御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第7章 初めての喧嘩と仲直り

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どちらを優先すべきかを、その場で天秤にかけているような、そんな目だった。

「ごめん……ちょっと考えさせて。できるだけ調整してみるから。」

律さんはそう言って笑ったけれど、私はもうそれ以上、何も言えなかった。

誕生日の話なのに、心は少しずつ冷えていく。

――私の願いは、そんなに難しいことだったのかな。

結婚って、こんなに“ひとり”になるものだったっけ。

そして数日後、律さんは仕事から帰るなり、いつもの疲れた顔ではなく、どこか達成感に満ちた笑顔でこう言った。

「レストラン、予約したから。18日、楽しみにしてて。」

一瞬、耳を疑った。

「……ほんとに?」

思わず嬉しくなって聞き返すと、律さんはうなずいて、優しく私の頭を撫でた。

「本当だよ。千尋の誕生日なんだから、当然でしょ。むしろ俺が、感謝したいくらいだ。」

「感謝?」

「千尋が生まれてきてくれた日なんだ。俺の人生に、千尋がいてくれることが、どれだけ奇跡かって思う。」

その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

最近はすれ違いばかりで、律さんがどれほど忙しいかも分かっていた。
それでも、こうして時間を作ってくれた。私のために。

「ありがとう、律さん。本当にうれしい。」

「俺のほうこそ、ありがとう。」

二人の間に、久しぶりにふんわりとしたあたたかい空気が流れる。

ああ、大丈夫。この人となら、ちゃんと夫婦でいられる。

「楽しみにしてるね。」

そう伝えた私に、律さんは「うん」と優しく笑った。

私たちの“初めての誕生日”は、きっと素敵な日になる。そう思っていた。

18日の夜。

私はお気に入りのワンピースを身にまとい、指定されたレストランの前で待っていた。

時計の針は、18時半を少し過ぎていた。

「まだかな……」

小さくつぶやいて、スマホを見つめる。

LINEには既読も返信もない。

電話も、コールは鳴るけれど出てくれない。

「きっと、もうすぐ来るはず。」

そう自分に言い聞かせながら、冷たい風に当たる肩をさすった。

すると、ドアが開いてレストランのスタッフが声をかけてくる。

「お客様。神楽木様でいらっしゃいますか?」

「はい……」

「ご予約の時間を少し過ぎておりますが、いかがなさいますか?」

「……中で待ちます。すみません。」

私はぎこちなく笑い、案内されたテーブルについた。

美しくセットされたカトラリーに、薄暗い灯り。

目の前の空席が、やけに広く感じる。

スマホを取り出し、震える指でメッセージを打った。

《今、お店の中で待ってるね。無理なら連絡して》

けれど、返信は来なかった。

水だけが、静かにテーブルに注がれていく。

誕生日に響くのは、ワインの栓を抜く音でも、祝いの言葉でもなく、時計の針の音だけだった。
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