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新しいおとぎばなし
「約束、果たしましたからね」
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龍迎祭の夜から、これまで手がかりすら掴めず苦戦していたのが嘘のように、玉手箱の確認と改良作業が進んだ。アーロドロップが満足そうに「完成したわよ」と教えてくれたのが、龍迎祭から二日後の夜のこと。
翌日。
慶汰は、〝りゅうぐう〟竣工記念パーティで着てきたスーツ姿に着替えて、アーロドロップと共に竜宮城を後にした。
たった二週間ほどのつきあいだったが、キラティアーズも、ハイドローナも、シードランの面々も……多くの人たちが見送りに来てくれて、慶汰は彼らの姿が見えなくなるまで、玉手箱を落とさないように手を振り続けた。
長い海の旅から日本に辿り着く。満天の星空が、懐かしくて遠くに感じる。
波の音は少し荒い気がした。竜宮城でも風は吹くが、地上の海岸の風はどこか冷え込んでいる。それでも、ちょうどいい涼しさだ。となると季節は夏のまま……問題なく、日本に帰ってきたのだ。
あと数十秒で横に長い砂浜に到着するというところで、いよいよ懐かしい景色も見えてきた。
ある程度の高さを備えた壁の向こうは、車道と線路が通っている。ヘッドライトを付けた車がまあまあの密度で通っていて、『江ノ電鎌倉高校前』の文字が照らし出された。鎌倉高校は慶汰が通っている高校だ。するとここは、七里ヶ浜海岸辺りだろう。
薄暗い闇の向こうに、小さく江の島を見つけたところで、砂浜に上陸した。海岸に人はいない。
頭上に浮かせた白いストールと、乙姫羽衣の振り袖をはためかせて、アーロドロップが空を見上げる。
「やっぱり、外界は広いわね……。なんて、感慨に浸っている場合でもないか」
「まさか、というかやっぱり、海保とか海自とかに探知されたのか?」
「どうかしら。モルネア」
〈うーん……さすがにソナーの対照資料がないからね。ただ、なんとなく不自然な音波ってことなら、心当たりあるよ〉
「なら急がないとね……慶汰、もうだいぶ腕疲れてるでしょ。ここからはあたしが持つわ」
竜宮城に向かう時は、玉手箱が龍脈を吸おうとしていたため慶汰が運ばなければいけなかったが……龍脈が蓄えられている今は違う。
それでも、慶汰は玉手箱を抱える腕にぎゅっと力を込めた。
「ありがとう。でも、姉さんを助けるための道具だから……最後まで、自分で運びたいんだ。俺にできるのは、それだけだから」
「慶汰……わかったわ。じゃ、お願いね。モルネア。病院の位置、憶えてるわよね」
〈うん、距離も方角もばっちり。ちゃんとガイドするから、任せて〉
「さ、今から飛ぶわよ!」
その一声が浮遊術の合図となる。風を感じて舞い上がると、鎌倉の街並みが一望できた。
眼下に広がる光景は、暗いエリアと明るいエリアがはっきりしている。住宅街は軒並み明るく、鎌倉高校らしき敷地はもう真っ暗だ。
線路沿いには、遠くに小さく、電車の車両らしき灯りが移動している。まだ終電という時刻でもないのだろう。
こうして、鳥のように滑空する。
病院に着くまで、それほど時間はかからなかった。
広い駐車場にそっと降り立つ。車はほとんどない……が、一、二台、端の方に駐車されているのは、病院で働く人の車だろうか。
〈さて、どうやって侵入する?〉
「堂々と面会に来ました……とは、ダメそうな感じね」
「二人とも、静かに」
慶汰はアーロドロップの肩を押して、しゃがませた。
どの病棟にも鍵がかけられている……はずだが、こんな真夜中でもコンビニの袋を引っ提げて堂々と入っていく女性を発見。
「――今から透明にするから。パーティーの時と違って、玉手箱も透明にできるから、落とさないでよ」
「――もちろんだ」
