婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし

文字の大きさ
10 / 11

第10話 最良の選択

しおりを挟む

 王宮・大評議室。

 この場に集う顔ぶれを見ただけで、今日が「ただの会合」ではないことは誰の目にも明らかだった。

 王族、重臣、各公・侯爵家当主。

 そして、その中央に立つ、重厚な雰囲気をまとった一人の侯爵。

 ヘルマン侯爵は、深く刻まれた皺の奥から、静かな光を宿した目で前を見据えていた。

「本日は、私ヘルマンより、正式な表明を行う」

 低く、しかしよく通る声。

 私――クリスティーヌは、隣に立つノエルの手が、わずかに強張ったのを感じ取った。

 彼は平静を装っている。
 けれど、その指先は、正直だった。

「我が娘のことも相まって、長年、我が家の後継については白紙としてきた。しかし」

 侯爵は、評議室を一巡するように視線を走らせた。

「このたび、決断した」

 評議室に、息を呑む気配が広がる。

「ノエル・ヴァルディスを、ヘルマン家の婿養子として迎え、次代当主とする」

 どよめきが起こった。

 それは驚きであり、納得であり、そして――確認だった。

 王族席の方から、王がゆっくりと頷く。

「異議はない。むしろ、我が王家としても、全面的に支持する」

 決定的な一言だった。

 侯爵家の継承に、王家の後押し。
 それは、単なる縁組ではない。

 「国として承認した」ということ。

 私は、ノエルの方を見た。
 彼は驚いたように目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。

 ――信じられない、という顔。

 侯爵は続ける。

「ノエル殿は、社交において万能ではない。顔と名前を即座に覚えることは得意ではないだろう」

 一同の視線が動いた。

 だが、侯爵は一切怯まない。

「だが彼は、人の価値を表面では測らない。領地を見、民を見、制度を見ている」

 重臣たちの表情が変わる。

「提示された政策は、すべて検証され、成果を上げている。数字が証明し、現場が証明した」

 侯爵は、はっきりと断じた。

「欠陥などではない。――それを欠陥と断じ、切り捨ててきた我々の目こそが、間違っていたのだ」

 侯爵のその言葉が、長年ノエルを縛り付けていた呪いを解く、聖なる呪文のように響いた。

 ノエルの瞳に、じわりと涙が滲む。彼は隣に立つ私の手を、壊れ物を扱うような優しさで、けれど決して離さないという意志を込めて握りしめた。

 その時、ひび割れた声が聞こえた。

「……そんな、馬鹿な」

 第二王子、シャルルだった。

 彼は立ち上がり、声を荒げる。

「顔も覚えられない男が、侯爵家当主? 国を導く? そんな前例は――!」
「前例がないのは、無能だからではない」

 淡々と、王が遮った。

「今までは“選ばれなかった”だけだ」

 冷たい沈黙。

 王は、シャルルを見下ろす。

「お前は、何を見てきた?」

 王は静かに続けた。

「いや、違うな。お前は誰も見てこなかったのだ」

 全員の目は、王と、そしてシャルルへと注がれた。

「臣下も、民も、伴侶すらも。見ていたのは――常に、自分が上に立っているという幻想だけだ」

 返答はない。

「お前が見てきたのは、民か? 制度か? それとも数字か?」 

 王の問いは、刃のようにシャルルの虚栄心を切り裂いた。彼は俯くことしかできなかった。

「答えられぬか。当然だな。お前が見ていたのは、常に鏡に映る『王子である己』だけだったのだからな」

 シャルルの顔が、みるみる青ざめていく。

 その背後で、ロザリンドは立ち尽くしていた。

 彼女は、何も言わない。
 慰める言葉も、抗議の言葉も持てないからだ。

 たとえ、シャルルが絶望に膝をつきそうになっても、ロザリンドはただ、自分まで巻き込まれるのを恐れるように一歩身を引いただけだった。

 支え合うことなど知らない、ただ「選ばれること」だけを望んだ女の、それが限界だった。

 ただ、視線を彷徨わせることだけ。

 ――彼が「隣に立つ人」として選んだ相手の現実だった。

 静かな空気を経て、ヘルマン侯爵が、最後に言った。

「私は、未来を託すに足る男を選んだ。そして……」

 温かな視線が、私に向けられた。

「彼を支え、共に考え、共に歩いてきたのが、クリスティーヌだ」

 胸が、熱くなる。

「この二人は、互いを補い合う。支配ではなく、信頼で。命令ではなく、対話で」

 侯爵は、断言した。

「まさに最良の関係。これ以上など…… ない」

 それは、公式な評価だった。
 公の場で、誰の目にも明らかな形で下された結論。

 シャルルは、何も言えなかった。ただ、心の中で問うている。

「なぜ、オレじゃない」

 その問いに、もう答えがあることを、シャルルは理解していた。

 だが、それを言葉にした瞬間、王子としての自分は、完全に終わる。

 だから彼は、最後まで答えを口にできなかった。

 それこそが、ノエルと決定的に違う点だとも知らずに。

・・・・・・・・・

 エルが、フワッとした笑顔を見せてくれる中、王は、シャルル様が政務の第一線から外されることをお告げになった。

 名目は「再教育」だ。

 辺境の小さな王領を与えられ、民のために尽くすこと。

 それがシャルル様に与えられた役割だ。

 だが誰もが理解していた。
 それが、事実上の失脚であることを。

 王は、彼を…… いや「彼と彼が選んだ人」を見放したのだ。

 評議が終わり、人々が去っていく中。

 私は、そっとエルの袖を引いた。

「エル」

 彼は、まだ少し呆然としている。

「僕で、良かったのかな」

 私は、迷わず答えた。

「いいえ」

 彼が息を詰める。

「あなたじゃなきゃだめだったんです。……私の『解答アンサー』は、ずっと前から決まっていました」

 エルはゆっくりと微笑んだ。

 それは、重い鎧を脱ぎ捨てたような、眩しいほどに清らかな笑顔。

「……ああ。ありがとう、クリス。これからも、侯爵としてだけではなく、君の夫として、みんなを幸せにすることに全力を尽くすよ。そしてね」
「そして?」
「幸せになる、最初の一人は、いつも君でいてもらえるように、頑張るさ」

 公式の場であることも忘れ、彼は私の指先に誓いの口づけを落とした。

「エルってば」

 その熱は、失脚していく第二王子の背中とは対照的に、どこまでも温かく、未来を照らしていた。

 エルは、ゆっくりと微笑んだ。

 それは、初めて見るような――肩の力が完全に抜けた笑顔だった。

 この国は、正しい選択をした。
 そして、私たちも。

 残るは、ただ一つ。
 この選択の先にある、未来を歩くだけだ。

 ――最終話へ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

侯爵様に婚約破棄されたのですが、どうやら私と王太子が幼馴染だったことは知らなかったようですね?

ルイス
恋愛
オルカスト王国の伯爵令嬢であるレオーネは、侯爵閣下であるビクティムに婚約破棄を言い渡された。 信頼していたビクティムに裏切られたレオーネは悲しみに暮れる……。 しかも、破棄理由が他国の王女との婚約だから猶更だ。 だが、ビクティムは知らなかった……レオーネは自国の第一王子殿下と幼馴染の関係にあることを。 レオーネの幼馴染であるフューリ王太子殿下は、彼女の婚約破棄を知り怒りに打ち震えた。 「さて……レオーネを悲しませた罪、どのように償ってもらおうか」 ビクティム侯爵閣下はとてつもない虎の尾を踏んでしまっていたのだった……。

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...