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6.妹は姉を心配する
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遠い目をして、シャーリーは姉といた日々を振り返った。
振り返ると言っても、今も姉は同じ屋敷で過ごしているのだが。
公爵家の嫡男であるジークハルトが、後継の座を弟に譲り渡して侯爵家への婿入りを宣言した日をシャーリーは知らなかった。まだ生まれて間もない頃に起きたことだからだ。
そのとき父は公爵家から婿を取るなど畏れ多いと丁重に断り、そこまで言うなら妹も生まれたことだし、姉を公爵家に嫁がせますとまで伝えたが、何故か公爵家の皆様はのりのりで長男であるジークハルトを伯爵家へと差し出してきた。
今思えば……彼らはすでに分かっていたのではないかとシャーリーは深読みする。
「どうしたんだい、シャーリー?」
伯爵家の庭の四阿で共にお茶を楽しんでいた侯爵令息は、どこか心配そうにシャーリーに問い掛けた。
「ごめんなさい。少し昔のことを思い出していたの。お姉さまも大変だなぁと思ったのよ」
「またリリーさまのことかい?君は本当に義姉上のことが好きだねぇ」
「それは妹ですもの。お姉さまがあんなだからいつも心配で仕方ないわ」
「リリーさまには義兄上が付いているから大丈夫だよ」
その義兄が心配なのだ。
と思うも、シャーリーはしかし姉のリリーベルが何も知らず幸せそうに笑っていることも知っている。
「幼いうちに見初められて囲われて他には何も知らないままだなんて。あんまりだと思わない?お姉さまなら社交界の花にもなれたでしょうに」
婚約直前に婿に入るか入らないかで揉めていたとき。
ジークハルトには、婿に入る意外の選択肢はもうなかった。
リリーベルが公爵家へ嫁ぐとなれば、妹のシャーリーが婿を取って伯爵家を継がなければならない。
後継となるべく勉強を始めていたリリーベルが、そんな重責や苦労を妹に与えるなんてと心を病んでしまうことをジークハルトは理解していた。
そしてまたジークハルトはリリーベルが公爵夫人となることも良しとしなかった。
伯爵家出身ということで、少なからず下に見てくる人間はいるものだ。
彼がリリーベルを見下す人間を許すはずがないことはさておき、ジークハルトはそれよりは公爵家出身の自分が伯爵家に入って、誰にも何も言わせない状況を作り出そうと決めていたのである。
さらにジークハルトは、社交の場にリリーベルを連れ出そうともしなかった。
婚約者時代には連れ立って参加することはあったけれどそれも最低限。
そして──。
「お姉さまの成人した瞬間に籍を入れて、それで一年も経たずに第一子よ?お姉さまは何も知らないままあの魔王に囚われて、本当にお可哀想だわ」
日付の変わった深夜に出向き、教会の人たちを叩き起こして入籍届を受理させた義兄。
もうその時点で普通の男ではないことは明白。
姉の子は二年ずつ空けて四人。
妊娠中だから、産後だからと、姉は侯爵家から出ることがほとんどなかった。
侯爵夫人として社交の場に顔を出したことも数えるだけ。
しかし四人目の出産後に体調を崩した姉がしばらく寝込んでからは、二年過ぎても妊娠の兆候がない。
つまりそういうことなのだろう。
そして今やすっかり元気になったリリーベルだが、なお身体が心配だということでジークハルトは妻を屋敷に留めて外に出そうとはしなかった。
子どもたちを任せて、二人だけで街に出向くことはあるというのに。
シャーリーが笑っていられるのは、姉が幸せそうに笑っているから。
その限りだ。
そんなシャーリーは姉のことばかり気に掛けて自分を知らない。
花の香りを乗せた柔らかい風を受け、紅茶を味わうシャーリーは今も気付いていなかった。
目の前の婚約者である侯爵令息の彼が、よく知った魔王と似た顔で微笑んでいたことを。
