追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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語り継がれた童話の真相

〈さすがアロップ。全部お見通しか〉

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 その出所は、いつの間にか、ゆっくりと歩み寄ってきた慶汰の、ネイルコアだ。

「け、慶汰!?」

 後ろには、ジャグランドやシュークティ、レックマンもいる。

〈アロップ、ボクだよ。モルネアだ〉
「はあ!? ど、どうしちゃったのよその声!」
〈再現しているんだ、人間として――浦島太郎として生きていた頃の、ボクの声をね〉
「ん!? な、なに、どういうことよ!?」

 戸惑うアーロドロップに向かって、慶汰が真っ直ぐ歩み寄ってきた。
 ついさっき、ひどい言葉をかけた相手だ。アーロドロップが躊躇うように腕を身体の前に寄せると、慶汰がぴたりと足を止める。

「俺も、正直、モルネアの言うことを受け止めかねてる。でも、一緒に聞いてやってくれないか?」
 惚れた弱みを利用されて言いくるめられた気がして、少し不満もあったが、その言葉に安心できたのも事実だ。アーロドロップは、渋々唇を尖らせた。

「……慶汰がそう言うなら」
〈ありがとう、アロップ〉

 まるで別人になったモルネアが、静かに語る。

〈アロップの説明は、ほとんど的を射ていたよ。ボクは当時の乙姫様――アクアーシャから時間災害の説明を受けて、玉手箱を預かった。十日でいい。十日間、肌身離さず玉手箱を持っていてほしい。そうしたら、年老いたアクアーシャがボクに会いに来るから、玉手箱を返してくれ。そうすれば若返って、今度はボクの世界で一緒に暮らせるから……と〉

 正直、アーロドロップとしては急な話に気持ちが追いつかない。それでも、なんとか、耳を傾ける。
 慶汰が尋ねた。

「十日間、というのはどうしてなんだ?」
〈アクアーシャが老後、竜宮城を出るのが、ボクにとっての地上帰還から二日後らしい。それからは時間の流れが同じだから、アクアーシャ自身の龍脈が尽きるまでに、ボクを見つけてくれる――そう言ってくれたんだ〉
「そうか……」

 玉手箱の龍脈が無事なら、きっと迷うことなく探し出すことができる。そんな自信を持つアーロドロップからすれば、むしろ数日かけて見つからない場合、まったく見当違いの遠い国に来てしまったか、玉手箱の龍脈が既に尽きていると考える。
 なにより、龍脈がある間は、海の遠泳や空の遠距離飛行だってそれなりに可能だが……龍脈が尽きれば、ただのお婆さんだ。移動範囲はひどく限られ、その範囲の中に浦島太郎がいるのなら、そもそも合流を果たせているはずなのだ。
 つまり、再会可能な事実上のタイムリミットが、十日。それは、とても納得のいく数字である。

〈そこでボクは、竜宮城を出る前に、アクアーシャに一方的に約束したんだ〉

 慶汰が目を眇める。

「一方的?」
〈アクアーシャが嫌がったからね……。だから、勝手に誓った、と言うべきなのかもしれないけれど〉

 そう聞いて、アーロドロップは苛立ったように問い詰めた。

「どうせ、玉手箱を開くって言ったんでしょ?」

 慶汰のネイルコアから、〈ははっ〉と虚しい笑い声。

〈さすがアロップ。全部お見通しか〉

 それを聞いて誰もが思案を顔に出す中、アーロドロップだけが、真っ直ぐにネイルコアを見つめていた。

「開いたらどうなるか、当然、アクアーシャ乙姫上皇陛下から聞いてのことなのよね?」
〈そうだよ。玉手箱をそのままにしていたら、他の誰かが開けてしまうかもしれないから……って考えてのことだったんだけど〉

 慶汰がゴクリと息を呑んだ。

「まさか……。浦島太郎が、老化したのって……」
「龍脈術の暴走よ」

 アーロドロップは淡々と答える。

「龍脈術は、発動条件を具体的に細かく設定すればするほど、安定しやすくなるの。膨大な龍脈を使って、若返りなんてとんでもないことを試みようとするなら、なおのことね。例えば、効果の対象をアクアーシャ乙姫上皇陛下に限定する、みたいな」

