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第5部 恋のまねごとと、伯爵の怒り
④
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ある日、何の気の迷いか、ルシアが屋敷を訪ねて来た。
「お姉様。」
その声は、いつものように刺々しくない。むしろ幼い頃のような、天真爛漫な響きを含んでいた。
珍しいこともあるものだと、私は少し驚いた。
「どうしたの?急に?」
「……結婚すると決まったら、なんだかお姉様の顔が見たくなって。」
思わず目を細める。可愛いところもあるのね、と思ったが、やはり気になるのはその結婚相手のことだった。
「アルバート王子と結婚するの?」
私がそう尋ねると、ルシアの肩がぴくッと小さく跳ねた。
やはり図星だったらしい。彼女は一瞬、何か言いかけたように口を開き、それから曖昧に笑った。
「……さあ、どうかしら。」
それ以上、踏み込んではいけない気がして、私はその言葉の続きを飲み込んだ。
ただ、ルシアの笑顔の奥に、不安が揺れていたのは見逃さなかった。
「心配よ。あの王子、何だか気味が悪いでしょう?」
私が正直な思いを口にすると、ルシアはぱっと顔をこちらに向けた。
「やっぱり?お姉様もあの王子、気味が悪いと思ってたのね?」
まさか、こんなにストレートな同意を求められるとは思わなかった。
「あ、ええ……でも、ルシアには惚れているみたいで……」
「そうなの。でも、私はあの王子のこと、好きじゃないのよ。」
さらりと、まるで天気の話でもするような口調だった。驚きすぎて、私は「そうなの……?」としか言えなかった。
「でね?」
ルシアは椅子から身を乗り出すようにして、私を見つめた。
「お姉様から、お父様にこの結婚、断ってほしいの!」
「えっ⁉」
あまりにも突飛なお願いに、思わず大きな声が出た。ルシアは真剣な顔をしていたが、まさか自分の婚約の破棄を、私に頼んでくるなんて――。
「どうして私が……?」
思わずそう問い返していた。
「今やお姉様は、社交界の花。お父様はお姉様を誇りに思っているわ。」
「えっ……」
あの父が?と、信じがたさに言葉を失った。あれほど「役に立たない」と蔑まれてきたのに、いつの間にそんなふうに思われていたのか。
「そのお姉様が言ってくれたら、お父様だってこの結婚、断ると思うのよ!」
そう言ってルシアは、ぐいっと前のめりになる。だが私の背中には、重たいものがずしりと乗ってきた。責任なのか、姉としての宿命なのか。
「私には……そんな力、ないと思う。」
私の口から自然とそう言葉がこぼれた。王子との婚約を断るなんて、そんな大それたこと、私にできるわけがない。
すると――
「……使えない女。」
小さく、でもはっきりと、ルシアがそう呟いた。
心に刺さるようなその一言に、私は目を伏せるしかなかった。
ああ、やっぱり。可愛い妹でいられるのも、都合のいい時だけなのね。
「お姉様。」
その声は、いつものように刺々しくない。むしろ幼い頃のような、天真爛漫な響きを含んでいた。
珍しいこともあるものだと、私は少し驚いた。
「どうしたの?急に?」
「……結婚すると決まったら、なんだかお姉様の顔が見たくなって。」
思わず目を細める。可愛いところもあるのね、と思ったが、やはり気になるのはその結婚相手のことだった。
「アルバート王子と結婚するの?」
私がそう尋ねると、ルシアの肩がぴくッと小さく跳ねた。
やはり図星だったらしい。彼女は一瞬、何か言いかけたように口を開き、それから曖昧に笑った。
「……さあ、どうかしら。」
それ以上、踏み込んではいけない気がして、私はその言葉の続きを飲み込んだ。
ただ、ルシアの笑顔の奥に、不安が揺れていたのは見逃さなかった。
「心配よ。あの王子、何だか気味が悪いでしょう?」
私が正直な思いを口にすると、ルシアはぱっと顔をこちらに向けた。
「やっぱり?お姉様もあの王子、気味が悪いと思ってたのね?」
まさか、こんなにストレートな同意を求められるとは思わなかった。
「あ、ええ……でも、ルシアには惚れているみたいで……」
「そうなの。でも、私はあの王子のこと、好きじゃないのよ。」
さらりと、まるで天気の話でもするような口調だった。驚きすぎて、私は「そうなの……?」としか言えなかった。
「でね?」
ルシアは椅子から身を乗り出すようにして、私を見つめた。
「お姉様から、お父様にこの結婚、断ってほしいの!」
「えっ⁉」
あまりにも突飛なお願いに、思わず大きな声が出た。ルシアは真剣な顔をしていたが、まさか自分の婚約の破棄を、私に頼んでくるなんて――。
「どうして私が……?」
思わずそう問い返していた。
「今やお姉様は、社交界の花。お父様はお姉様を誇りに思っているわ。」
「えっ……」
あの父が?と、信じがたさに言葉を失った。あれほど「役に立たない」と蔑まれてきたのに、いつの間にそんなふうに思われていたのか。
「そのお姉様が言ってくれたら、お父様だってこの結婚、断ると思うのよ!」
そう言ってルシアは、ぐいっと前のめりになる。だが私の背中には、重たいものがずしりと乗ってきた。責任なのか、姉としての宿命なのか。
「私には……そんな力、ないと思う。」
私の口から自然とそう言葉がこぼれた。王子との婚約を断るなんて、そんな大それたこと、私にできるわけがない。
すると――
「……使えない女。」
小さく、でもはっきりと、ルシアがそう呟いた。
心に刺さるようなその一言に、私は目を伏せるしかなかった。
ああ、やっぱり。可愛い妹でいられるのも、都合のいい時だけなのね。
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