家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒

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第2部 初夜の誤解と、優しい眼差し

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私は結婚式の前日に、エルバリー家を去ることになった。

部屋の荷物を一つずつ整理していると、思い出が胸にこみあげてくる。

少女の頃に描いた落書き、姉妹で取り合ったリボン、母に買ってもらった古びた本。

手を止め、窓の外を見つめた。

「この家とも今日が最後なのね……」

思わず呟く。

確かにこの家には、痛い思い出もある。

けれど、それ以上に、私の人生の根っこがある場所だ。

淡い夕陽が、カーテン越しに部屋を包む。

いろいろあったけれど、やっぱり、寂しい。

胸が少しだけ、きゅっと締めつけられた。

「何かあったら、直ぐに帰ってくればいいわ。」

自分に言い聞かせて、私は最後に刺繍の入ったウェディングドレスをまとめた。

自分の結婚式には、自分で刺繍したウェディングドレスを着たい。

そう、ずっと夢見ていた。

ドレスの仕立ては三日ほど。

けれど刺繍には、何倍もの時間をかけた。

夜を徹し、指先に絆創膏を貼りながら、ひと針ひと針に想いを込めた。

まさか本当に間に合うとは思わなかった。

結婚そのものは、私の思い描いたものとは違った。

相手も、きっかけも、すべてが。

けれど、このドレスだけは、私の自由だった。

私が選び、私の手で仕上げたもの。

「よかった……」

出来上がった刺繍を見て、心からそう思った。

たとえ政略結婚でも、これは確かに、私の意思だった。

「大丈夫よ。だって、これを着て結婚式を挙げるのだもの。」

私は自分に言い聞かせた。

「そろそろ参りましょうか。」

荷物をまとめていた私に、伯爵家から遣わされた使用人が声をかけてきた。

「これ以上遅くなりますと、夜分遅くにグレイバーン伯爵邸に到着することになってしまいます。」

時計の針を見ると、もう夕方を過ぎていた。

この時刻が、家を出る限界だと知らされていた。

「……分かりました。行きましょう。」

私は深く息を吸い込んで、振り返ることなく扉を閉めた。

これが、エルバリー家の娘として過ごす最後の瞬間。

もう戻ることはできない。

これから私は、グレイバーン伯爵夫人としての道を歩むのだ。

母の刺繍道具が置かれた棚、妹たちの声が響いていた廊下、父が朝食を取っていた食堂……

どれも愛しくて懐かしい。

だけど、今は立ち止まれない。

「行きましょう。」私は小さく呟き、馬車へと足を運んだ。

揺れる車内で、私は心の中でそっと言った。

「さようなら、エルバリー家のクラリス。」
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