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おとひめさまのアプローチ
「そろそろ花火のお時間です」
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クリオネ釣りは、水を張った浅く広いガラスのプールに放流されたクリオネを、糸で釣る遊びだ。糸には餌となる貝のエキスが染みこんでいて、糸の先端を球状に結ぶだけで餌と勘違いして食いつくらしい。
何十匹と泳ぐクリオネたちは、五センチくらいあれば大きい方だ。愛らしい透明な体表の中、胸元の心臓辺りが黄色く色づいている。
可愛いな、とほのぼのしながら糸を垂らすと、ふわふわと近寄って――ぐわっ! 口から六本の触手を勢いよく広げて襲いかかる!
「うわっ!?」
慶汰は腰を抜かして、地面に尻餅をついた。糸を引く感触は強く、慶汰の指からひったくられた糸が、ガラスの水槽に落ちる。
「あはははは! 慶汰ったら、驚きすぎ!」
クリオネはすぐに餌ではないと気づいたようで、ペッと糸は吐き出されてしまった。
「び、びっくりした……。意外とパワーあったな、クリオネ」
慶汰のリアクションが壺に入ったのだろう、アーロドロップは目尻に浮かんだ涙を左手の指で拭う。そして、右手を慶汰に差し出した。
「もう、大丈夫?」
自然とアーロドロップの手を取って、姿勢を直す。
「サンキュ……今度は釣ってやるからな……!」
「じゃあ、あたしの糸あげるわ。いい? できるだけ奥まで吸い込ませて、吐き出すまでの時間を長引かせるのがコツよ」
「そんなこと言われてもな、どうやるんだよ」
「仕方ないわね。まず、餌だと思わせるために小さく揺らすの……」
慶汰の手にアーロドロップの手が重なる。どころか、身体までぴったりくっついた。
ゴクリと息を呑む慶汰の耳元で、アーロドロップが真剣に囁いた。
「じっくり待って……焦っちゃダメ……」
ちらりと見た横顔が、本気だ。ならばと慶汰も集中する。
「近づいてきたら糸に遊びを作って、吸い込む時に奥まで入れるように……今よっ!」
クリオネが食いついた瞬間、アーロドロップと共につり上げる。さっと小さな器を構えて、張った水にクリオネが収まった。
「よっしゃ! ありがとなドロップ!」
慶汰が拳の甲を向けると、アーロドロップは一瞬目を丸くして、すぐに得意げな笑顔で拳を合わせた。
「当然!」
それからも、いくつかの屋台を見て回る。
階段で聞いたシンカイガメも見つけたが、想像以上に小さかった。
しゃがみ込んだ慶汰の両手に、シンカイガメが人懐っこく乗る。見た目以上の重みはあるが、多少持ち上げることに苦労はない。
膝と肘をくっつけるようにして支える姿勢をとると、慶汰の左肩に、アーロドロップの右肩がくっついた。そのまま、彼女がシンカイガメにぐっと顔を近づける。
「こんにちは。お名前は?」
シンカイガメの甲羅を、アーロドロップが指先で優しくつつく。すると、にゅっと伸びた首の先、丸い顔の口がパクパクと動いた。
「コンニチハ! ボク、マルラキー!」
「マルラキー? 可愛い名前ね」
にこ。無邪気さの中に大人っぽさが混ざったような笑顔が、慶汰の目の前でマルラキーに注がれる。
「アリガトー!」
「か、可愛いな……」
「でしょ」
慶汰と目が合ったアーロドロップは、より慶汰の肩に身体を預けた。長い黒髪が、慶汰の背中にそっと触れる。
たしかな体温と花のような香りを感じながら、慶汰は穏やかに会話を続けた。
「浦島太郎はこんなに小さい亀に捕まってここまで来たのか?」
「どうかしら……触れあい用の動物は、最初から小型の種類を使っているから。大昔、浦島太郎を連れてきたのは、ちゃんと人が移動するための、もっと大きな亀だったと思うわ」
「なるほどなぁ」
感心しながら、マルラキーを透明な展示ケースの中に戻してやる。手の熱で火傷させないように。
マルラキーは「オミズー」といいながら砂利の上をゆったり歩き、石に囲まれた餌箱の方へ向かっていった。
「ばいばい」
アーロドロップが手を振って立ち上がる。
それから二人で仲良く、次はどの屋台に寄ろうか、と歩いていると、不意に背後から小鳥のさえずるような声がした。
「殿下」
慶汰がびくりと背筋を伸ばす間にも、きれいな囁き声が続く。
「そろそろ花火のお時間です」
振り返ると、鮮やかな赤地に、白い泡模様の浴衣を着た、髪まで真紅色の女の子がいた。
「副隊長が場所を確保しております。ご移動願います」
「あの、君は……」
慶汰が声をかけると、少女はちらりと慶汰を見た。少女は儚げに微笑むと一礼して、くるりと踵を返して去っていく。
「イリスは人見知りだから……。それより、移動しましょ」
アーロドロップの手には、いつの間にか、簡単な地図が描かれた紙の切れ端が握られていた。
何十匹と泳ぐクリオネたちは、五センチくらいあれば大きい方だ。愛らしい透明な体表の中、胸元の心臓辺りが黄色く色づいている。
可愛いな、とほのぼのしながら糸を垂らすと、ふわふわと近寄って――ぐわっ! 口から六本の触手を勢いよく広げて襲いかかる!