そして専属侍女のエルマがそっと目を伏せていたことも。
振り返ると言っても、今も姉は同じ屋敷で過ごしているのだが。
公爵家の嫡男であるジークハルトが、後継の座を弟に譲り渡して侯爵家への婿入りを宣言した日をシャーリーは知らなかった。まだ生まれて間もない頃に起きたことだからだ。
そのとき父は公爵家から婿を取るなど畏れ多いと丁重に断り、そこまで言うなら妹も生まれたことだし、姉を公爵家に嫁がせますとまで伝えたが、何故か公爵家の皆様はのりのりで長男であるジークハルトを伯爵家へと差し出してきた。
今思えば……彼らはすでに分かっていたのではないかとシャーリーは深読みする。
「どうしたんだい、シャーリー?」
伯爵家の庭の四阿で共にお茶を楽しんでいた侯爵令息は、どこか心配そうにシャーリーに問い掛けた。
「ごめんなさい。少し昔のことを思い出していたの。お姉さまも大変だなぁと思ったのよ」
「またリリーさまのことかい?君は本当に義姉上のことが好きだねぇ」
「それは妹ですもの。お姉さまがあんなだからいつも心配で仕方ないわ」
「リリーさまには義兄上が付いているから大丈夫だよ」
その義兄が心配なのだ。
と思うも、シャーリーはしかし姉のリリーベルが何も知らず幸せそうに笑っていることも知っている。
「幼いうちに見初められて囲われて他には何も知らないままだなんて。あんまりだと思わない?お姉さまなら社交界の花にもなれたでしょうに」
婚約直前に婿に入るか入らないかで揉めていたとき。
ジークハルトには、婿に入る意外の選択肢はもうなかった。
リリーベルが公爵家へ嫁ぐとなれば、妹のシャーリーが婿を取って伯爵家を継がなければならない。
後継となるべく勉強を始めていたリリーベルが、そんな重責や苦労を妹に与えるなんてと心を病んでしまうことをジークハルトは理解していた。
そしてまたジークハルトはリリーベルが公爵夫人となることも良しとしなかった。
伯爵家出身ということで、少なからず下に見てくる人間はいるものだ。
彼がリリーベルを見下す人間を許すはずがないことはさておき、ジークハルトはそれよりは公爵家出身の自分が伯爵家に入って、誰にも何も言わせない状況を作り出そうと決めていたのである。
さらにジークハルトは、社交の場にリリーベルを連れ出そうともしなかった。
婚約者時代には連れ立って参加することはあったけれどそれも最低限。
そして──。
「お姉さまの成人した瞬間に籍を入れて、それで一年も経たずに第一子よ?お姉さまは何も知らないままあの魔王に囚われて、本当にお可哀想だわ」
日付の変わった深夜に出向き、教会の人たちを叩き起こして入籍届を受理させた義兄。
もうその時点で普通の男ではないことは明白。
姉の子は二年ずつ空けて四人。
妊娠中だから、産後だからと、姉は侯爵家から出ることがほとんどなかった。
侯爵夫人として社交の場に顔を出したことも数えるだけ。
しかし四人目の出産後に体調を崩した姉がしばらく寝込んでからは、二年過ぎても妊娠の兆候がない。
つまりそういうことなのだろう。
そして今やすっかり元気になったリリーベルだが、なお身体が心配だということでジークハルトは妻を屋敷に留めて外に出そうとはしなかった。
子どもたちを任せて、二人だけで街に出向くことはあるというのに。
シャーリーが笑っていられるのは、姉が幸せそうに笑っているから。
その限りだ。
そんなシャーリーは姉のことばかり気に掛けて自分を知らない。
花の香りを乗せた柔らかい風を受け、紅茶を味わうシャーリーは今も気付いていなかった。
目の前の婚約者である侯爵令息の彼が、よく知った魔王と似た顔で微笑んでいたことを。
そして専属侍女のエルマがそっと目を伏せていたことも。
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