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第四章 揺れる心と溺愛の兆し ④
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その朝の空気は、やけに澄んでいた。
けれど私の胸は、昨夜のことでいっぱいだった。
情熱的なキス。
優しい愛撫。
そして──何度も名前を呼ばれて、繰り返された愛の言葉。
「セレナ。」
カイルの穏やかな声が背後から聞こえる。
けれど、振り向けなかった。
顔が熱い。体の奥まで、あの感覚が蘇ってくる。
「……恥ずかしいです。」
かろうじてそう言うと、背後からくすりと笑う声がした。
「ははは。」
次の瞬間、布団越しにカイルが身を寄せて、私の顔を覗き込んでくる。
「いい顔してる。昨夜のセレナも、今のセレナも……どっちも、すごく可愛い。」
その言葉に、ますます顔が真っ赤になった。
「やっぱり俺、君と結婚を決めてよかった。」
そう言って微笑む彼の表情が優しすぎて、私はますます視線を逸らした。
でも、心の奥では思っていた。
──こんな朝が、ずっと続けばいい。と。
カイル殿下が上着の襟を正し、玄関に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、私は胸が高鳴るのを止められなかった。けれど──
「その……今時分帰るという事は……」
低く唸るようなお父様の声。ぎくりと背筋が伸びる。
ゆっくりと私に視線を向けてきたお父様と、視線がぶつかりそうで、私は咄嗟に顔を背けた。
恥ずかしくて、とてもじゃないけれど、正面から見られない。
すると、カイル殿下がくるりと振り返った。
「お父上、セレナを責めないでください。」
その声はいつになく真剣だった。そして堂々と、お父様に近づいて手を差し出す。
「セレナは俺の気持ちに、真っ直ぐに応えてくれただけです。」
握手を交わすその様子に、私は思わず目を見張った。
カイル殿下の手が、父の手を包み込むように握る。
そして、しっかりと見据えるその瞳に、父も何も言えなくなる。
やがてカイル殿下はふっと微笑むと、振り返って玄関の扉を開けた。
「それでは、また迎えに参ります。」
優雅に一礼し、静かに扉を閉める――その直後。
「えっ⁉」
私はパチンと音がするほどに目を見開いた。
「な、なんで、そんな風に言うのよ……!」
ぶわっと顔が熱くなるのを感じながら、私は反射的に両手で頬を覆った。これじゃ、まるで――
「……もう、ほんとに……!」
でも、どこか胸の奥がくすぐったくて。あの人らしい、不意打ちの“本気”に、私は心を奪われていた。
玄関の扉の向こう。
その背中を思い浮かべながら、私はそっと小さく呟いた。
「……ずるいんだから、カイル……」
そっとお父様の方に視線を向けた。
驚いたことに、その目元にはうっすらと涙が滲んでいた。
「……お父様?」
絞り出すように声をかけると、お父様は私を見ず、背を向けたまま、低く呟いた。
「いや、婚約した時から、こうなると思ってたよ……」
その肩が、ほんのわずかに震えている。
「セレナも、もう大人なんだもんな……」
まるで、自分に言い聞かせるような声。寂しげな背中が、妙に小さく見えた。
「俺もそうだった。そうだよな……」
懐かしむような、遠くを見るような目をして、お父様はよろよろとした足取りで廊下の奥へと歩いて行った。
その後ろ姿に、私は思わず胸がきゅっと締めつけられる。
父にとって、私はいつまでも娘で――
でももう、誰かの妻になるのだ。
「……ありがとう、お父様。」
小さく呟いたその声は、お父様には届かなかったかもしれない。
でも私は、確かにその背中に向かって、感謝を伝えた。
けれど私の胸は、昨夜のことでいっぱいだった。
情熱的なキス。
優しい愛撫。
そして──何度も名前を呼ばれて、繰り返された愛の言葉。
「セレナ。」
カイルの穏やかな声が背後から聞こえる。
けれど、振り向けなかった。
顔が熱い。体の奥まで、あの感覚が蘇ってくる。
「……恥ずかしいです。」
かろうじてそう言うと、背後からくすりと笑う声がした。
「ははは。」
次の瞬間、布団越しにカイルが身を寄せて、私の顔を覗き込んでくる。
「いい顔してる。昨夜のセレナも、今のセレナも……どっちも、すごく可愛い。」
その言葉に、ますます顔が真っ赤になった。
「やっぱり俺、君と結婚を決めてよかった。」
そう言って微笑む彼の表情が優しすぎて、私はますます視線を逸らした。
でも、心の奥では思っていた。
──こんな朝が、ずっと続けばいい。と。
カイル殿下が上着の襟を正し、玄関に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見送りながら、私は胸が高鳴るのを止められなかった。けれど──
「その……今時分帰るという事は……」
低く唸るようなお父様の声。ぎくりと背筋が伸びる。
ゆっくりと私に視線を向けてきたお父様と、視線がぶつかりそうで、私は咄嗟に顔を背けた。
恥ずかしくて、とてもじゃないけれど、正面から見られない。
すると、カイル殿下がくるりと振り返った。
「お父上、セレナを責めないでください。」
その声はいつになく真剣だった。そして堂々と、お父様に近づいて手を差し出す。
「セレナは俺の気持ちに、真っ直ぐに応えてくれただけです。」
握手を交わすその様子に、私は思わず目を見張った。
カイル殿下の手が、父の手を包み込むように握る。
そして、しっかりと見据えるその瞳に、父も何も言えなくなる。
やがてカイル殿下はふっと微笑むと、振り返って玄関の扉を開けた。
「それでは、また迎えに参ります。」
優雅に一礼し、静かに扉を閉める――その直後。
「えっ⁉」
私はパチンと音がするほどに目を見開いた。
「な、なんで、そんな風に言うのよ……!」
ぶわっと顔が熱くなるのを感じながら、私は反射的に両手で頬を覆った。これじゃ、まるで――
「……もう、ほんとに……!」
でも、どこか胸の奥がくすぐったくて。あの人らしい、不意打ちの“本気”に、私は心を奪われていた。
玄関の扉の向こう。
その背中を思い浮かべながら、私はそっと小さく呟いた。
「……ずるいんだから、カイル……」
そっとお父様の方に視線を向けた。
驚いたことに、その目元にはうっすらと涙が滲んでいた。
「……お父様?」
絞り出すように声をかけると、お父様は私を見ず、背を向けたまま、低く呟いた。
「いや、婚約した時から、こうなると思ってたよ……」
その肩が、ほんのわずかに震えている。
「セレナも、もう大人なんだもんな……」
まるで、自分に言い聞かせるような声。寂しげな背中が、妙に小さく見えた。
「俺もそうだった。そうだよな……」
懐かしむような、遠くを見るような目をして、お父様はよろよろとした足取りで廊下の奥へと歩いて行った。
その後ろ姿に、私は思わず胸がきゅっと締めつけられる。
父にとって、私はいつまでも娘で――
でももう、誰かの妻になるのだ。
「……ありがとう、お父様。」
小さく呟いたその声は、お父様には届かなかったかもしれない。
でも私は、確かにその背中に向かって、感謝を伝えた。
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