御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第3章 新居とぎこちない新生活 

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そして私は、律さんが住む高層マンションに引っ越すことになった。

「へえ……すごい。」

地上から見上げるその高さは、まるで雲に届きそうなほどで、首が痛くなるくらいだった。

「大したことないよ。親父の持ち物だからね。」

律さんはそう言いながらも、私の荷物を一つひとつ丁寧に運んでくれる。

新品の段ボールには「キッチン」「本」「服」なんて私の字が書いてあるのが、なんだか照れくさかった。

「とりあえず、リビングに置いておく?」

「うん、ありがとう。」

段ボールが積まれていくたびに、ここが“私の家”になっていくのを実感する。

「思ったよりも少ないね。」

「必要ないものは、捨てたから。」

そう。引っ越しの前に、元カレとの思い出の品も、古い服も、全部思いきって処分した。

これから始まる新しい生活に、余計な荷物はいらない。

もう後ろは見ないって、そう決めたから。

「こっち来て。」

律さんが、私の手を取ってリビングの大きな窓の前まで連れて行ってくれた。

「この景色、千尋に見せたかった。」

ガラスの向こうには、広がる都会の光。遠くに見える川のきらめき。

そのすべてを包み込むように、優しい夕日が差し込んでいた。

「……綺麗。」

「だろ?」

律さんは、まるで子供のような笑顔で私を見つめた。

私はその隣に立ち、新しい生活の始まりを心の奥で静かにかみしめた。

ここが、私たちの“新しい家”。

これから先、泣いたり笑ったり、いろんな日々が待っている。

だけど今はただ――

その温かい手に、しっかりと包まれていた。

そしてふと、私はあることに気づいた。

段ボールを減らして引っ越しを簡素にしたとはいえ、それでも何箱もある。

それなのに……このリビングは、まだ広すぎるくらいだった。

「なんか……落ち着かない。」

天井は高く、窓は大きくて。

開放感というより、どこか“空白”を感じる。

まだ生活の温もりが足りない。そんな気がした。

「……ああ、リビング?」

律さんは私の言葉に頷くと、段ボールの中から何冊かの本を取り出して、軽く埃を払った。

「俺も最初、戸惑ったよ。広すぎてさ、まるで自分だけがぽつんと浮いてるみたいな感覚だった。」

それはきっと、今の私と同じ。

明らかにこの家は、一人暮らし用ではない。

家具はシンプルに整っていて、生活感は最小限。

だけどその分、誰かと過ごすことを前提とした“余白”が多く残されている。

「この本、俺の部屋の本棚に置くよ?」

「うん、お願い。」

私の本を、律さんの部屋に――

“彼の生活の一部”に置くことが、ほんの少し照れくさい。

でも、それがなんだか嬉しくて。

箱の中から、もう一冊、思い出の本を取り出して彼に差し出した。

「これも、一緒にお願い。」

ほんの小さなことだけど、今、私たちは“二人の家”を作り始めている。
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