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第二部
警戒すべきは
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フェリーもレオンも人格者だ。室内は居心地が悪い空気が支配しているが、俺がそう思い込んでいるだけだろう。
フェリーがすでに冷めている茶を飲んでから話を続けた。
「前置きが長くなったが、イリュダの宰相から聞いた話によると、元々予定されていたヴァランの王太子とニナ王女の工場視察とイリュダの国王陛下との話し合いの場は滞りなく済んだようだ」
「でしたら――問題ない、ということでしょうか?」
俺に視線を向けたフェリーの動きに合わせて、長い髪がさらさらと流れるように揺れた。
「そう願いたい。だがヴァランは元々気候が悪く不毛地帯が大半を占めており、経済的に豊かではない。それだのに一切の要求や質問すらしないというのは、いくら小国とはいえ少々大人しすぎる。それに少し前になるが、ヴァラン国内でごたつきがあったという情報もある。その時は確信もなく噂程度だと考えていたが、何かあったのかもしれない」
「確かにそうですね。ヴァランがイリュダに従わざるを得ない理由があるのか、ヴァランに何か考えがあるのか……」
「そうだ。それに私がルーク王太子や宰相と話した感触のみだが、イリュダ側がヴァランとの関係を全く問題視していないように見えるのも不可解だと思える」
俺とレオンが頷いたと同時に、フェリーもよろしい――というように首を少し動かした。
「レオン。ローズ王女のエスコートをする一方でニナ王女との交流も予定されている。ローズ王女のご許可は得ているが、おそらくニナ王女はレオンがローズ王女をエスコートすることをご存知にないはずだ」
「はい」
「確実なことは言えないが、ヴァラン側にしたら少々おもしろくないと思う可能性もある。こちらが警戒していると悟られないよう、注意しながら任務に当たってほしい」
「はい」
「フェリー大隊長、お伺いしたいのですがよろしいでしょうか」
「ジルベール、かまわない」
少し訊くのを躊躇う内容だ。俺は一呼吸置いてから口を開いた。
「レオンとニナ王女の交流は大体いつの予定ですか? その、ローズ王女がルーク王太子とお話されている間――と考えて差し支えないでしょうか」
「その可能性が高いが現時点では何も言えない。正直に言うと、ローズ王女がレオンの傍から離れないということも考えられる」
え? やっぱりレオンを狙っている? いや、フェリーも候補か。
「ルーク王太子をお断りするということでしょうか?」
「ローズ王女殿下のお気持ちは私達には分からない。知る必要もない」
「失礼しました」
「責めているのではない。私が言いたいのは、どんな状況でも常に最善を尽くすことだけを考えて欲しいということだ」
「はい」
「では今日はこれまでだ。部屋に戻りゆっくり休んで――」
やっと息が詰まる長い話し合いから解放されると思ったら、フェリーが言葉を切り、顔を僅かに綻ばせた。
「今夜はもうこの部屋を使う予定はない。私は出て行くが、共同部屋だとゆっくり休むこともは儘ならないだろう。君達は今夜は警護任務が入っていない。少しここに残ってから戻っても構わないよ」
「――ありがとうございます」
「では明日、よろしく頼むよ」
そう言うと、フェリーはいつもの親戚のおじのような柔和な笑顔の中に意味ありげな雰囲気を混ぜ、「もう飲まないかな?」と確認し、全ての茶器を手に部屋を後にした。
俺達の関係を見抜いていそうな……というよりも誰かから聞いていそうだな。俺とレオンは周りに気づかれないよう注意しているし、(レオンの片想いは別として)心を読んだシャンティエ以外には、二人の関係を勘づかれたことはない。父上もシャンティエから聞いたのだし。
俺がそう考えているのを怒っている故の沈黙と捉えたのだろうか。珍しくレオンの方から口を開いた。
「ジルベール様。申し訳……ございません」
隣にいるレオンの息遣いを感じる。悪いことをした子どもが親に告白をする時のような、怯えを含んだ声だ。
「何に対してだ?」
「その、ヴァラン国王からの……招待のことを伝えていなかったことです」
確かにそれも気に入らないが――
隣を向くと、漆黒の髪の間から覗く緑色の瞳が目に入った。
「レオン」
「はい」
「おまえは俺のことを理解していると思っていたが、それは俺の買い被りだったのか?」
「えっ……」
瞳を見開き、形の良い唇が微かに震えている。
「おまえが招待されたことを俺が怒るような――狭量な人物だと思われていたとは、正直堪えるな」
「ジルベール様っ、申し訳……ございません」
