公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します

市之川めい

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第一部

流されるってこういうこと?

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 いつものように朝食を取っている時、突然ガイが顔を覗き込みながら言ってきた。

「ジル、何でそんなに苛立っているんだ?」
  
 自分では自覚がなかったが、訊くと、以前のようないかにも貴公子というような雰囲気は徐々に無くなり、一ヶ月も経つ今は甘やかされて育った裕福な商人の息子という感じになっているらしい。
 確かに朝から何もかもが気に入らなくて、ガイに対して八つ当たりすることも多い。もちろんレオンがいない寂しさと、迎えに来てくれないという焦りからだ。来るわけないと頭では分かっていても、もしかしたら――という期待を捨てられない。仕返しのためでもいいから来いよ。
 
 
 ガイはジルがそんな態度をとっても常に寛大で客への対応に関してのみ注意し、上手くできない時はフォローもしている。正直人手が足りないから雇っているのに、逆に手を煩わされる気がしないでもなかったガイだったが、基本的に明るく面倒見が良い性格だ。
 そうでなければわざわざ訳ありそうな、厄介ごとに巻き込まれる可能性が高い、家出してきた貴族の若者を匿ってあげようとは思わないだろう。

 ジルがどんな貴族出身なのかは分からないが、買い付けで王都にも頻繁に通っているガイだ。貴族と裕福な平民の違いは分かる。連れて帰ったのは倒れていたジルを心配してだったが、貴族と親しく話したことすらなかったので、多少不安もあった。
 だが実際に生活が始まってみると、退屈したり窮屈に感じることはなく、それどころか同性愛者ではないガイが思わず惹かれるほど、ジルは好みの男だった。
 
 地方ではまずお目にかかれない、類まれなる美貌。上品だが世間知らずで高慢なジルが時折見せる不機嫌な顔……この若者を叱り、縋らせ、甘やかしたいと熱望した。
 しかし、ガイは自分の立場が理解できる平民であり、欲をコントロールできるだけの理性は持ち合わせている。

 
「何でもいいだろ」
「俺と二人の時はまあ怒ってても良いけど、店に行くまでに機嫌直してくれよ」
「別に機嫌悪くないよ!」
「いや、初めて会った時はもう少し落ち着いてたぞ? まあ俺との生活に慣れてきたってことかもしれねえけど」
「――夜眠れなくて寝不足なだけだ」
「寝付きが悪いのか?」
「ベッドが硬い」

 ガイが吹き出した。

「そりゃすまない。あいにくここはごく普通の平民の家だからね」
「それに……」
「何だ? 他にも問題あるのか?」

 ジルが何か言いたそうにしたが、なかなか口にしない。ガイはそれだけで察する。

「ああ、溜まってんのか。そうだよな、おまえ若いし」

 肯定する代わりに赤くなって俯いた。

「この家じゃ聞こえちゃうし、やりづらいよな。恋人は?」
「――は?」
「今は会ってないだろうけど、家を出る前に付き合っている人がいたのかって」
「恋人はいなかった……と思う」
「いなかったと思うって、どういう意味だ? 相談なら乗るぞ」
「いいよ、別に言っても仕方ないだろ」

 ガイはこれ以上聞き出そうとすることはしなかった。
 朝食のパンを食べ終えてから、いつものように二人で仕事場へ歩いて行く。


 帰宅して簡単な夕食を作る間、ジルに入浴を促した。献立は魚を焼いて塩をかけたメインと煮込んだ野菜、パンで、エールとともにいただく。
 酒が進むとジルは饒舌になり色々と話してくれる。
 今回もレオンという男に対してどれだけ自分が傲慢だったか、酷いことをしたかを嘆き、贖罪したい――ではないな、どちらかというと『今までしたことを謝って、これからは普通にしてやるから赦してほしい』みたいなことを延々と話していた。
 突っ込みどころ満載で、正直ガイも真剣には聞いていない。それを話す表情が完全に拗ねているだけの痴話喧嘩っぽいし。

 ガイは酔っ払ったジルに水を飲ませ、ベッドまで連れて行った。寝るかと思ったが、ガイが体を洗い終えた時も起きていた。

「まだ寝てなかったのか。疲れてるだろ、早く休め」
「…………」
「朝言ってた、恋人のことで悩んでいるのか?」
「恋人じゃない。あいつは……俺が……嫌いだと思う」
「そう実際に言われたのか?」
「言われてない」
「だったらまだ分からねえじゃん。直接本人と話してみろよ」
「無理だ」
 
 涙がこぼれ落ちる寸前、という顔で否定した。

「あいつはもう俺と会いたくないに決まってる。ガイ、おまえだって俺があいつにしたことを聞けば、俺のこと嫌いになると思うぞ」
「それはおまえがその恋人に具体的に何をしたか聞いてないから分からねえよ」
「だからあいつは恋人じゃなくて使用人の一人だ」
「使用人の一人ってことは大勢いるんだよな。ジルおまえ、やっぱり大貴族出身なのか」

