追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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浦島一家の末裔

「アーちゃん、こんなところでなにやってるんだー、急がないとー!」

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 病院からの帰り道、慶汰は待ち合わせの鎌倉駅で電車を降りた。もっとも約束の時間までは二〇分ほど空きがある。少し急げば昼飯代わりにハンバーガーでも食えるかもしれない、と、慶汰は待ち合わせ場所から逆方向の東口改札へ出た。
 大きなバスロータリーに出てすぐに、どこかで聞いたような女の子の声が耳に届く。

「気安く触らないで」

 道行く人たちは、半分くらいが不思議そうに、もう半分くらいは物珍しそうに、同じ方を見ている。注目の的となっていたのは、ありきたりなナンパの現場だった。
 男は体格のいい二人組。後ろ姿だけではなんともいえないが、観光客ではなく地元の人だろう。男たちが邪魔で、ナンパされている女の子の姿は見えない。

「ずいぶん気合い入ってるじゃん。こんな真夏に暑くないの?」
「あなたには関係ないでしょ」
「聞いた? この子から俺に話しかけてきたのになんなんだ? この冷たい態度」

 男の身体が揺れて、二人の隙間から女の子の姿が一瞬だけ見えた。青い着物、水色の羽織。フラッシュバックする、昨日の記憶――あの子は!

「アー……アー……ナントカちゃん。名前なんだったっけ? とにかく!」

 咄嗟に足が動いていた。

「君、面白いな。中学生か? 名前は?」
「あたしは――」
「ストーップ!」

 慶汰自身、訳がわからず割って入る。左の袖口に右手を突っ込んだアー――やっぱり思い出せない――の右腕を掴みながら。

「あ! あなたは!」

 豪華な着物の少女が目を見張る。
 一方、ナンパ男二人は不機嫌そうに慶汰を睨んだ。男は二人とも悪趣味なピアスをつけていて、態度も含めて柄が悪い。ぱっと見二十代後半から三十代、少なくとも十代ではなさそうだ。

「おい。なんだにーちゃん、この子のツレ?」

 慶汰は彼らを無視して、彼女の腕を引っ張った。

「アーちゃん、こんなところでなにやってるんだー、急がないとー!」
「誰がアーちゃんよ!? というか、どうしてここに!?」

 羞恥心や恐怖なんて、今の慶汰にはなかった。あるのはただ、使命感だけ。いや、恐怖はあるのだ。それに、使命感と言ってもかっこいいものではない。
 今、慶汰の脳裏には、昨日間近で聞かされた二発の銃声が強烈に響いている。仕組み不明の鉄扇を持つ好戦的な女の子を、臨戦態勢にさせてはいけない。それを知っているのはこの不特定多数の中で慶汰だけで、だからナンパ男たちが怪我をするのを未然に防げるのも慶汰だけで、それができなければ辺り一帯が大パニックになってしまう。その予感が、使命感の正体だった。

「おい無視すんなやコラ!」

 男たちを怒らせてしまったことに気づいて慶汰は警察沙汰になる覚悟を余儀なくされる。瞬間、電話越しのような幼き少年の音声が届く。

〈アーちゃん、ここは彼に合わせて引こ~? 騒ぎになったらまずいでしょ~〉
「それもそうね……で、なんでモルネアまでアーちゃん呼びなわけ?」
「いいから走れ!」

 慶汰が手を引くと、彼女はナンパ男たちを一睨みして鉄扇を振るう。瞬間男たちは目を覆って悲鳴を上げた。何を仕掛けたかはわからないが、その隙をついて走り出す。
 線路の下をくぐるトンネルの方へ走りつつ、小声で少女に指示した。

「君、姿消せるんだろ? トンネル曲がった瞬間にそれやって逃げるんだ!」
「あなたは?」
「俺は自分でなんとかするからっ」
「そう」

 ただし作戦はなにも思いついていないのだが。一歩ごとにかたんかたんと音を鳴らす彼女の下駄が今は恨めしい。

「さん、に、いち!」

 駅前の歩道からトンネルに入った瞬間、慶汰は手を離した。
 少女は慶汰の指示通りに消える。もちろん目撃者はたくさんいて、消えた、消えたと困惑しているが、それについてはどうしようもない。

「やっぱり無策じゃない」

 声だけが聞こえた直後、慶汰の手が握られ、かつ視界から消えた。手どころか、慶汰の全身が見えなくなっていた。

「どうなっ――!?」

 声を上げそうになった瞬間、遮るように少女の声が小さくも鋭く聞こえる。

「――シッ。あなたも透明にしたわ。声は消せないから気をつけて。行くわよ」

 咄嗟に探すが、姿は見えない。引っ張られるまま駆け足で距離をとると、腕を引く力が弱まる。むしろ、走り続けようとする慶汰を止めるように引っ張られた。

「――見えなくしたって言ったでしょ。もう走る必要なんてないわ」

 振り返れば、その場にいた人たちが皆、目をこすったり周囲を観察したりしていた。

「――やばいな、ちょっとした騒ぎにしてしまった……」
「――安心なさい。全員に記憶麻酔術をかけたから。しばらくすれば忘れるわ」

 記憶麻酔術と言われて、心当たりを思い出す。慶汰も昨日、海で眩しいフラッシュを焚かれた。きっとそれがそうなのかもしれない。もっともトンネルの中で強烈な光の明滅は見えなかったから、喰らった人だけがそう感じるものなのだろう。

「――とにかく、このあたりで人気のないところを教えなさい」
「――夏休みシーズンだから自信はないけど、そこの階段を上れば多少は」

 慶汰は少女の手を握り、トンネルを抜けてすぐのところにある階段を上っていく。
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