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第3話 悪女の最後の手紙
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◆手紙
ステファニーへ。
この手紙を書いている今、君にどんな言葉を選べばいいのか、わからない。
だが、隠し続けることは、もうできない。
今日、父上から、すべてを知らされた。
それは、王族だけが代々引き継いできた、この国の真実だった。
フィッシャー王国は、だいたい八十年に一度、必ず破局的な噴火に見舞われる。
それを防ぐ方法は、ただ一つ。
王家の秘事として受け継がれてきた。
――「大地の精霊の加護を授かった乙女」が、自らの意志で、火口に身を捧げること。
「そうだったんだ」
私は声を上げていた。
洗礼式の本当の意味がわかってしまった。
そして、洗礼式の後、クラプラ様がクライン殿下とともにいた意味が。
王族と一緒にいれば、護衛がついても不思議はない。
だが、クラプラ様にとって、あれは護衛なんかじゃなかったんだ……
加護を授かった瞬間から、クラプラ様は、ずっと監視されていた。
そして、なぜ、彼女の望みが、すべて許されていたのか。
すべては、このためだった。
私は、王宮で開かれた「祈念の夜会」で見せた、王妃様と陛下の顔がわかった気がした……
殿下の手紙に目を戻した。
今回、加護を授かったのが、クラプラ・フォン・エルデンハイムだった。
最初は彼女も混乱したらしい。しかし、結局、自分が、国を救うために死ぬ運命を受け入れてくれた。
だからこそ、王は命じた。
彼女の意志が折れぬよう、誰よりも優先せよ、と。
私は、命令に従った。
理由も知らずに。
その結果、君を深く傷つけた。
……許されるとは、思っていない。
今日、朝日が昇る前に、クラプラは火口に身を投げた。
その事実を、私は、彼女がいなくなってから知らされた。
王子として。
男として。
私は、あまりにも無力だった。
どうか、知ってほしい。
彼女は、決して悪女ではなかった。
君から奪うために、笑っていたのではない。
彼女は、いつも言っていた。
「どうせ短いなら、楽しく生きたい」
ただ、それだけだった。
そして最後まで、君のことを案じていた。
彼女が君に残した手紙を同封した。
読むかどうかは、君に任せる。
フィッシャー王国王子 クライン・レオンハルト・アルヴァレスト・フィッシャー
クラプラからのメッセージ
ステファニー様へ。
突然の手紙で、ごめんなさい。
でも、きっと直接は言えないと思って、殿下にお願いしました。
あなたは、強い人ね。優しくて、真っ直ぐで。
だからきっと、私のことを許せなかったと思う。
それでいいの。
私は、あなたに嫌われる覚悟で、あの場所に立っていたのだから。
でもね……
あなたの日常を、少しだけ借りたことは、後悔していないわ。
好きな服を着て、学園を歩いて、王子様と並んで、あなたと話せた。
それだけで、私は、十分に幸せだった。
あなたは、クライン殿下と結ばれるはず。だから、もう未来を知っているはずよ。
どうか、自分を責めないで。王子様を責めないで。
誰も、悪くないの。
この国が、そういう国だっただけなのだから。
あなたは、生きて。
私は、ちゃんと楽しかったから。
クラプラ
◆エピローグ 未来は、ここに
――窓辺のマリーゴールド――
(ステファニー側)
数日後、一人で街に出た。
あの日と同じ花屋の前で、足を止める。
「マリーゴールドは、ありますか?」
店主は、少し驚いた顔をしてから頷いた。
「ええ。ちょうど、出始めたところですよ」
鮮やかな橙色の花が、そこにあった。
マリーゴールド。
その花言葉を、私はもう知っている。
未来への希望。
それは、彼女が持つことを許されなかったもの。
だから、あの日「まだなのね」と、彼女は言ったのだ。
私は鉢植えを抱えて屋敷に戻った。
窓辺に置くと、柔らかな光が花弁を照らす。
遠くに見えるヴェスヴィオ山が、静かに眠っている。
「……ありがとう」
誰にともなく、そう呟いた。
彼女が守ったこの国で、私は、生きていく。
未来を、背負って。
窓辺のマリーゴールドは、今日も、静かに咲いていた。
――火口のマリーゴールド――
(クラプラ側)
夜の火口は、静かだった。
秘密を守るため、王様と王妃様、限られた影の護衛たちも、途中までしか付いてこない。
「あ、王子様は、最後まで知らされてなかったって、書いておくの忘れてたわ」
……ふふ。
そのくらい、いいよね。あの二人なら、きっと何でも話せる。信じ合えるだろうから。
静かだった。
私が山に入ってから、地震も、赤い光も、轟音も消えている。
私を待っているんだね。
ただ、深く、暗い山を登る。
これが、私の居場所。
祈りを捧げるべき台座は、火口へと突き出されていた。
ここには、花を飾る場所なんて、どこにもない。
「……怖くないわ」
小さく呟く。本当は、怖い。でも、それ以上に、満たされている。
だって、私の人生には、ちゃんと笑った記憶があるから。
最後に思い浮かぶのは、怒った顔のステファニーと、困った顔の王子様。
あの花は、きっと、窓辺が似合う。未来の場所に咲く花だから。
「ありがとう」
