宮花物語

日下奈緒

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第6話 嘘の住みか

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男と女の情事を知って、まだ2ヶ月弱しか経っていない黄杏には、もうついていけない。

「私には、無理だな。あんな獣みたいに交わるなんて。」

思い詰めたように、はぁっと息を吐く紅梅。


黄杏から見たら、紅梅の方が余程、好きそうに見えるが。

「……紅梅さんは、どんなふうに、王に抱かれるの?」

こちらを振り向いた紅梅は、渋い顔をしていた。

「いえいえ。深い意味はないです!」

慌てて否定した黄杏を、紅梅は白い目で見る。

「……どんなって、普通よ。」

「そう……ですよね。」

なんだか気まずくなって、少しだけ背中を向けた。


「でもあれかな。一晩中って言うのは、ないかな。あまり好きじゃないのよ、そういう濡れ事って。王にもそれが伝わっているから、早めに終わらせてくれるし。」

紅梅の発言は、いつも黄杏を困らせる。

そんな事、知らなくてもよかったのに。

「でも王は、性欲がお強い方だから。」

「そ、そうなんですか?」

とりあえず、話を合わせる。

「知らないかもしれないけど、黄杏さんが妃になってから、1ヶ月ぐらい毎晩、夜、お励みになっていたかもしれないけど、時々日中、青蘭さんとも励んでいらしたからね、王は。」

「そんな~!!」

これには力を無くし、全身の力が抜けそうになる黄杏。

ただでさえ、一目惚れした相手だからと、青蘭に嫉妬しているのに。

自分に隠れて、青蘭の元へ行ってたなんて。

しかも、日中に!!


