追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

文字の大きさ
42 / 57
龍迎祭のジンクス

「龍脈災害?」

しおりを挟む
 アーロドロップを龍迎祭に誘ってから、五日が経った頃。
 慶汰は書庫に足を運んでいた。読書スペースの一角を借りて、いくつか資料を積んでいる。
 慶汰の選んだ資料は、いずれも紙束の長辺に二つ穴を開けて綴じ紐を通したものばかり。
 竜宮城の文字はほとんど読めないが、今慶汰が闘っているのは、数字とグラフの資料であり、書いてある文字や数字くらいならなんとか読めるようになってきた。

「ええっと、この曲線が、竜宮城から見た外界の時間の速度の変化を表しているわけだから……」

 手元のノートとメモ用紙には、いくつもの数字を書き殴っている。そしてまた、余白に新たな数字を書き込む。

「俺が竜宮城に来てから今日で十日目、地上で過ぎた日数は……」
〈七日だよ~〉

 覚えのある声が聞こえて顔を上げる。
 メンダコをデフォルメしたアバターがぱたぱたとスカートのような足の膜を揺らしたモルネアが、にこりと笑った。

「おお、モルネア!」
「勉強熱心ですね、慶汰さん」

 モルネアを空中に表示しているのはキラティアーズだ。いつもの乙姫羽衣に加えて、右手の人差し指に、見慣れたサファイアのつけ爪がある。

「俺にもできることがあるかもしれないからな。というか、キティもネイルコア持ってたのか」
「元々、アロップから貰っていたのです。モルネアの使用は色々と周りの目を気にしなければいけませんから、シーンを選ぶのですが……似合ってますか?」
「うん。よく似合ってる」

 慶汰が褒めると、キラティアーズは柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます。それで、慶汰さんは何を調べているのですか?」
「地上と竜宮城の時間の変化さ。とりあえず、一二〇〇年前に時間災害が起きたってのはアロップから聞いているんだけど、なんかうまくイメージを掴めなくて」
「それくらい、聞いていただければ、教えましたのに……」
「キティだって、つきっきりで俺の面倒見ているわけにはいかないんだろ? ……まあ、もし時間が空いたなら、先生役、お願いしたいんだけどさ」

 キラティアーズが慶汰の正面に腰を下ろす。

「もちろんです。では、よろしければ慶汰さんが勉強してきた内容を、見せて貰っても?」

 慶汰は少し躊躇いがちに、ノートを差し出した。

「見せるつもりなんてなかったから、内容整理してないけど……」

 キラティアーズは黙々と慶汰の書いたノートを読み込んで、机上に広がる資料のタイトルを一瞥すると、小さく頷いた。

「どうやら、日常的な竜宮城と外界の時間の変化については、問題なく理解できているみたいですね」
「地上でアロップから教わったよ。不規則な波のような変化が起きる、だろ」

 グラフの横軸は、メモリ一つ分が竜宮城の一日だ。
 縦軸は地上とのズレが大きいほど、上下にずれる。竜宮城と地上で二四時間が流れるペースが同じ場合、グラフの横軸上に点がつくわけだ。
 そして、竜宮城と地上の一日がぴたりと一致するタイミングが訪れるたびに、グラフは山と谷を繰り返す。そうして波を描くのである。
 グラフを描く山の高さや幅は、前後の谷と酷似こそすれ、点対称にはならない。どれだけ歴史を遡っても、まったく数値まで同じ波長の繰り返しは一度として存在しないそうだ。

「はい。どれだけ頭のいい学者が悩んでも、次に来る時間の波の大きさを完璧に予測することは不可能です。それでも精度は少しずつ向上して、向こう一週間の変化予測値であれば八割くらいは当たるのですが」
「まるで天気予報だな」

 同じ形の波を作らないグラフを見ていると、円周率にも似た小難しい数学の気配を感じるから不思議だ。

「基礎は把握できているようですから、さっそく慶汰さんの知りたがっている時間災害について教えましょう」
「お願いします」

 慶汰が一礼すると、キラティアーズも礼を返した。その所作は慶汰より洗練されていて美しい。

「時間災害は、慶汰さんが先ほどまで勉強してきた時間の波を断ち切って、急激な時間の変化をもたらす災害です。竜宮城で一秒過ぎる間に、外界では数十年から何百年という時間が流れたり、その真逆のことが起きたりします」

 それを聞いて、慶汰はすかさず手を挙げる。

「その反動で、今度は竜宮城側の時間が勢いよく加速したんだろ? 結果、こっちじゃ浦島太郎が竜宮城に来たのは一二〇〇年前ってことになってる……それはわかるんだが、時間災害で過ぎ去った時間と、反動で流れた竜宮城の時間って、ぴったり同じなのか?」
「いえ、一年から十年くらいの誤差が出ます。時間災害は、発生した瞬間にタイムスリップが発生し、片方の世界から見たとき、一瞬でもう片方の世界が何百年と進みます。ですがその直後に発生する反動は、相手側の一年から十年にかけて、タイムスリップした分と同じくらいの時間差が流れるのです。結果、数百年分の時間差が、遅くとも十年後までには軽微な誤差で収まるようなメカニズムになっています」

 慶汰は、手元のメモ用紙にペンを走らせた。

「つまり、浦島太郎がタイムスリップした時は、竜宮城で過ごしていた五年間のどこかの一秒で、地上が六〇〇年分経過し――浦島太郎が地上に帰還したあと、地上が十年ほど経過する間に、今度は竜宮城が六〇〇年分時間を進めた、と」
「そうなりますね」

 キラティアーズが頷くのを見て、慶汰は一二〇〇年前の時間災害についてまとめた図式を丸で囲んだ。
 しばらくその図を眺めてから、慶汰は再び質問する。

「そもそも、どうして時間災害なんてものが起こるんだ?」
「いい着眼点ですね。時間災害とは、龍脈災害の一種なのです」
「龍脈災害?」
「竜宮城に満ちている龍脈が大きく乱れて、多大な被害を及ぼす災害――それが龍脈災害です。モルネア、二つほどメジャーな例を」
〈は~い〉

 キラティアーズのネイルコアが光って、空中に用語集が表示される。

『地龍震災――竜宮城の地下が震源となり、大地を物理的に揺らす災害。一般的には建築物を揺らす程度だが、威力が大きい時で、震源に近いエリアでは、建築物が倒壊するほどの被害が出ることもある』

『蟠龍災害――局所的に渦巻き状の強烈な風が発生し、時に大雨や雷を伴う場合もある。ひどい場合は建築物や樹木なども巻き上げられる』

「他にもたくさんありますが、特に地龍震災は群を抜いてよく発生します。実は毎日、とても微弱な地龍震災が発生しているのですよ」

 慶汰は感嘆の溜息を漏らした。

「時間災害もその仲間ってことか」
「その通りです。滅多に起きるものではありませんが」
「ちなみに、龍脈災害って、そもそもどうして起きるんだ?」
「主な要因は急激な環境の変化です。町単位、都市単位での大規模な開発。それに伴う、龍脈の消費の激しいエリアと、ほとんど龍脈が消費されないエリアの二極化。もちろん、一人ひとりが常日頃から環境意識を持って生活することが大切なのですが」
「そういうことだったのか……」

 慶汰は目頭を指でもんで、大きく深呼吸した。

「ありがとう、キティ。おかげでだいぶ勉強がはかどったよ」
「どういたしまして。地上の方がわたくしたちの世界に興味を持ってくれて、嬉しいです」

 慶汰の疲労を察したのか、キラティアーズが話題を変える。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...