 感心したような目で見ている。

「いや、普通に見て分かるけどさ。黙っていれば貴公子っぽいもんな」
「違う! 俺は――俺は……俺は……」

 急に声を張り上げたと思ったら、最後は消え入るようになっていったジルをガイは心配そうに見つめている。

「うん、色々あったから家を出たんだろ? 詳しいことは良く分かんねえけど、言いたくないことは別に黙っていればいいし、好きなだけここにいていいから今日はもう寝ろよ」

 そう言ったがジルは返事をしたり動いたりしないで、どうしていいか分からない様子でいる。

「どうした?」
「眠れない」
「――ああ、抜きたいのか?」

 頭少しだけ動かして肯定した。

「俺がいたら恥ずかしいよな。じゃあ下行っててやる――てか、俺が手伝ってやろうか?」
「はあ?」
「手でやるだけだし。自分でやるより興奮するぞ。その――恋人に悪いって思うならしないけど」
「あいつは恋人じゃないって言ってるだろ!」
「じゃあ後ろめたいこともないんだし、やってやるよ。ほら、ここに横になれよ」

 俺は酔っている……ってことにしたい。だって欲に負けて気が付いたら服を脱がされて、ガイの手の中で硬くなってるし。レオンとは違う触り方だ。
 前を見るとさらさらの漆黒の髪から覗く緑色の瞳じゃなくて、少し癖のある薄茶髪と同じ色の瞳……
 多分ガイは経験が豊富で、気持ち良くなる箇所を知ってる。強弱をつけて擦られ、弱い部分をじっくりと撫でられる。

 でもなぜか――レオンとしている時ほどの興奮がない。いや、今も普通に気持ち良いけど……あっという間に出そうだけど、ガイ相手なら恥ずかしくはないな。

 そんなことを考えていたら、急に液体みたいなヌルッとしたものが垂らされた違和感があった。

「え? 何やってんだ?」
「そのまま挿れたら痛いだろ。潤滑剤だよ」
「いや、それは分かるけど……は? おまえ何でそれを俺に……」
「だからおまえに挿れるためにだよ。嫌か? 恋人はいないんだったらやっても問題ないだろ」
「何で抜くだけだったのに……てか俺やったことないぞ。やりたくない」
「あ、初めてか? 俺はてっきりその――レオンて男とやったことがあると思ったけど」
「何でレオンって知って……」
「酔っ払って自分で言ってたぞ、覚えてないか?」
「あ……」
「それで、性行為をしたことがないってことなんだな?」
「それは――ある。だが……挿れたことしかない」

 ガイが目を丸くした。

「ああ。俺はてっきりおまえが受けの方だと思ってた」
「俺が酷いことしたって言ったろ、忘れたのか?」
「酷いことって……普通におぼっちゃまの我儘で困らせたりしたのかと思ったら……」
「悪いかよ!」
「てか合意……だったんだよな? だったらいいと――え? もしかして、おまえ……無理やりしたのか……」

 俺は否定したが、声が小さすぎて聞こえなかったようで聞き返された。
 
「無理やり……ではない」
「ああ。でも主人側と使用人って立場を利用したんだろ?」
「何で分かるんだよ」
「そりゃあジル、おまえが今まで言ったこととそんな小さい声でしか否定できない理由を考えれば分かるさ」

 俺が沈黙したので、ガイは成り行きを自分で補填したようだ。

「要するに――おまえは初め、性欲処理みたいな感じでレオンと関係を持った。相手が逆らえないことを承知で。結局好きだと自覚したが、自己嫌悪から勢いで家出した。それで今は会えなくて寂しいから戻りたい。だけど相手の気持ちを知るのが怖い――ってことだろ?」
「おまえの異能……か?!」
「俺の能力で服を移動させたの見ただろ。このくらい、恋愛経験があるやつなら普通に分かるぞ」
「……てか何で俺がやられる方だと思ったんだよ」

 ガイが溜息ためいきをついた。いつものからかわれている雰囲気は全くない。

「おまえその言い方……普通に挿れる方と挿れられる方の役割の違いだけだろ? やられる方とか……そんな風にレオンに対しても言ったのか?」
「それは……」
「ジルはお貴族様なんだろ。ちやほやされて育ったんだ、傲慢になるのも理解できる。だが好きな相手には誠意を持って大切にしないと、愛想つかされるぞ」
「…………」
「まあ俺も大して言える立場じゃねえけど。ちなみにおまえが受けだと思ったのは特に理由があるわけじゃない。俺は相手が俺の手で気持ち良くなってるのを見るのが好きだから、思い込みみたいなもんだ」

 俺は自分が気持ち良くなることだけを考えて、レオンのことなど気にしたことはなかった。多分痛かっただろうに何も言わず、俺を受け入れたレオン……いとしい、会いたい。もう一度チャンスがあるなら、気持ちを伝えたい。たとえ――罵られても。
 
 ガイが顔を覗き込みながら「どうする?」と言った言葉で我に返った。

「何がだよ」
「だから、続きだよ。抜くだけがいいならそれでもいいけど……てか萎えてるな、出さなくても大丈夫そうだし今夜はやめとくか。ゆっくり休めよ」
「うん……」
「おやすみ」と囁きながら俺のおでこに唇で触れ、ガイは隣の部屋に消えた。
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