5 / 99
第1章 出会いは、ほんの一瞬の勇気から
⑤
しおりを挟む
足音も傘も、やがて病室の静けさに溶けて消えた。
私の胸には、ぽっかりと穴があいたままだった。
――お金目的の犯行。
そう思われたかもしれない。
そうじゃないのに。
本当に、そうじゃないのに。
私はただ、あなたを助けたかっただけだった。
赤信号の中、無防備に立ち尽くしていたあなたを。
グレーのスーツと、青い傘と、
まるで映画の中から抜け出したような、端正な横顔と。
……あの一瞬で、私は確かに、惹かれていた。
なのに、あなたは私の“気持ち”じゃなくて、“立場”しか見てくれなかった。
そしてその人は、翌日も現れた。
まるで、昨日のすれ違いなんてなかったかのように。
「これ、お見舞いの花」
差し出されたのは、小さなブーケだった。
白と淡いピンクの花が、可愛らしくまとまっていて、どこか恋人に贈る花のようにも見えた。
「ありがとう……ございます」
戸惑いながらも、そう口にすると、彼はもうひとつの紙袋を取り出した。
「これも」
袋の中には、小ぶりだけれど上品な花瓶が入っていた。
透き通るガラスに、淡い装飾。花の色にぴったりだった。
「急な入院で、花瓶も用意できないよね」
「……あっ、そうですね」
言われて初めて、私は昨日の花束をどこに飾ればいいかさえ考えていなかったことに気づいた。
彼は無言で花束を受け取り、花瓶を片手に持って、「水、入れてくる」とだけ言って病室を出て行った。
その背中を見送ったあと、私はそっとベッドに寄りかかった。
――優しい人だ。
昨日の言葉は、きっと不器用な誠実さだったのかもしれない。
そう思いたくなるほどに、今日の彼はあたたかかった。
花瓶に水を入れた彼が戻って来た。
そっと私のベッド脇のテーブルに、それを置く。
「……綺麗」
思わず漏れた言葉に、私自身が少し驚いた。
けれどそれくらい、本当に優しくて、あたたかい花束だった。
小さな部屋の空気まで変わったようで、見ているだけで心が落ち着いていく。
「なんか……入院してよかったかも」
冗談めかしてそう言うと、彼はすぐさま苦笑した。
「そんなこと、ないでしょ」
「だって、こんなに綺麗な花束。誰もくれないから」
本音でもあり、少し強がりでもある。
普段は口にしないようなことも、ここではついこぼれてしまう。
彼は何も言わずに椅子を引いて座った。
そして、少しだけ笑って言った。
「そんなに嬉しいなら……毎回、俺が持ってくるよ」
「ええっ?」
思わず声が上ずった私に、彼は肩をすくめるように笑った。
「なんだよ、嫌なの?」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
頬が熱くなる。
思わず目を逸らしたけれど、胸の奥はふわりと温かかった。
私の胸には、ぽっかりと穴があいたままだった。
――お金目的の犯行。
そう思われたかもしれない。
そうじゃないのに。
本当に、そうじゃないのに。
私はただ、あなたを助けたかっただけだった。
赤信号の中、無防備に立ち尽くしていたあなたを。
グレーのスーツと、青い傘と、
まるで映画の中から抜け出したような、端正な横顔と。
……あの一瞬で、私は確かに、惹かれていた。
なのに、あなたは私の“気持ち”じゃなくて、“立場”しか見てくれなかった。
そしてその人は、翌日も現れた。
まるで、昨日のすれ違いなんてなかったかのように。
「これ、お見舞いの花」
差し出されたのは、小さなブーケだった。
白と淡いピンクの花が、可愛らしくまとまっていて、どこか恋人に贈る花のようにも見えた。
「ありがとう……ございます」
戸惑いながらも、そう口にすると、彼はもうひとつの紙袋を取り出した。
「これも」
袋の中には、小ぶりだけれど上品な花瓶が入っていた。
透き通るガラスに、淡い装飾。花の色にぴったりだった。
「急な入院で、花瓶も用意できないよね」
「……あっ、そうですね」
言われて初めて、私は昨日の花束をどこに飾ればいいかさえ考えていなかったことに気づいた。
彼は無言で花束を受け取り、花瓶を片手に持って、「水、入れてくる」とだけ言って病室を出て行った。
その背中を見送ったあと、私はそっとベッドに寄りかかった。
――優しい人だ。
昨日の言葉は、きっと不器用な誠実さだったのかもしれない。
そう思いたくなるほどに、今日の彼はあたたかかった。
花瓶に水を入れた彼が戻って来た。
そっと私のベッド脇のテーブルに、それを置く。
「……綺麗」
思わず漏れた言葉に、私自身が少し驚いた。
けれどそれくらい、本当に優しくて、あたたかい花束だった。