慶汰たちは、気づかれないように後をつけた。
一般女性は時間外緊急出入口へとまっすぐ向かい、職員にインターホンで解錠を頼んでいた。
近寄って聞き耳を立てる。どうやら、幼いお子さんが入院しているようで、その付き添いとしてこの病院に寝泊まりしているらしい。
透明になったまま、浮遊術で音もなく宙を滑り、扉を開いた女性の頭上を通過して侵入成功。
夜の病院は、しかし意外と人の気配がする。むしろ、普通に廊下は電気がついているし、医者や看護師が起きていて、不慮に遭遇する危険の方が高かった。数は少ないが、油断して会話しようものなら最後、誰かに聞かれそうだ。
廊下を浮遊して進む道中、ナースコールセンターで見つけた掛け時計を見れば、夜の九時五〇分過ぎだった。
こっそりと侵入した病室には、海来が静かにベッドで横たわっている。
身体中には、変わらず延命のための管やコードが繋がっていた。心電図モニターの音も、記憶のそれとまったく同じように、淡々と音を鳴らしている。
「生きてる……姉さん……!」
そっと扉が閉まって、慶汰とアーロドロップの姿が音もなく出現する。
「それじゃあ、さっそく始めるわね」
「頼む」
といっても、玉手箱による処置は、驚くほどあっけなかった。
海来のそばに折りたたみ式の丸椅子を置いて、その上に玉手箱を設置する。そして、開いた。それだけ。
長々とした呪文も、キラキラ光るエフェクトもない。
蓋を開いて、たった五秒で、終わったらしい。
「間にあったわ……。これで、お姉さんはもう大丈夫よ」
「そ、そう……なのか?」
なにかしら心電図なり、表情筋なりに、変化が見えると安心できるのだが……一瞬で回復がわかるほどの、劇的な効果を速効で発動する術というわけでもないようだ。
「しばらくすれば……遅くとも朝にはなにかしら兆候が見えるでしょうけど、一ヶ月は絶対安静よ――それはそうと、まずは帰還の挨拶をしないとね」
「そう、だな」
姉のベッドから、慶汰が優しく海来の手を出す。
二人でそっと触れて、声をかける。
「ただいま、姉さん」
「約束、果たしましたからね」
海来の指が、ほんのわずかに、でもたしかに、二人の手に触れた。
翌日。
慶汰は、〝りゅうぐう〟竣工記念パーティで着てきたスーツ姿に着替えて、アーロドロップと共に竜宮城を後にした。
たった二週間ほどのつきあいだったが、キラティアーズも、ハイドローナも、シードランの面々も……多くの人たちが見送りに来てくれて、慶汰は彼らの姿が見えなくなるまで、玉手箱を落とさないように手を振り続けた。
長い海の旅から日本に辿り着く。満天の星空が、懐かしくて遠くに感じる。
波の音は少し荒い気がした。竜宮城でも風は吹くが、地上の海岸の風はどこか冷え込んでいる。それでも、ちょうどいい涼しさだ。となると季節は夏のまま……問題なく、日本に帰ってきたのだ。
あと数十秒で横に長い砂浜に到着するというところで、いよいよ懐かしい景色も見えてきた。
ある程度の高さを備えた壁の向こうは、車道と線路が通っている。ヘッドライトを付けた車がまあまあの密度で通っていて、『江ノ電鎌倉高校前』の文字が照らし出された。鎌倉高校は慶汰が通っている高校だ。するとここは、七里ヶ浜海岸辺りだろう。
薄暗い闇の向こうに、小さく江の島を見つけたところで、砂浜に上陸した。海岸に人はいない。
頭上に浮かせた白いストールと、乙姫羽衣の振り袖をはためかせて、アーロドロップが空を見上げる。
「やっぱり、外界は広いわね……。なんて、感慨に浸っている場合でもないか」
「まさか、というかやっぱり、海保とか海自とかに探知されたのか?」
「どうかしら。モルネア」
〈うーん……さすがにソナーの対照資料がないからね。ただ、なんとなく不自然な音波ってことなら、心当たりあるよ〉
「なら急がないとね……慶汰、もうだいぶ腕疲れてるでしょ。ここからはあたしが持つわ」
