御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第5章 復縁の要請

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(朝からこんなスリリングな展開……心臓に悪すぎる!)

急いで身なりを整えてリビングに駆け込むと、お母様は既にソファーに腰を下ろし、コーヒーを手にしていた。

「おはようございます、お母様。」

「おはよう、千尋さん。急にごめんなさいね。律にちょっと話があって。」

「……あっ、はい。」

緊張で声が少し上ずる。昨夜の“熱”がまだ体に残っている気がして、私は視線をそらした。

するとお母様が、コーヒーを口にしながら小さく言った。

「律……あんた、浮気してるわね。」

「……え?」

あまりに突飛なその言葉に、私はその場で固まった。

お母様の視線はするどい。何かを見抜くように、律さんをジッと睨んでいる。

「う・わ・き~~~~!」

お母様、しっかり聞こえてますけど!?

「何言ってるんだよ!」

律さんが立ち上がり、耳が真っ赤になっていた。

「俺は浮気なんかしてないって!」

「あら、そうなの?じゃあ、涼花さんの言うことは、嘘だったのかしら。」

ぽつりと呟かれたその言葉に、リビングの空気が凍りついた。

私は思わず、手にしていたお盆をテーブルの端に置いたまま、固まってしまう。

「……涼花が、何だって?」

律さんの声が低くなる。

お母様は、まるで天気の話でもするかのような口調で言った。

「昨日ね、買い物の途中で偶然お会いしたのよ、涼花さんと。そしたら彼女……こう言っていたの。」

——“律さんは、千尋さんと別れて、私と再婚することになります”って。

その言葉が、私の耳に届いた瞬間、膝から力が抜けた。

「……え?」

がくんと床に膝をついた私は、何が起きたのか理解できず、律さんを見上げた。

「千尋!」

律さんが急いで駆け寄り、私の肩を抱く。

「大丈夫か?」

「……あ、あ……」

震える声しか出ない。

胸の奥がきゅうっと締めつけられて、呼吸が浅くなる。

律さんは私の顔をのぞき込んだ。

「信じるな、千尋。俺はそんなこと、一言も言ってない。」

「で、ですよね……」

分かってる、信じてる。だけど、頭と心が追いつかない。

お母様は腕を組んだまま、ため息をついた。

「ふぅ……まったく。まさかとは思ったけど、涼花さん、あなたに嘘を吹き込んでたのね。」

律さんの表情が、みるみる険しくなる。

「俺が行く。話をつけてくる。」

その一言に、私は思わず腕を掴んだ。

「……待って。私も一緒に行く。」

涙で潤んだ視界の中、律さんが力強く頷いてくれた。

車に乗り込み、ひたすら走った。無言のままの30分。

ようやく辿り着いたのは、都内の高級住宅街に佇む、白いタイル張りのマンションだった。

律さんがインターホンを押すと、しばらくして涼花さんが現れた。

「これは……奥様まで。」

驚いたような声とともに、彼女の笑顔が消えた。

その顔は、まるで“計算が狂った”と言っているかのようだった。
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