家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒

文字の大きさ
46 / 101
第5部 恋のまねごとと、伯爵の怒り

しおりを挟む
ある日、何の気の迷いか、ルシアが屋敷を訪ねて来た。

「お姉様。」

その声は、いつものように刺々しくない。むしろ幼い頃のような、天真爛漫な響きを含んでいた。

珍しいこともあるものだと、私は少し驚いた。

「どうしたの?急に?」

「……結婚すると決まったら、なんだかお姉様の顔が見たくなって。」

思わず目を細める。可愛いところもあるのね、と思ったが、やはり気になるのはその結婚相手のことだった。

「アルバート王子と結婚するの?」

私がそう尋ねると、ルシアの肩がぴくッと小さく跳ねた。

やはり図星だったらしい。彼女は一瞬、何か言いかけたように口を開き、それから曖昧に笑った。

「……さあ、どうかしら。」

それ以上、踏み込んではいけない気がして、私はその言葉の続きを飲み込んだ。

ただ、ルシアの笑顔の奥に、不安が揺れていたのは見逃さなかった。

「心配よ。あの王子、何だか気味が悪いでしょう?」

私が正直な思いを口にすると、ルシアはぱっと顔をこちらに向けた。

「やっぱり?お姉様もあの王子、気味が悪いと思ってたのね?」

まさか、こんなにストレートな同意を求められるとは思わなかった。

「あ、ええ……でも、ルシアには惚れているみたいで……」

「そうなの。でも、私はあの王子のこと、好きじゃないのよ。」

さらりと、まるで天気の話でもするような口調だった。驚きすぎて、私は「そうなの……?」としか言えなかった。

「でね?」

ルシアは椅子から身を乗り出すようにして、私を見つめた。

「お姉様から、お父様にこの結婚、断ってほしいの!」

「えっ⁉」

あまりにも突飛なお願いに、思わず大きな声が出た。ルシアは真剣な顔をしていたが、まさか自分の婚約の破棄を、私に頼んでくるなんて――。

「どうして私が……?」

思わずそう問い返していた。
「今やお姉様は、社交界の花。お父様はお姉様を誇りに思っているわ。」

「えっ……」

あの父が?と、信じがたさに言葉を失った。あれほど「役に立たない」と蔑まれてきたのに、いつの間にそんなふうに思われていたのか。

「そのお姉様が言ってくれたら、お父様だってこの結婚、断ると思うのよ!」

そう言ってルシアは、ぐいっと前のめりになる。だが私の背中には、重たいものがずしりと乗ってきた。責任なのか、姉としての宿命なのか。

「私には……そんな力、ないと思う。」

私の口から自然とそう言葉がこぼれた。王子との婚約を断るなんて、そんな大それたこと、私にできるわけがない。

すると――

「……使えない女。」

小さく、でもはっきりと、ルシアがそう呟いた。

心に刺さるようなその一言に、私は目を伏せるしかなかった。

ああ、やっぱり。可愛い妹でいられるのも、都合のいい時だけなのね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

冤罪で魔族領に追放されましたが、魔王様に溺愛されているので幸せです!

アトハ
恋愛
「フィーネ・アレイドル公爵令嬢! 私は、貴様との婚約を破棄することをここに宣言する!」 王子に婚約破棄された私(フィーネ・アレイドル)は、無実の罪で魔族の支配する魔族領に追放されてしまいました。 魔族領に降りた私を待っていたのは、幼い頃に助けた猫でした。 魔族にすら見えない猫ですが、魔族領では魔王の右腕として有名な魔族だったのです。 驚いた私に、猫はこう告げました。 「魔王様が待っています」 魔王様が待ってるって何、生贄にでもされちゃうの? と戦々恐々とする私でしたが、お城で待っていたのは私を迎えるための大規模な歓迎パーティ。 こうして私の新天地での幸せな生活が始まったのでした。 ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

【完結】呪いのせいで無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになりました。

里海慧
恋愛
わたくしが愛してやまない婚約者ライオネル様は、どうやらわたくしを嫌っているようだ。 でもそんなクールなライオネル様も素敵ですわ——!! 超前向きすぎる伯爵令嬢ハーミリアには、ハイスペイケメンの婚約者ライオネルがいる。 しかしライオネルはいつもハーミリアにはそっけなく冷たい態度だった。 ところがある日、突然ハーミリアの歯が強烈に痛み口も聞けなくなってしまった。 いつもなら一方的に話しかけるのに、無言のまま過ごしていると婚約者の様子がおかしくなり——? 明るく楽しいラブコメ風です! 頭を空っぽにして、ゆるい感じで読んでいただけると嬉しいです★ ※激甘注意 お砂糖吐きたい人だけ呼んでください。 ※2022.12.13 女性向けHOTランキング1位になりました!! みなさまの応援のおかげです。本当にありがとうございます(*´꒳`*) ※タイトル変更しました。 旧タイトル『歯が痛すぎて無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになった件』

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

処理中です...