「レオン、謝るということは認めているということだぞ」
「いえ、そんなことは……決してございません」
溜息を付くと、レオンがビクッと体を反応させた。
「レオン、おまえはそれよりも俺に言わないといけないことがあるんじゃないのか?」
俺が何に対して怒っているのか分からないからか、レオンは再度間違えることを躊躇しているようで、仕切りに唇を噛んだり濡らすような素振りを見せるが声は発しない。先ほどのフェリーとの話し合いの時よりも重い沈黙が部屋を包み込む。
レオンが愛しい。あの一夜のことを訊き、王女達ではなく俺だけを見て欲しいと……素直に伝えたい。だが俺は、こんな恭順なレオンでさえ俺を裏切る――裏切っているのではないかという不安から抜け出せない。
父上の所為というのは言い訳だ。俺が自分に自信が持てない。全てに恵まれた貴公子を演じてはいるが、実際の俺は自分のことを好きになれない臆病者で卑屈だ。
すでにレオンは分かっていてそれすらも受け入れてくれている。そう願いたいが……
「ジルベール様。本当にすみませんが、私の至らない点を……教えていただけないでしょうか」
いくら任務とはいえ恋人が他の人と夜を過ごした。しかも『丁寧に指導してもらい、とても良かった』との感想付きだ。普通ならばすぐにこれが原因だと分かり弁解くらいすると思うが。やっぱり俺達は普通の恋人じゃないから問題だと分からないのか……
黒い感情が体の中を落ちていく。これ以上支配されては任務に支障が出る、俺は最後の居場所を失いたくない。
「レオン。おまえは夜も王女の相手をしていたし疲れも溜まっているだろう。まずは任務をこなし、話の続きは屋敷に戻ってからゆっくりすることにしよう」
その時にはおまえは婚約しているかもしれないが――という言葉は当然飲み込む。
レオンは納得していなそうだが、長年の習慣から俺に抵抗はしない。
「はい、ジルベール様」
立ち上がるとレオンも後に続いた。扉まで歩き開けようとした瞬間、レオンに呼び止められた。
「ジルベール様」
「どうした? 話は後でと言っただろう?」
若干匂わせたことで気が付いたのだろうか。
「いえ、あの……」
「なんだ?」
「その……」
「レオン、休まないと動きが鈍る。おまえも言われなくても分かっているだろう?」
モヤモヤしたままなのは俺も嫌だが、すぐに済む話ではない。それに――別れ話になったら俺は明日からの任務は絶望的になる。ならばせめて屋敷に戻ってからにしたい。壁の厚いギファルド家の自室ならば泣き叫んでも聞かれる心配はない。
どれだけ俺がおかしくなっても使用人達は主人に干渉できないし、両親は俺に無関心だから大丈夫だ。
「ジルベール様、あの」
「レオン、まだ分からないのか?」
「すぐに済みますので……」
物分りの良いレオンなのにここまで食い下がるとは。先ほどまでの戸惑いが消え、緑色の瞳に迷いが見えない。おい、そんなに一刻も早く俺と別れたいと思っているのか。
「ジルベール様。本当に差し出がましいですが、口付けを……」
「は?」
聞き間違いか?
「あの、口付けを……していただけないでしょうか?」
「口付け?」
潤んだレオンの瞳は羞恥心の色で染まっている。俺だけに見せる――縋るような目。
思いもよらない言葉に動けずにいると、レオンが「ジルベール様の言いつけを守れない不出来な従者で……申し訳ございません」と言いながら、形の良い唇を半開きで固まっている唇にそっと近付けてきた。一瞬だけ重なった、久しぶりの柔らかく温かいレオン。
俺の反応を確かめるように覗き込んだ後、今度は口を開けられもっと奥まで侵入してくる。蜜を絡めるようにゆっくりと感触を確かめ合う。俺は気が付けば壁に寄りかかるようにしてレオンの首に手を回していた。
不安や葛藤、苛立ちを忘れ、ただ目の前にいるレオンの体温に包まれる。だが長くは続かず、レオンは絡まりを解き、俺から離れるように壁に手をついた。
「ジルベール様っ、我を忘れて……失礼いたしました」
「あ、いや……」
「ジルベール様が私の体調のことを思い、早く休もうと仰ってくださったのに……」
「別に構わない。なんならもっとしても――」
「いえ大丈夫です」
レオンからされるのは初めてだった、そして最後か。
「あっいえ、その、したいのですがこれ以上ですと……」
「どうした?」
「えっと、止められなくなるので……」
「ああ」
揺れた睫毛の下に見える目尻は赤く染まっている。唇の感触だけに集中していたから気にしていなかったが、別のところも熱を持っていたようだ。
「ジルベール様、見苦しくて申し訳ございません……」
いや、俺もすでに反応しだしてるんだが。
だがさすがにいくら盛り上がったとしても、ここで始めようとするほど自制ができない俺達ではない。
