御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第4章 仮面夫婦説

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「政略結婚だった。でも、俺は彼女が好きでたまらなかったんだ。……ただ、彼女は──他の人を、愛していた。」

言葉の端が震えていた。

律さんは、腕を額に乗せて、その顔を隠した。

「ずっと……片想いだったよ。それでも諦めきれなくて、プロポーズした。俺の人生全部を懸けて……でも、断られたんだ。『律の愛には応えられない』って。」

静かに、律さんの頬を伝って涙が流れ落ちた。

その痛みが、私の胸にもひどく刺さった。

私はそっと、律さんの胸に顔を埋め、腕をまわして抱きしめた。

「……律さんだけじゃない。私も、そうだった。一方通行の想いに、何度も心を削られて……それでも誰かを好きになることを、やめられなかった。」

私の声も震えていた。

けれど、不思議と苦しくはなかった。

「似た者同士ね、私たち。」

律さんが、優しく笑った気がした。

抱き合ったまま、二人は静かに目を閉じた。

誰にも邪魔されない、心の奥の傷を見せ合った夜。

それは、過去の恋をやっと手放して、“今の愛”に目を向けるための、大切な夜だった。

翌朝、目が覚めた瞬間、私は思わず隣を見るのをためらった。

昨日のことを思い出すと、顔が熱くなってしまう。

律さんも同じように、天井を見つめたまま身動きひとつしない。

静かな空気の中、ぽつりと律さんが呟いた。

「……ごめん。俺、千尋のことちゃんと考えずに、何回も……」

その言葉に、私もベッドのシーツを握りしめたまま、顔を赤くする。

でも、不思議と嫌な気持ちは一つもなかった。

「いいの。……おかげで、ほら、再確認できたし。」

「再確認?」

律さんが不安そうに私の方を振り返る。

私は枕に顔を押しつけるようにして、声を絞り出した。

「……愛してるって、再確認……できたでしょ?」

その瞬間、律さんが背中を向けて悶え出した。

「ちょ、ちょっと待って、千尋。可愛すぎる……無理……」

「な、なによ!」

思わず枕を投げると、律さんはうずくまりながら笑った。

「普段はクールなのに、そんなこと言うから……俺、どれだけ我慢してると思ってるの……?」

律さんの背中が小さく震えている。

私もつられて笑ってしまった。

「……でも、本当にそう思ってる。昨夜、心も身体も、全部繋がってたって感じたから。」

その言葉に、私の胸がじんわりと熱くなった。

「私も。律さんのこと、もっともっと好きになっちゃった。」

ふたりして顔を隠しながら、それでもどこかしあわせで。

きっと今日からまた、何気ない日々が、もっと愛おしくなる。

そんな予感がしていた。

そして、律さんの電話が鳴った。

「ああ、お袋。え?今から?」

律さんが驚くとそこで電話が切れた。

「どうしたの?」

私が律さんに聞くと、彼は呆気に取られていた。

「おふくろが今から家に来るって。」

「ええっ⁉」

そう言えば、私。律さんの両親に会わずに入籍してしまった。
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