御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません！──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

第6章 千尋の元カレ

⑩

「律さんがストーカーになってる。」

私が呆れ気味に言うと、彼は肩をすくめて苦笑した。

「おいおい、旦那っていうのは、奥さんの隠れストーカーなんだぞ。」

「聞いたことないよ、そんなの……」

思わず笑ってしまった。

すると律さんは、さっと自分のスマホを取り出し、ロックを外して私に画面を見せてきた。

そこには――

「えっ……なにこれ……！」

隠し撮りされた私の写真が、ずらりと並んでいた。

仕事帰りに歩く姿、ランチに向かう横顔、ふとした笑顔。どれも日常の一瞬で、まさかこんなに撮られていたなんて。

「ちょ、ちょっと待って。これいつの……！？」

「最近だよ。俺、千尋のこと可愛すぎて、つい撮っちゃうんだよな。」

律さんは照れくさそうに頭をかいた。

「……やっぱり変態だ。」

でもその顔が、どうしようもなく愛しくて。

私の胸の奥が、じんわりと熱くなる。

「……嬉しいけどね。」

そう呟くと、律さんはふっと真剣な目をして言った。

「千尋が、どこにいても誰といても、ちゃんと俺の方に戻ってくるって信じてる。でも……こうして、確かめに行きたくなるくらい、俺も不安になる時があるんだ。」

その弱さを見せてくれたことが、何よりも嬉しかった。

「大丈夫。私は、律さんの奥さんだから。」

私がそっと手を伸ばすと、律さんは強く、でも優しく握り返してくれた。

私たちは、ただ静かに手を繋いだまま、夜の道を並んで歩き始めた。

「千尋は、俺のことで不安になることある？」

ふいに聞かれたその言葉に、私は一瞬、歩みを止めてしまった。

律さんは私を見つめている。真剣に、まっすぐに。

「……あるよ。」

私は正直に答えた。

「律さんは完璧だから。不安がないって言ったら嘘になる。御曹司で、頭も良くて、優しくて……。私なんかで本当にいいのかなって思う時もある。」

自分でも驚くほど、すらすらと言葉が出てきた。

「でもね、律さんが手を繋いでくれるたびに、好きだって言ってくれるたびに、不安は少しずつ消えていくの。」

律さんの目が、ほんの少し潤んだ気がした。

「そっか。……俺も一緒だよ。」

「え？」

「千尋が時々、不安そうに俺を見る時、胸が痛くなる。だから、もっともっと愛したくなる。」

その声が、夜風よりも優しく、私の心に染み込んでいく。

「不安にさせてごめん。でも千尋。俺はこれからも、何度でも言うよ。俺が欲しいのは、千尋だけだって。」

そっと手を重ねて、ぎゅっと握る。

「……ありがとう。私も、律さんだけ。」

そう言って見上げると、律さんはふっと微笑んで、私の額に優しくキスを落とした。

不安も、涙も、全部そのキスに溶けていった。