小さな部屋の空気まで変わったようで、見ているだけで心が落ち着いていく。
「なんか……入院してよかったかも」
冗談めかしてそう言うと、彼はすぐさま苦笑した。
「そんなこと、ないでしょ」
「だって、こんなに綺麗な花束。誰もくれないから」
本音でもあり、少し強がりでもある。
普段は口にしないようなことも、ここではついこぼれてしまう。
彼は何も言わずに椅子を引いて座った。
そして、少しだけ笑って言った。
「そんなに嬉しいなら……毎回、俺が持ってくるよ」
「ええっ?」
思わず声が上ずった私に、彼は肩をすくめるように笑った。
「なんだよ、嫌なの?」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
頬が熱くなる。
思わず目を逸らしたけれど、胸の奥はふわりと温かかった。
20
あなたにおすすめの小説
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~
椿蛍
恋愛
念願のデザイナーとして働き始めた私に、『家のためにお見合いしろ』と言い出した父と継母。
断りたかったけれど、病弱な妹を守るため、好きでもない相手と結婚することになってしまった……。
夢だったデザイナーの仕事を諦められない私――そんな私の前に現れたのは、有名な美女モデル、【リセ】だった。
パリで出会ったその美人モデル。
女性だと思っていたら――まさかの男!?
酔った勢いで一夜を共にしてしまう……。
けれど、彼の本当の姿はモデルではなく――
(モデル)御曹司×駆け出しデザイナー
【サクセスシンデレラストーリー!】
清中琉永(きよなかるな)新人デザイナー
麻王理世(あさおりせ)麻王グループ御曹司(モデル)
初出2021.11.26
改稿2023.10
推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!
寺原しんまる
恋愛
成人してから母親の影響でBLに目覚めた西浦瑠璃子。そんな時、勤務先の東京本社に浮田卓課長が大阪支社から移動してくる。浮田課長は流行のイケオジで、自分のBL推しキャラクター(生もの)にそっくりだった。瑠璃子はBL世界のモブに徹しようと、課長に纏わり付く女子社員を蹴散らしていくのだが、どうやら浮田課長はその男前な性格の瑠璃子にある秘めた感情を寄せていく。
浮田課長はSMのM属性。理想の女王様を探していた。そんな時に部下である瑠璃子の物事をハッキリ言う性格に惹かれ、尚且つヒーロー的に自分を助けてくれる瑠璃子に理想の女王様像を重ねていく。
そんなチグハグな思いを内に秘めた二人が繰り広げる、どこかすれ違っているお話。
この作品はムーンライトノベルズ、魔法のIらんどにも掲載しています。
~ベリーズカフェさんに載せているものを大幅改稿して投稿しています~
下剋上御曹司の純愛~再会した契約妻への積年の愛と執着が重すぎる~
織山ひなた
恋愛
「東京で祖父の仕事を手伝う。はるちゃんにはもう会えない」
――5年前、興津伊吹はそう言い残して、由比榛名の前から姿を消した。
由比榛名(ゆい はるな)は旅行会社に勤める27歳。5年前の大学時代に振られた興津伊吹(おきつ いぶき)のことを今でも引きずっている。
かつて伊吹に振られたクリスマスイブが近づく12月、取引先のホテルロイヤルヴィリジアンへ商談に出向くと、そこには滅多に公に姿を見せない副社長――若宮伊吹(わかみや いぶき)がいた。
――かつては貧乏な苦学生だった伊吹は、御曹司になっていた。
来年度、社長に就任する伊吹は、「色々と試した結果、榛名が1番良かったから」という呆れた理由で契約結婚を申し込んできた。榛名が断れない状況を作った上で。
すっかり擦れてしまった(?)伊吹にショックを受ける榛名。契約婚の新婚生活にも、まったく期待していなかった。
それなのに、ビジネスライクだった伊吹の態度が豹変して――
貧乏から御曹司へ華麗なる変貌を遂げた、不言実行ヒーロー
×
へこたれない天然ヒロイン
2人による、ちょっと切ないラブコメディ
◇本作品の無断使用・無断転載・AI学習を固くお断りします。
◇この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。作中のビジネスも現実とは異なります。
◆Rシーンのあるエピソードには、サブタイトルに★マークを付けます。
◇本作品はエブリスタにも掲載しています。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる