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第一章 婚約破棄と嘲笑 ⑤
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一瞬の沈黙。
そのあと、殿下の眉がぴくりと動いた。
「……は?」
呆けたような声だった。
あの冷静な殿下が、そんな表情を見せるなんて。
「婚約破棄って……あのユリウスに?」
私は小さく頷いた。
「地味だって。社交界で恥をかかされたって。だから……」
言葉の先は、自分でも空しくて言えなかった。
「……どうりで、舞踏会で誰も声をかけないわけだ。」
ぼそりと呟いた殿下に、私は思わず顔を向ける。
「舞踏会に、いらしてたんですか?」
「君が来るって聞いてね。」
昔と変わらない、少し優しくて、お兄さんのような声音だった。
あの頃、私が庭で転んで泣いた時も。
一人きりで絵本を読んでいた時も。
カイル殿下は、いつも隣にいてくれた。
そのまなざしに、私は少しだけ安心して、ついぽつりと零してしまった。
「……なんだか、全部がバカみたいです。努力しても、結局は“派手な子”に敵わない」
その瞬間、カイル殿下の眼差しが、ふっと変わった気がした。
その眼差しを、私は正面を向くことで振り切った。
まっすぐに私を見つめるそのまなざしが、なぜだか、今は正面から受け止められない。
「……カイル殿下は、どなたかと踊られないのですか?」
そう訊ねると、彼は肩をすくめた。
「目ぼしい令嬢もいなかったからね。踊る相手がいないなら、外で月を見るのも悪くないと思ってた。」
この殿下の目に叶うような女性って、どんな人なんだろう。
気づけば、そんなことを考えてしまっていた。
「……カイル殿下は、どんな令嬢がお好きなんですか?」
問いかけた声が少し震えていたのは、冷たい風のせいじゃない。
「うーん……」
言い淀んだ彼は、ふと手を伸ばしてきた。
その指が、私の耳の後ろにかかっていた髪の一房を、そっとすくい取る。
「控えめで、一緒にいて楽しい人──かな。」
さらりとした声。
けれどその一言が、胸の奥に小さな波紋を落とす。
私の髪に、触れた。
彼の指先が、確かに私に触れた。
心臓が、どくんと跳ねた。
──顔なんて、見られない。
そんなこと、昔はなかったのに。
「……私なんて、地味すぎて目立ちませんけど」
なんとか冗談めかして返したけれど、彼の声は優しかった。
「目立たない花も、俺はちゃんと見てるよ。」
その優しさが、胸にじんと染みてくる。
ああ……本当に、こんな方が私の婚約者だったら。
「……あーあ。」
私は思わず立ち上がって、月夜に向かって背を向けるように歩き出す。
「殿下みたいな方と、婚約すればよかった!」
冗談まじりに言ったつもりだった。
だけど、本心だった。
たとえ一瞬でも、そんな夢を見てしまうくらい、心がくたびれていた。
──知ってる。
カイル殿下が私の屋敷から足が遠のいたのは、私と会わせないよう、父たちが気を遣ったから。
立場が違うから。
いつか、交わることのない道を歩くと思っていたから。
「そしたら、ユリウスなんて──見返せるのに。」
その言葉を吐いた瞬間。
「……その願い、叶えようか?」
低く、穏やかな声と共に、後ろから伸びてきた手が、私の腕を掴んだ。
「……えっ?」
思わず振り返ると、そこにはまっすぐな眼差しのカイル殿下がいた。
さっきまでの優しさとは違う。
彼の瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
「俺と婚約すれば、ユリウスを見返せるだろ?」
唖然としたまま、私は言葉を失っていた。
「どうした?あいつに復讐したいんだろう?」
カイル殿下は、軽くウィンクしてみせた。
「俺を利用すればいい。君が“捨てられた令嬢”じゃないって、社交界中に知らしめてやろう。」
