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第2部 初夜の誤解と、優しい眼差し
②
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最後に家族と面会をしたとき、母はすでに目を赤くしていた。
「クラリス……貴族の夫人としての心構えは、全てあなたに教えたつもりです。」
「はい。」私は静かに頷く。
「誇り高く生きなさい。」
母の手が私の頬に添えられ、その温もりに、私は幼い頃の記憶を重ねた。
私が何度も縁談を断られてきたことを、母は誰よりも気にかけてくれていた。
だからこそ、今も心配で仕方がないのだろう。
「クラリス、こんなことを言うのはなんだけど……」
母は私をそっと父から離し、少し陰になった場所へ導いた。
「結婚は……時に孤独なものよ。でも、あなたは誰よりも強くて優しい娘。だから、どんな屋敷に嫁いでもきっと愛されるわ。」
母の声は震えていた。私はその手を握り返した。
「ありがとう、お母様。」
抱きしめられた腕の中で、私は決して泣かないと決めていた。
それでも、こみ上げる想いは止められなかった。
「これも、貴族の夫人として心得ておくものだけど……」
母は、目元をぬぐいながらも、どこか覚悟を決めたような声で続けた。
「夫に愛人ができた時には、そっとしておきなさい。問い詰めず、責めず、見ないふりをするの。男は気まぐれだけど、いつかあなたの元に戻ってくるから。」
その言葉は、まるで過去の記憶をなぞるようだった。
私は一瞬、母自身もそんな経験をしたのではと感じた。
――もしかしたら、父にも愛人がいたことがあったのかもしれない。
それでも母は、この家を守り、私たちを育ててきた。
「……はい。」私は小さく返事をした。
本当は胸の奥がちくりと痛んだけれど、母のように強くありたいと思った。
「つらくなったら、いつでも帰ってらっしゃい。」
そう言って母は私をもう一度抱きしめてくれた。
その温もりが、何よりの祝福のように感じられた。
そして父は、私の前に立ち、しっかりと私の手を握った。
その手は大きく、硬く、どこか不器用な温もりを宿していた。
「セドリックは成り上がりと言われるほど、仕事に邁進している男だ。余計なことはするな。何もでしゃばるなよ。」
重く低い声で言われたその言葉に、私は静かに頷いた。
「はい。」
――安心して。私はセドリックに興味なんてない。
そう思った私は、その瞬間だけ妙に冷静だった。
「あと、金の面倒もでしゃばるなよ。いいか、女は男に従うものだ。何でもセドリックの言う通りにするんだ。」
父は視線を逸らさず、厳しい口調で言い切った。
それが父なりの“愛情”なのだと、私は分かっていた。
けれど、心の奥ではどこか違和感がくすぶっていた。
私はただ、口を噤んで「はい。」と繰り返すことしかできなかった。
「クラリス……貴族の夫人としての心構えは、全てあなたに教えたつもりです。」
「はい。」私は静かに頷く。
「誇り高く生きなさい。」
母の手が私の頬に添えられ、その温もりに、私は幼い頃の記憶を重ねた。
私が何度も縁談を断られてきたことを、母は誰よりも気にかけてくれていた。
だからこそ、今も心配で仕方がないのだろう。
「クラリス、こんなことを言うのはなんだけど……」
母は私をそっと父から離し、少し陰になった場所へ導いた。
「結婚は……時に孤独なものよ。でも、あなたは誰よりも強くて優しい娘。だから、どんな屋敷に嫁いでもきっと愛されるわ。」
母の声は震えていた。私はその手を握り返した。
「ありがとう、お母様。」
抱きしめられた腕の中で、私は決して泣かないと決めていた。
それでも、こみ上げる想いは止められなかった。
「これも、貴族の夫人として心得ておくものだけど……」
母は、目元をぬぐいながらも、どこか覚悟を決めたような声で続けた。
「夫に愛人ができた時には、そっとしておきなさい。問い詰めず、責めず、見ないふりをするの。男は気まぐれだけど、いつかあなたの元に戻ってくるから。」
その言葉は、まるで過去の記憶をなぞるようだった。
私は一瞬、母自身もそんな経験をしたのではと感じた。
――もしかしたら、父にも愛人がいたことがあったのかもしれない。
それでも母は、この家を守り、私たちを育ててきた。
「……はい。」私は小さく返事をした。
本当は胸の奥がちくりと痛んだけれど、母のように強くありたいと思った。
「つらくなったら、いつでも帰ってらっしゃい。」
そう言って母は私をもう一度抱きしめてくれた。
その温もりが、何よりの祝福のように感じられた。
そして父は、私の前に立ち、しっかりと私の手を握った。
その手は大きく、硬く、どこか不器用な温もりを宿していた。
「セドリックは成り上がりと言われるほど、仕事に邁進している男だ。余計なことはするな。何もでしゃばるなよ。」
重く低い声で言われたその言葉に、私は静かに頷いた。
「はい。」
――安心して。私はセドリックに興味なんてない。
そう思った私は、その瞬間だけ妙に冷静だった。
「あと、金の面倒もでしゃばるなよ。いいか、女は男に従うものだ。何でもセドリックの言う通りにするんだ。」
父は視線を逸らさず、厳しい口調で言い切った。
それが父なりの“愛情”なのだと、私は分かっていた。
けれど、心の奥ではどこか違和感がくすぶっていた。
私はただ、口を噤んで「はい。」と繰り返すことしかできなかった。
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