御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第3章 新居とぎこちない新生活 

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「違うでしょ。」

律さんはくるりと椅子を回して、こちらに優しく微笑む。

「夫婦なんだから、こういう時はお互い様。何も遠慮することない。」

その言葉に、胸の奥がふわりと温かくなる。

ああ、やっぱり私はこの人と結婚してよかった。

「お昼、食べられそう?」

「うーん……おかゆなら。」

「よし。ちょっと待ってな。愛情たっぷりの、優しいやつ作るから。」

そう言って立ち上がる律さんの背中を、私はぼんやりと目で追った。

どこまでも、優しい人――。

この人を、もっと大事にしたい。もっと、頼っていいんだ。

そう思えた、微熱の昼下がりだった。

そして30分後、律さんは熱々の玉子おかゆを作ってくれた。

「うーん!美味しい!」

一口食べて、思わず笑顔になる。

前も思ったけれど、律さんって卵の使い方が絶妙に上手い。

固すぎず、柔らか過ぎず、口の中でとろけるちょうどいい食感。

塩気も控えめなのに、しっかりと味がある。

「そんなに美味しそうに食べるんだ。」

向かいから嬉しそうに見つめてくる律さん。

「うん、だって美味しいもん。」

律さんは身を乗り出して、私のおでこに自分のおでこをそっとくっつけた。

「普段作ってるおかゆで、そんなに嬉しくなるんだったら、何度でも作るよ。」

その声がくすぐったくて、私は照れくさく笑った。

おでこが重なる距離、彼の体温がほんのり伝わってくる。

「……熱、下がってきたね。」

そう言って、律さんが真剣な表情でうんうんと頷く。

「千尋が元気じゃないと、俺も心配で仕事にならないからさ。」

「ふふっ。もう、ちょっと大げさ。」

「本気だよ。」

そのまま律さんが私の額に、そっとキスを落とした。

優しいキス。熱も不安も溶かしてくれるような。

「ありがとう、律さん。……私、きっと、すぐ元気になる。」

「うん。元気になったら、次は俺の好物、作ってね。」

「なにそれ、交換条件?」

「うん。夫婦の特権。」

そう言って笑う律さんの笑顔が、今日いちばんの薬になった気がした。

翌朝。すっかり元気になった私は、スーツをビシッと着こなし、リビングを出る。

玄関でネクタイを締めている律さんの姿を見つけて、思わず足が止まった。

「待って、律さん。」

後ろから声をかけると、律さんがふとこちらを見る。

私は背伸びをして、律さんの頬にキスをした。

「えへへ。これ、何気に憧れだったんだよね。行ってらっしゃいのキスってやつ。」

照れながらそう言うと、律さんが優しく笑って、次の瞬間──

彼の唇が、私の唇に重なった。
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