「レオン。後少しだけでいいから、このままいさせてくれ」
「はい、ジルベール様……」
フェリーがすでに冷めている茶を飲んでから話を続けた。
「前置きが長くなったが、イリュダの宰相から聞いた話によると、元々予定されていたヴァランの王太子とニナ王女の工場視察とイリュダの国王陛下との話し合いの場は滞りなく済んだようだ」
「でしたら――問題ない、ということでしょうか?」
俺に視線を向けたフェリーの動きに合わせて、長い髪がさらさらと流れるように揺れた。
「そう願いたい。だがヴァランは元々気候が悪く不毛地帯が大半を占めており、経済的に豊かではない。それだのに一切の要求や質問すらしないというのは、いくら小国とはいえ少々大人しすぎる。それに少し前になるが、ヴァラン国内でごたつきがあったという情報もある。その時は確信もなく噂程度だと考えていたが、何かあったのかもしれない」
「確かにそうですね。ヴァランがイリュダに従わざるを得ない理由があるのか、ヴァランに何か考えがあるのか……」
「そうだ。それに私がルーク王太子や宰相と話した感触のみだが、イリュダ側がヴァランとの関係を全く問題視していないように見えるのも不可解だと思える」
俺とレオンが頷いたと同時に、フェリーもよろしい――というように首を少し動かした。
「レオン。ローズ王女のエスコートをする一方でニナ王女との交流も予定されている。ローズ王女のご許可は得ているが、おそらくニナ王女はレオンがローズ王女をエスコートすることをご存知にないはずだ」
「はい」
「確実なことは言えないが、ヴァラン側にしたら少々おもしろくないと思う可能性もある。こちらが警戒していると悟られないよう、注意しながら任務に当たってほしい」
「はい」
「フェリー大隊長、お伺いしたいのですがよろしいでしょうか」
「ジルベール、かまわない」
少し訊くのを躊躇う内容だ。俺は一呼吸置いてから口を開いた。
「レオンとニナ王女の交流は大体いつの予定ですか? その、ローズ王女がルーク王太子とお話されている間――と考えて差し支えないでしょうか」
「その可能性が高いが現時点では何も言えない。正直に言うと、ローズ王女がレオンの傍から離れないということも考えられる」
え? やっぱりレオンを狙っている? いや、フェリーも候補か。
「ルーク王太子をお断りするということでしょうか?」
「ローズ王女殿下のお気持ちは私達には分からない。知る必要もない」
「失礼しました」
「責めているのではない。私が言いたいのは、どんな状況でも常に最善を尽くすことだけを考えて欲しいということだ」
「はい」
「では今日はこれまでだ。部屋に戻りゆっくり休んで――」
やっと息が詰まる長い話し合いから解放されると思ったら、フェリーが言葉を切り、顔を僅かに綻ばせた。
「今夜はもうこの部屋を使う予定はない。私は出て行くが、共同部屋だとゆっくり休むこともは儘ならないだろう。君達は今夜は警護任務が入っていない。少しここに残ってから戻っても構わないよ」
「――ありがとうございます」
「では明日、よろしく頼むよ」
そう言うと、フェリーはいつもの親戚のおじのような柔和な笑顔の中に意味ありげな雰囲気を混ぜ、「もう飲まないかな?」と確認し、全ての茶器を手に部屋を後にした。
俺達の関係を見抜いていそうな……というよりも誰かから聞いていそうだな。俺とレオンは周りに気づかれないよう注意しているし、(レオンの片想いは別として)心を読んだシャンティエ以外には、二人の関係を勘づかれたことはない。父上もシャンティエから聞いたのだし。
俺がそう考えているのを怒っている故の沈黙と捉えたのだろうか。珍しくレオンの方から口を開いた。
「ジルベール様。申し訳……ございません」
隣にいるレオンの息遣いを感じる。悪いことをした子どもが親に告白をする時のような、怯えを含んだ声だ。
「何に対してだ?」
「その、ヴァラン国王からの……招待のことを伝えていなかったことです」
確かにそれも気に入らないが――
隣を向くと、漆黒の髪の間から覗く緑色の瞳が目に入った。
「レオン」
「はい」
「おまえは俺のことを理解していると思っていたが、それは俺の買い被りだったのか?」
「えっ……」
瞳を見開き、形の良い唇が微かに震えている。
「おまえが招待されたことを俺が怒るような――狭量な人物だと思われていたとは、正直堪えるな」
「ジルベール様っ、申し訳……ございません」
「レオン、謝るということは認めているということだぞ」
「いえ、そんなことは……決してございません」
溜息を付くと、レオンがビクッと体を反応させた。
「レオン、おまえはそれよりも俺に言わないといけないことがあるんじゃないのか?」