「うわっ!?」
慶汰は腰を抜かして、地面に尻餅をついた。糸を引く感触は強く、慶汰の指からひったくられた糸が、ガラスの水槽に落ちる。
「あはははは! 慶汰ったら、驚きすぎ!」
クリオネはすぐに餌ではないと気づいたようで、ペッと糸は吐き出されてしまった。
「び、びっくりした……。意外とパワーあったな、クリオネ」
慶汰のリアクションが壺に入ったのだろう、アーロドロップは目尻に浮かんだ涙を左手の指で拭う。そして、右手を慶汰に差し出した。
「もう、大丈夫?」
自然とアーロドロップの手を取って、姿勢を直す。
「サンキュ……今度は釣ってやるからな……!」
「じゃあ、あたしの糸あげるわ。いい? できるだけ奥まで吸い込ませて、吐き出すまでの時間を長引かせるのがコツよ」
「そんなこと言われてもな、どうやるんだよ」
「仕方ないわね。まず、餌だと思わせるために小さく揺らすの……」
慶汰の手にアーロドロップの手が重なる。どころか、身体までぴったりくっついた。
ゴクリと息を呑む慶汰の耳元で、アーロドロップが真剣に囁いた。
「じっくり待って……焦っちゃダメ……」
ちらりと見た横顔が、本気だ。ならばと慶汰も集中する。
「近づいてきたら糸に遊びを作って、吸い込む時に奥まで入れるように……今よっ!」
クリオネが食いついた瞬間、アーロドロップと共につり上げる。さっと小さな器を構えて、張った水にクリオネが収まった。
「よっしゃ! ありがとなドロップ!」
慶汰が拳の甲を向けると、アーロドロップは一瞬目を丸くして、すぐに得意げな笑顔で拳を合わせた。
「当然!」
それからも、いくつかの屋台を見て回る。
階段で聞いたシンカイガメも見つけたが、想像以上に小さかった。
しゃがみ込んだ慶汰の両手に、シンカイガメが人懐っこく乗る。見た目以上の重みはあるが、多少持ち上げることに苦労はない。
膝と肘をくっつけるようにして支える姿勢をとると、慶汰の左肩に、アーロドロップの右肩がくっついた。そのまま、彼女がシンカイガメにぐっと顔を近づける。
「こんにちは。お名前は?」
シンカイガメの甲羅を、アーロドロップが指先で優しくつつく。すると、にゅっと伸びた首の先、丸い顔の口がパクパクと動いた。
「コンニチハ! ボク、マルラキー!」
「マルラキー? 可愛い名前ね」
にこ。無邪気さの中に大人っぽさが混ざったような笑顔が、慶汰の目の前でマルラキーに注がれる。
「アリガトー!」
「か、可愛いな……」
「でしょ」
慶汰と目が合ったアーロドロップは、より慶汰の肩に身体を預けた。長い黒髪が、慶汰の背中にそっと触れる。
たしかな体温と花のような香りを感じながら、慶汰は穏やかに会話を続けた。
「浦島太郎はこんなに小さい亀に捕まってここまで来たのか?」
「どうかしら……触れあい用の動物は、最初から小型の種類を使っているから。大昔、浦島太郎を連れてきたのは、ちゃんと人が移動するための、もっと大きな亀だったと思うわ」
「なるほどなぁ」
感心しながら、マルラキーを透明な展示ケースの中に戻してやる。手の熱で火傷させないように。
マルラキーは「オミズー」といいながら砂利の上をゆったり歩き、石に囲まれた餌箱の方へ向かっていった。
「ばいばい」
アーロドロップが手を振って立ち上がる。
それから二人で仲良く、次はどの屋台に寄ろうか、と歩いていると、不意に背後から小鳥のさえずるような声がした。
「殿下」
慶汰がびくりと背筋を伸ばす間にも、きれいな囁き声が続く。
「そろそろ花火のお時間です」
振り返ると、鮮やかな赤地に、白い泡模様の浴衣を着た、髪まで真紅色の女の子がいた。
「副隊長が場所を確保しております。ご移動願います」
「あの、君は……」
慶汰が声をかけると、少女はちらりと慶汰を見た。少女は儚げに微笑むと一礼して、くるりと踵を返して去っていく。
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アーロドロップの手には、いつの間にか、簡単な地図が描かれた紙の切れ端が握られていた。
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