追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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語り継がれた童話の真相

「一二〇〇年前の乙姫様も、こんな気持ちだったのかしらね」

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 いよいよ、花火もクライマックスというところで席を立ったアーロドロップは、早足に慶汰の元を後にした。
 細い道を駆ける道中で、シードランの仲間たちと出くわす。四人はそれぞれ気まずそうだったり驚いたりしていたが、構うことなく命令を飛ばした。

「慶汰をお願いッ!」

 そう吐き捨てるように言い残して、四人の前からも逃げ出した。後方で「殿下は私がっ」とイリスの声がして、アーロドロップは足を急がせる。
 だが、道の先にはもう一人、待ち構えていた。強まる花火が、その人影を浮かび上がらせる。

「アロップ」

 頭上に浮かぶ白いストールは、乙姫羽衣特有のもの。

「姉上……!」

 抜き去ろうという反射的な思考は、たった一歩足を動かしただけで無理だと悟った。乙姫羽衣のスペックは高い。市販の浴衣装備で敵うはずもないのだ。

「お返事は……したようですね」

 キラティアーズは真剣な面持ちだ。

「……はい。ひどいことを、言いました」
「よいのですか」
「そうでなければ……一生後悔すると思ったので」
「……そうですか」

 いよいよ花火が間断なく、一発一発が激しくなって、会話もままならないほど響き渡る。
 最後の一発が終わった時、キラティアーズがアーロドロップを抱きしめていた。

「姉上……」
「彼を嗾けたのは、わたくしです。恨むなら、どうかわたくしを」

 どういうことだろうと考えて、すぐに答えに気づいた。この姉が不器用なことをする時は、決まってシンプルに妹のことを思ってのことだ。

「……恨みませんよ。よかれと思ってのことでしょう」

 遠くから足音が近づいてきた。アーロドロップはキラティアーズの身体から離れて、振り返る。

「イリスも。心配、かけたわね。それと、色々気を遣ってくれて、ありがとう」
「殿下……」

 落ち込むように眉根を落とすイリスを励ますように、アーロドロップは笑顔を頑張る。

「さ、このあとちょっと付き合ってくれる? 明日、慶汰を送り出すまで、ほんの少しでも玉手箱の解析を進めたいの」
「殿下……夜更かしは、お身体によくありません」
「今日くらい、いいじゃない。どうせ眠れないわよ」

 イリスは、えっと、と戸惑って、しかし二の句が継げなかった。
 沈黙が訪れて、アーロドロップは空を見上げる。木々の枝葉がフレームとなって、真っ暗な夜空が本当の闇に思える。

「一二〇〇年前の乙姫様も、こんな気持ちだったのかしらね」

 残酷にも、これから地上は時間が加速していくのだ。その時間差はどんどん広がっていく。
 そう遠くないうちに、竜宮城で一日過ごすと、地上では二日分経過するようになる。

「明日、慶汰を地上に帰すとして……それから、どんどんあたしと慶汰の年の差は、広がっていくばかり」

 あと半年もする頃にはピークに達して、なんと竜宮城で一日過ごすだけで、およそ地上では一五〇日もの日数が経過してしまう予想が立つ。
 しかも、その時点までで積み上がっている時間差は、三〇年……。

「慶汰のお姉さんが、あと一年保ってくれるとしても……それは地上でのことだから、あたしに残された時間は、実質二〇日程度ってとこかしら……」

 それだって、希望的観測だ。すでに海来は、半年も寝たきり生活を送っている。一年なんて、アテにならない。

「殿下……」

 イリスが目を伏せたまま、申し訳なさそうに尋ねる。

「もし、明日、お二人が別々の時間を歩むことになるとして……再び、年の差が埋まるのは、いつ頃になるのですか……?」
「それは……」

 半年後のピークを終えて、時間差が緩やかに収まっていって、アーロドロップが来年成人を迎える頃には、慶汰は……七十代半ば頃になっているだろう。
 その後、慶汰が老後の一年間を過ごすうちに、アーロドロップも六十年ほど歳を重ねるわけだ。
 想像すると、嫌になる――アーロドロップは自虐的な笑みを作った。

「次、あたしと慶汰の年齢が近くなるのは、お互いお爺さんとお婆さんになった頃、かしらね」
「そんな……! そんなのって、ないですよ……っ!」

 肩を震わせるイリスに、キラティアーズが優しくも厳しい声をかけた。

「イリス」
「せめて、せめて離ればなれになっても、お二人だけは同じ時間を過ごせたら……!」
「堪えなさい、イリス。一番辛いのは、アロップなんですよ」
「う、ううっ……! も、申し訳、ありません……!」

 いよいよイーリアスは、両手で口を押さえて震えた。
 その間、誰も何も喋れずにいる。
 アーロドロップは俯いたまま微動だにせず、キラティアーズは気まずそうに妹を横目で観察することしかできない。
 それから、しばらくの無言の時間が続き……。
 最初に居たたまれなくなったのは、イーリアスだった。

「っ……!」

 その場を立ち去ろうと踵を返す彼女の後ろから、アーロドロップが肩を掴んだ。

「待ってイリス」
「ひぇっ……」

 あまりの迫力に、イーリアスの声がひっくり返る。

「さっきあなた、なんて言った……?」
「も、申し訳ありませ――」

 ぐるりと強引にイーリアスの身体を反転させて、アーロドロップは彼女の両肩を強く掴んだ。そして、思いっきり顔を迫らせる。

「その前よ!」
「え? えーと……せめて、離ればなれになっても、お二人だけは同じ時間を過ごせたら……」

 戸惑ったように疑問符を浮かべるイーリアスの目の前で、アーロドロップの口角がにやりと上がった。

「それよ! それが玉手箱の真実だったのよッ!」
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