竜宮城に向かう時は、玉手箱が龍脈を吸おうとしていたため慶汰が運ばなければいけなかったが……龍脈が蓄えられている今は違う。
それでも、慶汰は玉手箱を抱える腕にぎゅっと力を込めた。
「ありがとう。でも、姉さんを助けるための道具だから……最後まで、自分で運びたいんだ。俺にできるのは、それだけだから」
「慶汰……わかったわ。じゃ、お願いね。モルネア。病院の位置、憶えてるわよね」
〈うん、距離も方角もばっちり。ちゃんとガイドするから、任せて〉
「さ、今から飛ぶわよ!」
その一声が浮遊術の合図となる。風を感じて舞い上がると、鎌倉の街並みが一望できた。
眼下に広がる光景は、暗いエリアと明るいエリアがはっきりしている。住宅街は軒並み明るく、鎌倉高校らしき敷地はもう真っ暗だ。
線路沿いには、遠くに小さく、電車の車両らしき灯りが移動している。まだ終電という時刻でもないのだろう。
こうして、鳥のように滑空する。
病院に着くまで、それほど時間はかからなかった。
広い駐車場にそっと降り立つ。車はほとんどない……が、一、二台、端の方に駐車されているのは、病院で働く人の車だろうか。
〈さて、どうやって侵入する?〉
「堂々と面会に来ました……とは、ダメそうな感じね」
「二人とも、静かに」
慶汰はアーロドロップの肩を押して、しゃがませた。
どの病棟にも鍵がかけられている……はずだが、こんな真夜中でもコンビニの袋を引っ提げて堂々と入っていく女性を発見。
「――今から透明にするから。パーティーの時と違って、玉手箱も透明にできるから、落とさないでよ」
「――もちろんだ」
慶汰たちは、気づかれないように後をつけた。
一般女性は時間外緊急出入口へとまっすぐ向かい、職員にインターホンで解錠を頼んでいた。
近寄って聞き耳を立てる。どうやら、幼いお子さんが入院しているようで、その付き添いとしてこの病院に寝泊まりしているらしい。
透明になったまま、浮遊術で音もなく宙を滑り、扉を開いた女性の頭上を通過して侵入成功。
夜の病院は、しかし意外と人の気配がする。むしろ、普通に廊下は電気がついているし、医者や看護師が起きていて、不慮に遭遇する危険の方が高かった。数は少ないが、油断して会話しようものなら最後、誰かに聞かれそうだ。
廊下を浮遊して進む道中、ナースコールセンターで見つけた掛け時計を見れば、夜の九時五〇分過ぎだった。
こっそりと侵入した病室には、海来が静かにベッドで横たわっている。
身体中には、変わらず延命のための管やコードが繋がっていた。心電図モニターの音も、記憶のそれとまったく同じように、淡々と音を鳴らしている。
「生きてる……姉さん……!」
そっと扉が閉まって、慶汰とアーロドロップの姿が音もなく出現する。
「それじゃあ、さっそく始めるわね」
「頼む」
といっても、玉手箱による処置は、驚くほどあっけなかった。
海来のそばに折りたたみ式の丸椅子を置いて、その上に玉手箱を設置する。そして、開いた。それだけ。
長々とした呪文も、キラキラ光るエフェクトもない。
蓋を開いて、たった五秒で、終わったらしい。
「間にあったわ……。これで、お姉さんはもう大丈夫よ」
「そ、そう……なのか?」
なにかしら心電図なり、表情筋なりに、変化が見えると安心できるのだが……一瞬で回復がわかるほどの、劇的な効果を速効で発動する術というわけでもないようだ。
「しばらくすれば……遅くとも朝にはなにかしら兆候が見えるでしょうけど、一ヶ月は絶対安静よ――それはそうと、まずは帰還の挨拶をしないとね」
「そう、だな」
姉のベッドから、慶汰が優しく海来の手を出す。
二人でそっと触れて、声をかける。
「ただいま、姉さん」
「約束、果たしましたからね」
海来の指が、ほんのわずかに、でもたしかに、二人の手に触れた。
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