誰にともなく言って、一歩、踏み出した。
大地は、その瞬間、静かに息を吐いた。
ステファニーへ。
この手紙を書いている今、君にどんな言葉を選べばいいのか、わからない。
だが、隠し続けることは、もうできない。
今日、父上から、すべてを知らされた。
それは、王族だけが代々引き継いできた、この国の真実だった。
フィッシャー王国は、だいたい八十年に一度、必ず破局的な噴火に見舞われる。
それを防ぐ方法は、ただ一つ。
王家の秘事として受け継がれてきた。
――「大地の精霊の加護を授かった乙女」が、自らの意志で、火口に身を捧げること。
「そうだったんだ」
私は声を上げていた。
洗礼式の本当の意味がわかってしまった。
そして、洗礼式の後、クラプラ様がクライン殿下とともにいた意味が。
王族と一緒にいれば、護衛がついても不思議はない。
だが、クラプラ様にとって、あれは護衛なんかじゃなかったんだ……
加護を授かった瞬間から、クラプラ様は、ずっと監視されていた。
そして、なぜ、彼女の望みが、すべて許されていたのか。
すべては、このためだった。
私は、王宮で開かれた「祈念の夜会」で見せた、王妃様と陛下の顔がわかった気がした……
殿下の手紙に目を戻した。
今回、加護を授かったのが、クラプラ・フォン・エルデンハイムだった。
最初は彼女も混乱したらしい。しかし、結局、自分が、国を救うために死ぬ運命を受け入れてくれた。
だからこそ、王は命じた。
彼女の意志が折れぬよう、誰よりも優先せよ、と。
私は、命令に従った。
理由も知らずに。
その結果、君を深く傷つけた。
……許されるとは、思っていない。
今日、朝日が昇る前に、クラプラは火口に身を投げた。
その事実を、私は、彼女がいなくなってから知らされた。
王子として。
男として。
私は、あまりにも無力だった。
どうか、知ってほしい。
彼女は、決して悪女ではなかった。
君から奪うために、笑っていたのではない。
彼女は、いつも言っていた。
「どうせ短いなら、楽しく生きたい」
ただ、それだけだった。
そして最後まで、君のことを案じていた。
彼女が君に残した手紙を同封した。
読むかどうかは、君に任せる。
フィッシャー王国王子 クライン・レオンハルト・アルヴァレスト・フィッシャー
クラプラからのメッセージ
ステファニー様へ。
突然の手紙で、ごめんなさい。
でも、きっと直接は言えないと思って、殿下にお願いしました。
あなたは、強い人ね。優しくて、真っ直ぐで。
だからきっと、私のことを許せなかったと思う。
それでいいの。
私は、あなたに嫌われる覚悟で、あの場所に立っていたのだから。
でもね……
あなたの日常を、少しだけ借りたことは、後悔していないわ。
好きな服を着て、学園を歩いて、王子様と並んで、あなたと話せた。
それだけで、私は、十分に幸せだった。
あなたは、クライン殿下と結ばれるはず。だから、もう未来を知っているはずよ。
どうか、自分を責めないで。王子様を責めないで。
誰も、悪くないの。
この国が、そういう国だっただけなのだから。
あなたは、生きて。
私は、ちゃんと楽しかったから。
クラプラ
◆エピローグ 未来は、ここに
――窓辺のマリーゴールド――
(ステファニー側)
数日後、一人で街に出た。
あの日と同じ花屋の前で、足を止める。
「マリーゴールドは、ありますか?」
店主は、少し驚いた顔をしてから頷いた。
「ええ。ちょうど、出始めたところですよ」
鮮やかな橙色の花が、そこにあった。
マリーゴールド。
その花言葉を、私はもう知っている。
未来への希望。
それは、彼女が持つことを許されなかったもの。
だから、あの日「まだなのね」と、彼女は言ったのだ。
私は鉢植えを抱えて屋敷に戻った。
窓辺に置くと、柔らかな光が花弁を照らす。
遠くに見えるヴェスヴィオ山が、静かに眠っている。
「……ありがとう」
誰にともなく、そう呟いた。
彼女が守ったこの国で、私は、生きていく。
未来を、背負って。
窓辺のマリーゴールドは、今日も、静かに咲いていた。
――火口のマリーゴールド――
(クラプラ側)
夜の火口は、静かだった。
秘密を守るため、王様と王妃様、限られた影の護衛たちも、途中までしか付いてこない。
「あ、王子様は、最後まで知らされてなかったって、書いておくの忘れてたわ」
……ふふ。
そのくらい、いいよね。あの二人なら、きっと何でも話せる。信じ合えるだろうから。
静かだった。
私が山に入ってから、地震も、赤い光も、轟音も消えている。
私を待っているんだね。
ただ、深く、暗い山を登る。
これが、私の居場所。
祈りを捧げるべき台座は、火口へと突き出されていた。
ここには、花を飾る場所なんて、どこにもない。
「……怖くないわ」
小さく呟く。本当は、怖い。でも、それ以上に、満たされている。
だって、私の人生には、ちゃんと笑った記憶があるから。
最後に思い浮かぶのは、怒った顔のステファニーと、困った顔の王子様。
あの花は、きっと、窓辺が似合う。未来の場所に咲く花だから。
「ありがとう」
誰にともなく言って、一歩、踏み出した。
大地は、その瞬間、静かに息を吐いた。
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