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第6章 千尋の元カレ
⑧
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律さんは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。
けれどすぐに優しい笑顔を浮かべて、私の手を取った。
「ありがとう、千尋。」
その言葉に、こっちこそありがとうって思う。疑わないで、信じてくれて。
「俺、信じてるから。千尋が選んでくれるって。」
「……うん。」
温かい手に包まれながら、私は小さく頷いた。
心の中でそっと、10年分の過去に別れを告げた。
そして、二人で「いってらっしゃい」のキスを交わす。
今日こそ、けじめをつける。そう心に誓って、私は家を出た。
案の定、定時に仕事を終えてオフィスビルを出ると、そこに悠太がいた。
街灯の下、スーツ姿の彼が少しだけ不安そうに立っている。
「悠太。」私は自分から声をかけた。
彼は驚いたように私を見たが、すぐに優しく頷いた。
「ちょい飲みでも行くか。」
そんなふうに誘われて、私たちは昔よく行っていた立ち飲み屋へ向かった。
暖簾をくぐった瞬間、焼き鳥の匂いと懐かしい昭和歌謡が迎えてくれる。
私たちは自然と、あの頃いつも座っていたカウンターの隅に席を構えた。
「とりあえずビールで。」
悠太がそう言って、二人分のジョッキが置かれる。
私はほとんど無意識のまま、その冷たい泡をひと口で飲み干した。
グラスを置いて、私はまっすぐに彼を見た。
「悠太。私ね——」
一瞬、言葉が詰まりかけた。でも逃げなかった。もう、逃げたくなかった。
「律さんのことが、どうしようもなく好きなの。」
言った瞬間、胸の奥がひりついた。けれどそれは、痛みではなかった。
覚悟を決めたときの、あの、心に灯る小さな灯りのような。
悠太は黙っていた。口を開こうとして、また閉じて。やがて、小さく笑った。
「最初は、交際しないで結婚なんて、冗談もたいがいにしてよって思ったけれど。律さんの説明に納得したから、結婚したの。」
私がそう言うと、悠太は「ふーん」と静かに相槌を打った。
否定するでもなく、肯定するでもなく。ただ、少しだけ目を伏せた。
「結婚してから、恋愛しようって言われたの。それで、実際、恋愛してる。律さんと。」
悠太はその言葉に、少しだけ視線をあげた。
何か言いたげだったけど、代わりにビールのグラスに手を伸ばした。
ゆっくり、丁寧に喉を潤すように飲む。
その姿が、まるで——
この一杯で、私との時間が終わるのを知っている人のようだった。
ジョッキの底が見えると、彼は空を見つめたまま小さく笑った。
「そうか……ちゃんと恋してるんだな、千尋。」
私は頷いた。しっかりと、はっきりと。
悠太はグラスを置き、しばらく黙ってから言った。
「俺この前さ。千尋の旦那さんに会った時、奥さんが目の前で他の男とキスしようとしている時に、止めに入れるってすごいなって思った。」
「えっ?」
思わず問い返すと、悠太は目を細めて笑った。
けれどすぐに優しい笑顔を浮かべて、私の手を取った。
「ありがとう、千尋。」
その言葉に、こっちこそありがとうって思う。疑わないで、信じてくれて。
「俺、信じてるから。千尋が選んでくれるって。」
「……うん。」
温かい手に包まれながら、私は小さく頷いた。
心の中でそっと、10年分の過去に別れを告げた。
そして、二人で「いってらっしゃい」のキスを交わす。
今日こそ、けじめをつける。そう心に誓って、私は家を出た。
案の定、定時に仕事を終えてオフィスビルを出ると、そこに悠太がいた。
街灯の下、スーツ姿の彼が少しだけ不安そうに立っている。
「悠太。」私は自分から声をかけた。
彼は驚いたように私を見たが、すぐに優しく頷いた。
「ちょい飲みでも行くか。」
そんなふうに誘われて、私たちは昔よく行っていた立ち飲み屋へ向かった。
暖簾をくぐった瞬間、焼き鳥の匂いと懐かしい昭和歌謡が迎えてくれる。
私たちは自然と、あの頃いつも座っていたカウンターの隅に席を構えた。
「とりあえずビールで。」
悠太がそう言って、二人分のジョッキが置かれる。
私はほとんど無意識のまま、その冷たい泡をひと口で飲み干した。
グラスを置いて、私はまっすぐに彼を見た。
「悠太。私ね——」
一瞬、言葉が詰まりかけた。でも逃げなかった。もう、逃げたくなかった。
「律さんのことが、どうしようもなく好きなの。」
言った瞬間、胸の奥がひりついた。けれどそれは、痛みではなかった。
覚悟を決めたときの、あの、心に灯る小さな灯りのような。
悠太は黙っていた。口を開こうとして、また閉じて。やがて、小さく笑った。
「最初は、交際しないで結婚なんて、冗談もたいがいにしてよって思ったけれど。律さんの説明に納得したから、結婚したの。」
私がそう言うと、悠太は「ふーん」と静かに相槌を打った。
否定するでもなく、肯定するでもなく。ただ、少しだけ目を伏せた。
「結婚してから、恋愛しようって言われたの。それで、実際、恋愛してる。律さんと。」
悠太はその言葉に、少しだけ視線をあげた。
何か言いたげだったけど、代わりにビールのグラスに手を伸ばした。
ゆっくり、丁寧に喉を潤すように飲む。
その姿が、まるで——
この一杯で、私との時間が終わるのを知っている人のようだった。
ジョッキの底が見えると、彼は空を見つめたまま小さく笑った。
「そうか……ちゃんと恋してるんだな、千尋。」
私は頷いた。しっかりと、はっきりと。
悠太はグラスを置き、しばらく黙ってから言った。
「俺この前さ。千尋の旦那さんに会った時、奥さんが目の前で他の男とキスしようとしている時に、止めに入れるってすごいなって思った。」
「えっ?」
思わず問い返すと、悠太は目を細めて笑った。
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