15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒

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第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から

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足音も傘も、やがて病室の静けさに溶けて消えた。

私の胸には、ぽっかりと穴があいたままだった。

――お金目的の犯行。

そう思われたかもしれない。

そうじゃないのに。

本当に、そうじゃないのに。

私はただ、あなたを助けたかっただけだった。

赤信号の中、無防備に立ち尽くしていたあなたを。

グレーのスーツと、青い傘と、

まるで映画の中から抜け出したような、端正な横顔と。

……あの一瞬で、私は確かに、惹かれていた。

なのに、あなたは私の“気持ち”じゃなくて、“立場”しか見てくれなかった。

そしてその人は、翌日も現れた。

まるで、昨日のすれ違いなんてなかったかのように。

「これ、お見舞いの花」

差し出されたのは、小さなブーケだった。

白と淡いピンクの花が、可愛らしくまとまっていて、どこか恋人に贈る花のようにも見えた。

「ありがとう……ございます」

戸惑いながらも、そう口にすると、彼はもうひとつの紙袋を取り出した。

「これも」

袋の中には、小ぶりだけれど上品な花瓶が入っていた。

透き通るガラスに、淡い装飾。花の色にぴったりだった。

「急な入院で、花瓶も用意できないよね」

「……あっ、そうですね」

言われて初めて、私は昨日の花束をどこに飾ればいいかさえ考えていなかったことに気づいた。

彼は無言で花束を受け取り、花瓶を片手に持って、「水、入れてくる」とだけ言って病室を出て行った。

その背中を見送ったあと、私はそっとベッドに寄りかかった。

――優しい人だ。

昨日の言葉は、きっと不器用な誠実さだったのかもしれない。

そう思いたくなるほどに、今日の彼はあたたかかった。

花瓶に水を入れた彼が戻って来た。

そっと私のベッド脇のテーブルに、それを置く。

「……綺麗」

思わず漏れた言葉に、私自身が少し驚いた。

けれどそれくらい、本当に優しくて、あたたかい花束だった。

小さな部屋の空気まで変わったようで、見ているだけで心が落ち着いていく。

「なんか……入院してよかったかも」

冗談めかしてそう言うと、彼はすぐさま苦笑した。

「そんなこと、ないでしょ」

「だって、こんなに綺麗な花束。誰もくれないから」

本音でもあり、少し強がりでもある。

普段は口にしないようなことも、ここではついこぼれてしまう。

彼は何も言わずに椅子を引いて座った。

そして、少しだけ笑って言った。

「そんなに嬉しいなら……毎回、俺が持ってくるよ」

「ええっ?」

思わず声が上ずった私に、彼は肩をすくめるように笑った。

「なんだよ、嫌なの?」

「い、いえ、そうじゃなくて……」

頬が熱くなる。

思わず目を逸らしたけれど、胸の奥はふわりと温かかった。
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