俺が何に対して怒っているのか分からないからか、レオンは再度間違えることを躊躇しているようで、仕切りに唇を噛んだり濡らすような素振りを見せるが声は発しない。先ほどのフェリーとの話し合いの時よりも重い沈黙が部屋を包み込む。
レオンが愛しい。あの一夜のことを訊き、王女達ではなく俺だけを見て欲しいと……素直に伝えたい。だが俺は、こんな恭順なレオンでさえ俺を裏切る――裏切っているのではないかという不安から抜け出せない。
父上の所為というのは言い訳だ。俺が自分に自信が持てない。全てに恵まれた貴公子を演じてはいるが、実際の俺は自分のことを好きになれない臆病者で卑屈だ。
すでにレオンは分かっていてそれすらも受け入れてくれている。そう願いたいが……
「ジルベール様。本当にすみませんが、私の至らない点を……教えていただけないでしょうか」
いくら任務とはいえ恋人が他の人と夜を過ごした。しかも『丁寧に指導してもらい、とても良かった』との感想付きだ。普通ならばすぐにこれが原因だと分かり弁解くらいすると思うが。やっぱり俺達は普通の恋人じゃないから問題だと分からないのか……
黒い感情が体の中を落ちていく。これ以上支配されては任務に支障が出る、俺は最後の居場所を失いたくない。
「レオン。おまえは夜も王女の相手をしていたし疲れも溜まっているだろう。まずは任務をこなし、話の続きは屋敷に戻ってからゆっくりすることにしよう」
その時にはおまえは婚約しているかもしれないが――という言葉は当然飲み込む。
レオンは納得していなそうだが、長年の習慣から俺に抵抗はしない。
「はい、ジルベール様」
立ち上がるとレオンも後に続いた。扉まで歩き開けようとした瞬間、レオンに呼び止められた。
「ジルベール様」
「どうした? 話は後でと言っただろう?」
若干匂わせたことで気が付いたのだろうか。
「いえ、あの……」
「なんだ?」
「その……」
「レオン、休まないと動きが鈍る。おまえも言われなくても分かっているだろう?」
モヤモヤしたままなのは俺も嫌だが、すぐに済む話ではない。それに――別れ話になったら俺は明日からの任務は絶望的になる。ならばせめて屋敷に戻ってからにしたい。壁の厚いギファルド家の自室ならば泣き叫んでも聞かれる心配はない。
どれだけ俺がおかしくなっても使用人達は主人に干渉できないし、両親は俺に無関心だから大丈夫だ。
「ジルベール様、あの」
「レオン、まだ分からないのか?」
「すぐに済みますので……」
物分りの良いレオンなのにここまで食い下がるとは。先ほどまでの戸惑いが消え、緑色の瞳に迷いが見えない。おい、そんなに一刻も早く俺と別れたいと思っているのか。
「ジルベール様。本当に差し出がましいですが、口付けを……」
「は?」
聞き間違いか?
「あの、口付けを……していただけないでしょうか?」
「口付け?」
潤んだレオンの瞳は羞恥心の色で染まっている。俺だけに見せる――縋るような目。
思いもよらない言葉に動けずにいると、レオンが「ジルベール様の言いつけを守れない不出来な従者で……申し訳ございません」と言いながら、形の良い唇を半開きで固まっている唇にそっと近付けてきた。一瞬だけ重なった、久しぶりの柔らかく温かいレオン。
俺の反応を確かめるように覗き込んだ後、今度は口を開けられもっと奥まで侵入してくる。蜜を絡めるようにゆっくりと感触を確かめ合う。俺は気が付けば壁に寄りかかるようにしてレオンの首に手を回していた。
不安や葛藤、苛立ちを忘れ、ただ目の前にいるレオンの体温に包まれる。だが長くは続かず、レオンは絡まりを解き、俺から離れるように壁に手をついた。
「ジルベール様っ、我を忘れて……失礼いたしました」
「あ、いや……」
「ジルベール様が私の体調のことを思い、早く休もうと仰ってくださったのに……」
「別に構わない。なんならもっとしても――」
「いえ大丈夫です」
レオンからされるのは初めてだった、そして最後か。
「あっいえ、その、したいのですがこれ以上ですと……」
「どうした?」
「えっと、止められなくなるので……」
「ああ」
揺れた睫毛の下に見える目尻は赤く染まっている。唇の感触だけに集中していたから気にしていなかったが、別のところも熱を持っていたようだ。
「ジルベール様、見苦しくて申し訳ございません……」
いや、俺もすでに反応しだしてるんだが。
だがさすがにいくら盛り上がったとしても、ここで始めようとするほど自制ができない俺達ではない。
「レオン。後少しだけでいいから、このままいさせてくれ」
「はい、ジルベール様……」
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