御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第9章 理想の夫婦

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「……ちっ。」

わざとらしく舌打ちした律さんの額をぺちんと叩いて、私は笑った。

それでも――
この朝の数分間が、私たちにとって、何よりも甘い時間になっていた。

翌朝、私はごく軽く咳き込んだ。

「ごほ、ごほっ……」

「……千尋?」

すぐさま律さんが近づいてきて、心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫。ただの咳だよ。風邪ってほどじゃ――」

「ダメ。風邪は万病のもと。」

きっぱりとした口調で言い切られた。

「いやでも、今日はせっかくのお休みだし、ちょっと買い物とか――」

「却下。ベッドへどうぞ、お姫様。」

そう言って、私は半ば抱きかかえられるようにして寝室へ連れて行かれる。

「えぇ……」

毛布をかけられ、ぽすんとベッドに沈み込む私。

「さてと、洗濯と掃除しなきゃだよね。」

「え?律さんが?」

「うん。任せて。俺、いつも千尋のこと観察してるから、やり方だってばっちり把握済み。」

なぜか自信満々。

「たとえば、洗濯機は水量“中”、柔軟剤はこのラベンダーのやつを使うでしょ?あと、タオルと服は別々にするのが千尋ルール。掃除機はコードのクセがあるから、左に一回ひねってから動かすとスムーズにかけられる。……って感じ?」

「え、なんでそんなに詳しいの……?」

「千尋を好きな夫は、日々努力をしているのです。」

そう言って、律さんはウィンクして部屋を出ていった。

しばらくして、リビングから掃除機の音と洗濯機の稼働音、そして小さく鼻歌が聞こえてくる。

「……ほんと、どっちが主婦なのか分からないな。」

けれど、胸の奥はじんわりあたたかくて。

風邪なんて言い訳に、ずっとこの優しさに包まれていたくなる。

私の夫、ちょっと過保護。でも、そんな律さんが――

やっぱり好きだ。

過保護な律さんは、私の職場でも全開だ。

「朝倉さん、お客様です。」

「……え?お客様?」

時計を見れば、ちょうどランチタイムが始まったばかり。

「まさか取引先……?」と急いで受付に向かうと――

「あ……律さん?」

そこにいたのは、スーツ姿の律さんだった。

ちょっと照れたように笑いながら、紙袋を差し出してくる。

「これ、サンドイッチ。買ってきた。一緒に食べようと思って。」

「ええっ⁉」思わず声が裏返る。

まさかの夫の突撃ランチ差し入れ。

「え、わざわざこれのために来たの?」

「うん。今日の千尋、朝ちょっと顔色悪かった気がして……。だから、外食より栄養バランスのいいやつ、と思って。」

袋の中には、野菜たっぷりのサンドイッチとフルーツ、温かいスープのセット。

まるでコンビニの棚をプロ並みに見極めて選んだかのようなラインナップだ。
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