 アーロドロップがそこで声を区切ると、キラティアーズが続いた。

「発動条件を正しく満たせなかったので、本来若返りというはずだった効果が、老化という真逆の現象で発揮されてしまったのでしょう」
「そういうことだったのか……。それをわかっていて、よくできたな……」
〈そりゃ、もうアクアーシャと会えないってわかったんだ。独りで生きるくらいなら、いっそ――〉

 モルネアの虚しげな声を、アーロドロップが厳しい声で遮った。

「それ以上はやめて。慶汰の前よ、今のあなたなら察せるでしょ」
〈……ごめん〉

 誰もが言葉を失い、雑木林の小道に重たい空気が沈んだ。
 モルネアが、申し訳なさそうに慶汰に謝る。

〈ごめんなさい、慶汰。ご先祖様たちに、ひどい光景見せちゃって……〉
「まあ……俺のご先祖様たちを守ってくれた、ってことでもあるんだろ? なら、俺には何も言えないさ」

 慶汰なりの言葉をかけたあと、モルネアに尋ねた。

「それで、ご先祖様たちは、どんな人だったんだ?」
〈浦島の人たちは、みんな、とってもいい人たちだったよ。信じようのないボクの話を親身になって聞いてくれた。慶汰みたいに、真っ直ぐな心を持っていて……誰より優しい人たちだった〉
「そうか……教えてくれて、ありがとう」
〈ううん。ね、今度はボクから、訊いてもいいかな〉

 モルネアが、ゆったりとした声で尋ねる。

〈身体が老けて死亡した後……ボクがこうしてモルネアに――龍脈知性体になってしまったのは、なんでなんだろう〉

 即座にアーロドロップが断言する。

「大量の龍脈を浴びたからじゃない? 肉体は老化したけど、魂が核となって龍脈を伴って、竜宮城に引き寄せられたのよ。せめてあなただけは生かしたいって、アクアーシャ乙姫上皇陛下が願ったのかもね」
〈そうか……〉

 アーロドロップとしては、皮肉のつもりであって、真面目な回答ではなかった。死んだ人間が龍脈知性体になるなんて、聞いたことがない。

〈これでひとまず、ボクの話は終わりかな……。これが、みんなの追い求めていた真相だよ。……ごめんね、最後に後味の悪い話を聞かせて〉

 アーロドロップと繋いでいた手をほどいて、慶汰が右手を胸の前まで持ち上げた。

「モルネアの……浦島太郎さんの決断を、どうこう言うつもりはないんだけどさ……。一つだけ、聞かせてくれないか?」

 モルネアの声音が、聞き慣れた幼き少年の音程に戻る。慶汰の指のネイルコアから、メンダコのアバターが浮かび上がる。

〈ボクで答えられることなら、なんだって答えるよ。あと、ボクのことはモルネアって呼んでほしいな。今となっては、そっちの方がしっくりくるんだ〉

 慶汰は少し戸惑ったように頷いた。

「じゃあ、モルネア。乙姫様と出会えて……よかったか?」
〈もちろん。たったの五年間だったけど……とても充実した、幸せな時間だったよ〉

 即答だった。足の一本をピシッと上げて、スカート状の膜をめくりながら、迷いのない返事。
 誰もが、その答えに祈った。どうかこの言葉が、アクアーシャに届きますように。
 モルネアはその足をゆっくり下ろすと、礼儀正しくぺこりとお辞儀する。

〈そうだ、大切なことを伝え忘れていたよ。慶汰、アロップ。ボクの忘れていた大切な恋心を思い出させてくれて、本当にありがとう〉

 二人の返事は、自然と重なった。

「どういたしまして」

 アーロドロップと慶汰が、そっと見つめあう。
 自然と、二人の頬が緩んだ。

「ここからは、俺たちの番だな」
「ええ。慶汰のお姉さんを目覚めさせましょ」

 ――こうして、おとぎばなしの真実が、暴かれたのである。
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