追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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おとひめさまのアプローチ

「慶汰……あ~ん……!」

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「それじゃあさっそく見て回りましょうか!」

 男女とも浴衣で華やぐ賑やかな会場を、アーロドロップと手を繋いで巡る。
 最初はクロイイワシの一本焼き。屋台に近づいた時にはもう、炭火焼きの遠赤外線が顔を温め、焦げた磯の香りが食欲を刺激していた。
 名前の通り、クロイイワシという竜宮城で穫れる魚を串に刺して焼いたものだ。だが――。

「うおっ、でかいな!」

 予想以上にサイズ感が大きい。大きく口を開けないと食べられないほど太く、片手で持つと手首が疲れそうなほど長い。地上にいた頃の記憶で比較すれば、チョコバナナより一回り大きい。

「ふふ。さ、熱いうちに一口めしあがれ」

 屋台の袖にある少しのスペースに移動して、慶汰は頭から齧りついた。

「はふはふ……! うん、塩が効いてて、身がホクホクして何本でもイケる!」
「でしょ? ねぇ、慶汰。……あたしにも、一口ちょうだいな?」

 アーロドロップが手を出してくる。

「え? でも、もう……」

 狼狽して目を泳がせると、道のあちらこちらで当然のように、他のカップルが一匹のクロイイワシを仲良く交互につついている。いくつかのカップルは、お互いに食べさせあっているほどだ。
 そんな中で、口をつけてしまったし……とは、恥ずかしくて言えなかった。

「まさかその量、一人で食べる気? 他にも美味しいもの、たくさんあるのに」
「う……わかったよ」

 慶汰が差し出すと、アーロドロップは素早く受け取って、食べかけのクロイイワシをじっと見つめる。
 慣れていないうえに、過剰に意識してしまっているのだろう。手元は震えて、目の焦点も合っているか怪しい様子だ。
 さすがに、見ていて心配になる。

「なぁドロップ、無理しなくても……」
「む、無理なんてしてないし……!」

 勢いよく、アーロドロップはひと思いにかじりついた。

「……お、美味しい……」

 ちろりと少しだけ舌が覗いて、薄い唇をそっとなでる。その仕草をまじまじと見てしまい、慶汰はさっと顔を背けた。
 すると、アーロドロップは上擦った声と共に、歯形をつけたクロイイワシを慶汰の方へ向ける。

「ほ、ほほ、ほら、慶汰ももう一口食べる? 食べさせてあげるわ……!」

 アーロドロップが、伸ばした右腕の袖口を左手で押さえ、少しずつ距離を詰めてくる。彼女の顔は見てわかるほど火照っており、必至に恥ずかしいのを我慢しているのが見て取れた。
 さっきから、アーロドロップの様子がおかしい。合流した時に宣言した「頑張る」とは、カップルらしく振る舞うことを指していたのだろうか。

「慶汰……あ~ん……!」

 こういうことをされて嬉しくない、わけがない。ただ、無理をさせてしまうのは、ひどく居たたまれなかった。
 もっとも、ではせっかくのあ~んを無碍にするのか……。
 葛藤の最中、慶汰はふと、視界の隅にあるものを見つけて、身体が動いた。

「悪いドロップ、ちょっと待っててくれ」

 ドリンクを売る屋台の向こう、屋台の列の裏手の木陰に、うずくまる幼い男の子を見つけたのだ。

「え、ちょ、慶汰っ!?」

 慶汰はスタスタと、一直線に歩を進める。屋台の横を抜けて、先ほど見かけた木陰の元へ。そして、年端もいかなそうな幼き少年に声をかけた。

「君、どうかしたかい? 怪我でもしたかな」

 優しく声をかけると、幼い男の子はゆっくり顔を上げて、首をふるふると横に振った。

「ママとはぐれちゃったの……」
「なんだ、迷子だったのか。じゃあ、お兄ちゃんが一緒に探してあげるよ」
「ほんとう?」
「うん。立てるかい?」

 慶汰が手を差し伸べると、おずおずと握り返して、すっくと立ち上がる。そのまま手を引いて、慶汰はアーロドロップの元に戻った。

「ごめんドロップ、ちょっと寄り道していいか?」

 一拍、間があって、アーロドロップは微笑んで頷く。
 先ほどまでと違って、普段の彼女らしい、頼もしい笑顔だ。

「当然。あたしも一緒に行くわ。運営のテント、場所わからないでしょ」
「ああ、頼む!」

 ――と、言ったその瞬間。

 三人の前に一陣の風が吹いて、金髪の青年が出現した。

「運営スタッフの者っス! 迷子発見と聞いて、参上しましたっス!」

 急な登場に、周囲にいた他の人々たちもどよめく。
 慶汰も、呆然としながらも、記憶の中から心当たりを引っ張り出した。

「あ、一週間前の玉手箱窃盗事件の時にいた人」
「だ、誰のことっスかね!? オレはしがない運営スタッフっスよ!」

 焦ったように言い繕う彼に、アーロドロップがじーっと無言で圧をかけている。
 咳払いした自称運営スタッフのお兄さんは、幼き少年の前に立て膝を着いて、目の高さを合わせた。

「さ、オレが来たからにはもう大丈夫っスよ! 一緒にお母さんのところに行こうっス!」
「うん……?」

 少年は、どうにも展開を飲み込めていないながらに頷いた。金髪の青年がひょいと抱き上げると、そのまま片手を上げる。

「じゃ、オレはこれで失礼するっスよ! お二人とも、この後もしっかり楽しんでほしいっス!」

 びゅん! 慶汰たちの返事を聞くより先に、彼は迷子の少年を連れて去ってしまった。

「……ドロップ、もしや今の人と、さっきの眼鏡の人って……」

 アーロドロップはそれには答えず、慶汰をじっと見つめる。

「迷子に気づいて声をかけにいくなんて、さすが慶汰ね」
「た、たまたまだよ」

 どうやら彼のことも、この人混みの中では触れてはいけない話題らしい。周囲の人たちも、迷子の件が一段落したと察するや否や、それぞれ恋人や友人たちとの会話に戻っていく。
 注目の的ではなくなったことを確認して、アーロドロップが慶汰に身体ごと向かいあった。

「さっきはごめんなさい。あたしってば、すっかり浮かれてて……慣れないことはするものじゃないわね」

 我に返ったのだろう、しゅんと肩を落としている。
 もう、さっきのようにいちゃついてくれないのかもしれないと思うと、それはそれで少し残念だ。

「いや、それはそれで可愛かったし……」
「もう……」

 びし、と腕を叩かれた。そして向けられる抗議の視線も、いじらしい。
 つい緩んでしまいそうになる頬に気合いを入れて、慶汰はアーロドロップの手を取る。

「わっ、慶汰……?」
「さ、せっかく気を利かせてもらったんだし、次いこうぜ!」

 それから二人は、全力で龍迎祭を楽しんだ。
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