冗談のように言いながらも、その瞳は真剣で──私は息を呑んだ。
そのあと、殿下の眉がぴくりと動いた。
「……は?」
呆けたような声だった。
あの冷静な殿下が、そんな表情を見せるなんて。
「婚約破棄って……あのユリウスに?」
私は小さく頷いた。
「地味だって。社交界で恥をかかされたって。だから……」
言葉の先は、自分でも空しくて言えなかった。
「……どうりで、舞踏会で誰も声をかけないわけだ。」
ぼそりと呟いた殿下に、私は思わず顔を向ける。
「舞踏会に、いらしてたんですか?」
「君が来るって聞いてね。」
昔と変わらない、少し優しくて、お兄さんのような声音だった。
あの頃、私が庭で転んで泣いた時も。
一人きりで絵本を読んでいた時も。
カイル殿下は、いつも隣にいてくれた。
そのまなざしに、私は少しだけ安心して、ついぽつりと零してしまった。
「……なんだか、全部がバカみたいです。努力しても、結局は“派手な子”に敵わない」
その瞬間、カイル殿下の眼差しが、ふっと変わった気がした。
その眼差しを、私は正面を向くことで振り切った。
まっすぐに私を見つめるそのまなざしが、なぜだか、今は正面から受け止められない。
「……カイル殿下は、どなたかと踊られないのですか?」
そう訊ねると、彼は肩をすくめた。
「目ぼしい令嬢もいなかったからね。踊る相手がいないなら、外で月を見るのも悪くないと思ってた。」
この殿下の目に叶うような女性って、どんな人なんだろう。
気づけば、そんなことを考えてしまっていた。
「……カイル殿下は、どんな令嬢がお好きなんですか?」
問いかけた声が少し震えていたのは、冷たい風のせいじゃない。
「うーん……」
言い淀んだ彼は、ふと手を伸ばしてきた。
その指が、私の耳の後ろにかかっていた髪の一房を、そっとすくい取る。
「控えめで、一緒にいて楽しい人──かな。」
さらりとした声。
けれどその一言が、胸の奥に小さな波紋を落とす。
私の髪に、触れた。
彼の指先が、確かに私に触れた。
心臓が、どくんと跳ねた。
──顔なんて、見られない。
そんなこと、昔はなかったのに。
「……私なんて、地味すぎて目立ちませんけど」
なんとか冗談めかして返したけれど、彼の声は優しかった。
「目立たない花も、俺はちゃんと見てるよ。」
その優しさが、胸にじんと染みてくる。
ああ……本当に、こんな方が私の婚約者だったら。
「……あーあ。」
私は思わず立ち上がって、月夜に向かって背を向けるように歩き出す。
「殿下みたいな方と、婚約すればよかった!」
冗談まじりに言ったつもりだった。
だけど、本心だった。
たとえ一瞬でも、そんな夢を見てしまうくらい、心がくたびれていた。
──知ってる。
カイル殿下が私の屋敷から足が遠のいたのは、私と会わせないよう、父たちが気を遣ったから。
立場が違うから。
いつか、交わることのない道を歩くと思っていたから。
「そしたら、ユリウスなんて──見返せるのに。」
その言葉を吐いた瞬間。
「……その願い、叶えようか?」
低く、穏やかな声と共に、後ろから伸びてきた手が、私の腕を掴んだ。
「……えっ?」
思わず振り返ると、そこにはまっすぐな眼差しのカイル殿下がいた。
さっきまでの優しさとは違う。
彼の瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
「俺と婚約すれば、ユリウスを見返せるだろ?」
唖然としたまま、私は言葉を失っていた。
「どうした?あいつに復讐したいんだろう?」
カイル殿下は、軽くウィンクしてみせた。
「俺を利用すればいい。君が“捨てられた令嬢”じゃないって、社交界中に知らしめてやろう。」
冗談のように言いながらも、その瞳は真剣で──私は息を呑んだ。
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