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第2章 必死の口説きとプロポーズ
⑦
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「一緒に住めと言ってるんじゃない。通って、千尋を見てやってくれ。娘がどんな生活をしているのか、自分の目で見て、ちゃんと理解してやってほしいんだ。」
律さんは、ゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、伺います。」
私は思わず父の手を握った。
「お父さん……ありがとう。」
娘を心配し、彼なりに確かめたかったのだと思う。それでも“この人なら任せられる”と思ってくれた。
律さんが忙しいのは知っている。きっと毎日なんて無理だろう。
それでも、彼はこの一週間を、大切に使おうとするだろう。
そう思った瞬間──私は、覚悟を決めた。
この人と結婚する。
この人なら、私の人生を預けてもいい。
そう強く、思えた。
そして翌日。
チャイムの音が鳴った時、私は少しだけ深呼吸をした。
「い、いらっしゃい。」
扉の向こうには、スーツ姿の神楽木律さん。
だけど、どこか仕事モードとは違う、柔らかい表情だった。
「お邪魔します。」
差し出された手土産は、高級店のスイーツ。
だけど私の作った料理を見た瞬間、その目が嬉しそうに細まった。
「うん、美味しい。」
律さんはネクタイを外し、スーツの上着をソファの背にかけると、すっとくつろいだ空気になった。
「仕事ができる人って、料理はあんまり気にしないかと思ってたけど……意外と、ちゃんとしてるんだね。」
「一人暮らしが長いから。自然とね。」
気がつけば、二人並んでDVDを見ていた。
恋愛映画。私が選んだもの。
最初は少し気恥ずかしかったけど──
ふいに、律さんの腕が私の肩をそっと抱いた。
「……!」
ドキッとしたけど、無理やりではなく、守るような優しさだった。
画面の中では主人公たちが愛を確かめ合っている。
でも、私の視界にあるのは──隣の彼の、真剣な瞳。
気づけば、その瞳に映っていたのは、私だった。
「千尋。」
名前を呼ばれただけで、胸が高鳴る。
この人が、夫になるのかもしれない。
ほんの少し前まで考えられなかった未来が、今、目の前にある。
そして律さんは、驚くほど律儀に──
本当に毎日、私の部屋に来てくれた。
「ただいま。」
そんな言葉を言うたび、まるで夫婦みたいだった。
食事をして、テレビを観て、たまにゲームもした。
私の部屋にある、なんてことのない空間が、毎日少しずつ“二人の時間”に変わっていく。
そして7日目。
律さんは私に、そっと一枚の紙を差し出した。
「今日のうちに、書いててほしい。」
それは──婚姻届だった。
名前、住所、捺印。
ただの紙のはずなのに、その重みが指先から伝わってくる。
「まずは、俺が書くか。」
そう言って、迷いなく「神楽木律」と記入する律さん。
「はい、千尋の番。」
ボールペンを差し出されても、私はそのまま固まってしまった。
律さんは、ゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、伺います。」
私は思わず父の手を握った。
「お父さん……ありがとう。」
娘を心配し、彼なりに確かめたかったのだと思う。それでも“この人なら任せられる”と思ってくれた。
律さんが忙しいのは知っている。きっと毎日なんて無理だろう。
それでも、彼はこの一週間を、大切に使おうとするだろう。
そう思った瞬間──私は、覚悟を決めた。
この人と結婚する。
この人なら、私の人生を預けてもいい。
そう強く、思えた。
そして翌日。
チャイムの音が鳴った時、私は少しだけ深呼吸をした。
「い、いらっしゃい。」
扉の向こうには、スーツ姿の神楽木律さん。
だけど、どこか仕事モードとは違う、柔らかい表情だった。
「お邪魔します。」
差し出された手土産は、高級店のスイーツ。
だけど私の作った料理を見た瞬間、その目が嬉しそうに細まった。
「うん、美味しい。」
律さんはネクタイを外し、スーツの上着をソファの背にかけると、すっとくつろいだ空気になった。
「仕事ができる人って、料理はあんまり気にしないかと思ってたけど……意外と、ちゃんとしてるんだね。」
「一人暮らしが長いから。自然とね。」
気がつけば、二人並んでDVDを見ていた。
恋愛映画。私が選んだもの。
最初は少し気恥ずかしかったけど──
ふいに、律さんの腕が私の肩をそっと抱いた。
「……!」
ドキッとしたけど、無理やりではなく、守るような優しさだった。
画面の中では主人公たちが愛を確かめ合っている。
でも、私の視界にあるのは──隣の彼の、真剣な瞳。
気づけば、その瞳に映っていたのは、私だった。
「千尋。」
名前を呼ばれただけで、胸が高鳴る。
この人が、夫になるのかもしれない。
ほんの少し前まで考えられなかった未来が、今、目の前にある。
そして律さんは、驚くほど律儀に──
本当に毎日、私の部屋に来てくれた。
「ただいま。」
そんな言葉を言うたび、まるで夫婦みたいだった。
食事をして、テレビを観て、たまにゲームもした。
私の部屋にある、なんてことのない空間が、毎日少しずつ“二人の時間”に変わっていく。
そして7日目。
律さんは私に、そっと一枚の紙を差し出した。
「今日のうちに、書いててほしい。」
それは──婚姻届だった。
名前、住所、捺印。
ただの紙のはずなのに、その重みが指先から伝わってくる。
「まずは、俺が書くか。」
そう言って、迷いなく「神楽木律」と記入する律さん。
「はい、千尋の番。」
ボールペンを差し出されても、私はそのまま固まってしまった。
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