紙に戻す。そして、リリアお前は修道院に入れることにした」
「はっ? 今、なんて言ったの?」
「かねてから言っていたはず。問題を起こせば婚約を白紙撤回すると。だから、きちんとマナーと教養を身につけるように約束していたはずだな」
「問題って、何?」
そこからなのか。
父は無になったまま、静かにリリアの様子を窺っていた。
「卒業パーティーでの騒ぎの件だ。お前の愚行で事業にも影響が出ている。婚約解消の件ではさほど影響は出なかったのだがな。今回はそういうわけにはいかなかったようだ」
あの時はブルーバーグ侯爵家の商会がうちの商会に新規参入してくれたおかげで批判は免れた感はある。
相手は格上の力のある侯爵家、その気になれば婚約者の浮気相手の男爵家など簡単に潰してしまえる。そうなってもおかしくなかったのに、敵意を持つどころか取引に応じてくれたのだ。
今では大お得意さまで業績が伸び取引先も増えて売り上げも右肩上がりで感謝をしていたところだった。
順風満帆。支店も増やす計画もあったというのに。
「どういうこと?」
「どこの世界に王族にぞんざいな扱いをする貴族がいるというのか。しかも、何の面識もない末端の男爵令嬢が馴れ馴れしく殿下に話しかけるなど。それだけでなく、嫌がる殿下を無理やりに引きずり出そうとするとは。貴族の風上にもおけぬ所業だと思うがな」
「そ、それは……照れて、恥ずかしがっていると、思ったからで」
「初対面のどんな人物かもわからない人間について行く者などいないだろう? 声をかけられれば知らない人間について行ってもよいと両親に教えられたのか?」
「いえ。ついて行くなと言われてました」
「それが当たり前のことだ」
「あっ、でも。レイニー殿下と一緒に行くつもりだったから、大丈夫では?」
何を言っている。
「そういうことではない」
父が一刀両断するもリリアはわかっていない様子。
どう説明したらいいのだろうか。
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