「うう~。もう嫌だ~。」

「何、泣き言言ってんのよ!まだ妃になって、1ヶ月しか経ってないでしょ!」

「1ヶ月しか経ってないからこそ、他の女の元へ行くなんて、嫌だ~」

「他の女じゃない。お妃。」

何を言っても、強気で返してくる。

泣きべそをかいている黄杏とは、えらい違いだ。


「どうして、こんなところに、来ちゃったんだろう。」

「まだ、言うの?」

「紅梅さんは、そう思わないんですか?」

「私だって、そう思うわよ!でも、仕方ないじゃない。好きなんだから。」

そう言った紅梅の目にも、薄らと涙が光る。


「紅梅さん。私達、同じ人を好きになって、こうして同じ人のお妃になって。一人の妃に行けば、もう一人が泣くって言う悲しい立場にあるけれど……」

黄杏の目にも、涙が溜まる。

「でも泣くくらい、人を好きになれただけ、私達は幸せものですよ。」

「黄杏さん……」

二人は顔を合わせると、一緒に涙を流し合った。


その間に、信志と青蘭は、熱い情事の後に、二人で休んでいた。

「青蘭。今日はいつにも増して、激しく求めてきたな。」

背中を見せている青蘭の腕や腰を、信志は独り占めするように、撫で回す。

「さては、新しい妃に嫉妬したか?」

「まさか。」

フッと、鼻で笑う青蘭。


「私がどれ程王のお相手をしようと、あの可愛い方には、敵わいませんわ。」

その様子を見た信志は、青蘭の冷ややかな表情を、愛しそうにも、悲しそうにも見ていた。

抱かれている時も、あんなに恍惚な目で、自分を見るのに。

切ない声で、名前を呼んでくれるのに。

激しく、自分を求めてくれるのに。

事が終わると、それは全て、幻となって消えてしまう。

だから、何度も抱きたくなる。

もう一度、青蘭と愛し合っていると言う、幻にも似た夢を見る為に。


「どうしたら、君の心を、手に入れる事ができるのだろう……」

ふと聞こえてきた言葉に、青蘭は思わず振り向く。

「王?」

「君は、他の女に夢中になっていると聞いても、塵ほどにも妬いてくれない。」

青蘭が見た信志は、今にも泣きそうな顔をしている。

「それは……」

今更嫉妬しろなんて、虫が良すぎる。


「……答えぬなら、体に聞いてみようか。」

「えっ……」

信志は、青蘭の体を自分の方へ向けると、青蘭の足の付け根に、指を添わせた。

「あっ……そこは……」

触れられただけで、全身に刺激が走る。

「お……許しくだ……さい……さきほど達したばかりで……」

「いや、許さぬ。嫉妬しない罰だ。もう一度、私に激しく抱かれろ。」

「あぁ……」

再び襲ってくる快感に、青蘭は信志に初めて抱かれた時の事を思い出した。


生まれ育った国が無くなり、ただ息をしているだけの存在だった時。

熱心に声を掛けてくれたのは、誰でもない信志だった。

「いつまでも、嘆かないで下さい。私も何もあなたを、奴隷にしようとか、人質のように粗末に扱ったりはしません。」

闇の中で見えた、光のような人だった。

「今はどんな手段を使ってでも、生き延びる事です。あなたが生き延びれば、お国の再興も叶うでしょう。」

「国の……再興?」

青蘭はふらっと、信志にしがみついた。

「本当ですか?」

「ええ。あなたのお子が、新しい国の王になればよい。」

「私の……子が……」

この国に来て、初めて希望が見えた瞬間だった。

「ですが……私のような落ちぶれた国の姫を、めとってくれる方など、いらっしゃるのでしょうか。」

しかも、卑しい身分の男との間に生まれた子供など、周りの近臣が、新しい王だと認めないだろう。

「信寧王。どなたか、伝はございませんか?新しい王の父に相応しい方の。」

すると信志は、優しく青蘭を抱き寄せた。

「いても、あなたには会わせない。」

「えっ?」

「私が、その相手になると、決めたから。」

青蘭は急いで、信志の元を離れようとした。

が、間に合わなかった。

青蘭の腕を強く握った信志は、青蘭が痛がっても、離そうとはしなかった。


「青蘭……」

握った腕の先にある細くて白い指に、信志は口づけをする。

「いやっ!」

逃げようとする青蘭を捕まえて、信志は草むらの上に、青蘭を押し倒した。

「止めてええ!お願いだから!止め……止めて……」

泣き叫ぶ青蘭の上に、覆い被さる信志。

だが、覆い被さったまま、相手は動かない。

青蘭はゆっくりと目を開け、信志を見た。

そこには、自分を愛しそうに見つめる、信志の姿があった。


「信寧王様?……」

「すまない。急に、こんな事をしてしまって……でも、もう我慢できない。君が欲しくて欲しくて、たまらないんだ……」

“君が欲しい”と言われ、顔が赤くなる青蘭。

自分を女として、見てくれている。

しかも、自分が嫌がるのを見て、それ以上襲うともしない。

一人の人間としても、敬ってくれているのだ。


「王……それならば、このような場所で、初めて結ばれるのは嫌でございます。」

ハッとした信志は、体を引き離すと、青蘭を立ち上がらせた。

「すまない……」

それだけを言うと、信志は背中を見せた。

「男としての配慮が、足りなかった。許してほしい。」

「はい……」

信志の口から、“男として”という言葉が出て、青蘭は益々照れてしまう。

男と女の関係に、この国の王が成りたがっている。

それは落ちぶれたとは言え、姫君に育った青蘭の自尊心を擽った。

「ここが嫌だと言うのなら、今夜……そなたの部屋に行っても……いいだろうか。」

青蘭の心臓の鼓動が、早くなる。

「あの……」

「いや、いいんだ。君は急にいなくなる訳じゃないんだから、今急がなくても……」

その時、信志の自分を襲おうとした感情が、一時の欲情ではなく、本当に関係を築きたいのだと、青蘭は知った。

「はい。お待ちしております。」

「えっ?」

驚いた信志の顔は、まるで一国の王には見えない。

まるで、女と関係を持った事がない、純粋な青年のようだった。

「今夜、部屋の鍵を開けておきます。」

「ああ……」

その気持ちに嘘はないのだと、若いなりに感じられた時だった。

その日の夜。

白蓮の屋敷の一角の部屋に、寝泊まりしている青蘭の元へ、信志がやってきた。

ドキドキしながら、お酒を酌み交わした後、言葉少な目に、前戯にも似た会話を楽しんだ。

お酒も、ほどほど無くなった頃、青蘭の方から信志を寝床に招いた。

着ていた服を、滑らせるように脱ぐと、そこにはふくよかな胸に、括れた腰、小振りだがたわわに実った果実のようなお尻が、姿を現した。

息を飲む信志。

そっと触れた肌は、絹のように滑らかだった。


信志は、青蘭が男を受け入れるのが、初めてだと言う事を忘れるくらい、夢中になって抱いた。

その翌日も、その翌日も。

熱心に通ってくれる信志の心が通じたのか、青蘭の冷たい心も、次第に溶けていった。

お妃になった後も、信志は熱心に、青蘭の元へ通い続けてくれた。


「青蘭……君の体は、芳しい花のようで、私の心を捉えて離さないよ。」

耳元で囁かれる、熱い言葉。

それを聞く度に、青蘭の心は満たされていった。

だが、その信頼が崩れたのは、紅梅を新しい妃に迎えた時だった。

「あの女は、面白い。一晩中話していても、全く飽きない。子供も好きだと言っていた。私を慕ってくれているようだから、早く子を作ってやらねばな。」

その一言に、青蘭の心が崩れた。


男の気持ちを繋ぎ止めるのは、肉体的に満足させる事だと信じていた青蘭にとって、抱かずとも心を繋ぎ止められる紅梅は、一種の敵にも似た存在だった。

そして、今度新しい妃に迎えた黄杏は、身も体も、王を捉えて離さない。

青蘭は、全てが幻で、全てが嘘のように感じた。


「どうした?青蘭。浮かない顔だな。」

「いいえ。初めて王に、抱かれた日の事を、思い出していたのです。」

すると信志は、青蘭を抱き寄せ、頬に口づけを落とした。

「あの時は、君を自分のものにできて、天にも昇るような心地だった。」

その甘い言葉も、今の青蘭には、虚しく聞こえるのだった。

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