御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第9章 理想の夫婦

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「そんなことないよ。嬉しいもん。」

慌てて弁解した、その隙を――

「なら、仕方ない。」

ふいに、ぎゅっと抱きしめられた。律さんの腕が、思ったよりも強く私を包む。

「律さんっ……玄関……」

「今さら気にする?もう夫婦でしょ。」

耳元に落ちてきた低い声に、心臓が跳ねた。

「千尋が素直に喜ばないから、スキンシップで確認するしかないでしょ?」

「……そうやってすぐ甘える。」

「甘えてるんじゃない。愛を伝えてるだけ。」

くすぐったいような抱擁の中で、私は小さくため息をついた。

──でも、心の中は笑ってる。
だって、こんなふうに好きって毎日言ってくれる人なんて、そうそういない。

「わかった。帰ってきたら、ちゃんと照れるから。今は会社に行かせて。」

「ほんとに?」

「ほんとに。」

するとようやく、律さんは腕を緩めた。

「じゃあ、いってらっしゃい。俺の綺麗な奥さん。」

「はいはい。……行ってきます。」

ドアの向こうに出た途端、背中がぽっと熱くなったのは――

律さんの声が、また追いかけてきたから。

「千尋、愛してるよー!」

私は、笑いながらドアを閉めた。まったく、ほんとに。

──でも、この甘さが毎日続いても、たぶん私は、飽きたりしない。

それからというもの、律さんはすっかり機嫌をよくして、毎朝のハグが日課になった。

「律さん、近いよ。……っていうか、いつも以上にくっついてない?」

「うん。毎日更新中。」

腕の中で苦笑する私に、律さんは満足げに頷いた。

まるで、出勤前の恋人同士みたいな時間。

でも私たちは、もう夫婦。

それなのに、まるで恋を始めたばかりのふたりみたい。

私はというと、この“朝のハグタイム”を確保するために、5分早く起きるようになった。

たかが5分。されど5分。

このたった5分のために、髪型もメイクも時短で工夫する。

──それくらい、律さんとの朝のハグは、濃厚だった。

「……ああ、千尋、可愛い。」

「ん、ありがと。」

そして律さんが、私の頬にチュッとキスをする。

「でも……毎朝こんなに可愛いと、困るなぁ。」

「なにが?」

「千尋のこと、監禁したくなる。」

「…………えっ?」

一瞬、笑いかけた口元が固まった。

「冗談だよ?……たぶん。」

「た、たぶん?」

耳元に落とされた囁きが、背中をゾクッと走る。

「でも……本音言うとさ。千尋がどこにも行かず、ずっと俺の隣にいたらいいのにって、毎朝思うんだよね。」

律さんの腕が、さらにぎゅっと強くなった。

「だってこんなに好きなのに、あと数分で離れなきゃいけないなんて……理不尽じゃない?」

甘ったるい声でそんなことを言われたら、もう抵抗できない。

「……あと5分だけ、延長していい?」

「だーめ。遅刻しちゃうでしょ。」
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