家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒

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第5部 恋のまねごとと、伯爵の怒り

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「君、綺麗だね。」

王子のその言葉に、私は背筋が凍るような感覚を覚えた。

この顔を「綺麗」と言ったのは、今までセドリックただ一人。

だが今、その言葉を投げかけてきたのは、妹・ルシアの婚約者になるかもしれない――アルバート・フェルゼン王子。

その事実に戸惑いながら、私は何とか笑顔を作って応じた。

「ルシアの姉、クラリスと申します。」

できるだけ丁寧に、穏やかに。無難にその場を切り抜けようと、口角を引き上げた。

だが、逆効果だったようだ。

「ルシアのお姉さん、いいね。」

まるで品定めをするような視線。悪気はないのかもしれないが、あまりに無神経で、無遠慮で――その笑顔が、ひどく不快だった。

(お願い、ルシア。早く戻ってきて……)

胸の奥で、そう叫ぶしかなかった。

私は妹の婚約者に、明らかに興味を持たれてしまったのだから。

「ルシアのお姉さん、一曲踊る?」

差し出されたアルバート王子の手は、まるで物を差し出すような雑さだった。だが、相手は王子。貴族社会において、その誘いを断ることは――ほとんど不可能に近い。

(どうしよう……)

一瞬ためらったその時、私の前にセドリックが静かに立ちはだかった。

「アルバート王子。クラリスは私の妻です。」

その声には冷静な響きと、隠しきれない怒気があった。

「だから? 俺は王子だぞ?」

アルバート王子は眉をひそめて、まるで子供のように反論する。だが、セドリックは一歩も引かずに言い放った。

「王子だからこそ、節度が大事なのでは?」

その言葉には、場の空気さえ変える力があった。

一瞬の沈黙の後、アルバート王子はふんと鼻を鳴らし、一歩後ずさって踵を返した。

「……つまらない男だな。」

そう呟きながら。

私はセドリックの背中を見つめ、心の奥が温かくなるのを感じた。

(私のことを、守ってくれた)

「ありがとう、セドリック。」私は思わず彼の袖を掴んだ。

するとセドリックは、優しく微笑んで言った。

「いや、それが僕の務めだからね。」

そして自然に、私の腰に腕を回してくれた。その温もりが、胸の奥にじんと染み込んでくる。守られている。そう、今の私は、一人ではないのだ。

「だが……ルシア嬢は本当に、アルバート王子と結婚するのだろうか。」

ふと、セドリックが低く呟いた。

「それは……私にもわからないわ。でも、父は一度決めたら、それを貫く人だから……」

私が言い終える前に、セドリックは眉を寄せて言った。

「だとしたら、大変な事になるぞ。……あの方と遠縁になるなんて。」

――そうだ。もしルシアがアルバート王子と結婚したら、グレイバーン家と王族の間に、親族関係が生まれてしまう。

あの不気味な目つきと、しつこい執着心を思い出して、私はぞくっと背筋が凍る思いだった。
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