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3、次の婚約者
①
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「こちらがアーリン嬢ですね」
玄関先で出迎えた私は、父の隣に立つ無表情な青年と視線を交わした。冷たい灰色の瞳に、わずかな疲れが滲んでいる。これが噂の――ベンジャミン王子。
一礼もそこそこに、彼はまっすぐ私に向かって言った。
「あなたも公爵令嬢なら、王家の人間と結婚することもあると理解しているはずです」
あまりに直截な物言いに、私はその場で息を呑んだ。まるで感情のない取引を持ちかけられたような気がした。
「……」
一瞬、言葉を選ぼうとしたが、胸の奥からこみ上げた怒りがそれを先に押し出した。
「私は皇太子妃としての教育を受けています。王子が相手だとしても驚きませんわ」
鋭く返したつもりだった。結婚を迫られても怯まないという意思を示すために。
だが次の瞬間、ベンジャミン王子の目がわずかに細められた。
「……なるほど。堂々としているのですね。いい物腰です」
彼の声音には微かな変化があった。興味、かすかな関心、そんな感情がかすかににじんだ気がした。
「君のような女性なら、国のために共に立てるかもしれない。悪くない」
「……お気に召したのなら結構ですが、私には既に心を決めた相手がいます」
「だが、結婚相手は心で選ぶものではない。立場と責任で決まる。それが王家の常識です」
この人は、本当に心を亡くしたような人なのかもしれない。そう思った。
でもなぜか――胸の奥にざらりとした違和感が残った。
皮肉なことに、私のその一言が、彼の気を引いてしまったらしい。
「もっと話がしたい。今夜の晩餐、隣に座ってもいいかな?」
「……お好きにどうぞ」
私は静かに一礼して、その場を去った。
父の「よくやった」という誇らしげな顔が、背後から刺すようだった。
私の心は、遠くグレイブの顔を思い浮かべていた。彼の無骨な言葉と、ぬくもりだけが、今の私の本当の支えなのだと――改めて、痛感した。
煌びやかな灯が揺れる晩餐会の会場。
金糸を織り込んだ深紅のドレスを身にまといながら、私は王家の紋章が刺繍された椅子に腰を下ろした。
隣には、ベンジャミン王子。父の意向で、私の席は彼の隣に用意されていた。
「アーリン嬢。肖像画で拝見していたが、実物はさらに美しい。」
唐突に囁かれたその言葉に、私はとっさに表情を作った。
「恐縮です、王子。」
褒め言葉としてはありがちだが、その目は真剣だった。
灰色の瞳に一切の冗談はなかった。
「しかし皮肉にも、王族というものは、好きな女性と結婚できるわけではない。だが――結婚した相手を、愛する努力はできる。」
まるで詩人のようにさらりと口にするその言葉に、私は思わずグラスを持つ手に力を込めた。
「努力、ですか。」
「そう。政略で決まった婚姻の中でも、愛は育てられる。君のような聡明な女性なら尚更だ。」
その声色には誠実さがあった。
けれど、私の心は冷めていくばかりだった。
話を聞けば聞くほど、彼の語る「結婚」は、まるで義務であり手段だった。
「……王になるには、結婚が必要なのですか?」
「当然だ。結婚して、子を成さなければ、王位は継げない。それが我が国の掟でね。相手は貴族であれば問題ない。むしろ、婚姻によって国同士の信頼が深まるのなら、それが最善だ。」
玄関先で出迎えた私は、父の隣に立つ無表情な青年と視線を交わした。冷たい灰色の瞳に、わずかな疲れが滲んでいる。これが噂の――ベンジャミン王子。
一礼もそこそこに、彼はまっすぐ私に向かって言った。
「あなたも公爵令嬢なら、王家の人間と結婚することもあると理解しているはずです」
あまりに直截な物言いに、私はその場で息を呑んだ。まるで感情のない取引を持ちかけられたような気がした。
「……」
一瞬、言葉を選ぼうとしたが、胸の奥からこみ上げた怒りがそれを先に押し出した。
「私は皇太子妃としての教育を受けています。王子が相手だとしても驚きませんわ」
鋭く返したつもりだった。結婚を迫られても怯まないという意思を示すために。
だが次の瞬間、ベンジャミン王子の目がわずかに細められた。
「……なるほど。堂々としているのですね。いい物腰です」
彼の声音には微かな変化があった。興味、かすかな関心、そんな感情がかすかににじんだ気がした。
「君のような女性なら、国のために共に立てるかもしれない。悪くない」
「……お気に召したのなら結構ですが、私には既に心を決めた相手がいます」
「だが、結婚相手は心で選ぶものではない。立場と責任で決まる。それが王家の常識です」
この人は、本当に心を亡くしたような人なのかもしれない。そう思った。
でもなぜか――胸の奥にざらりとした違和感が残った。
皮肉なことに、私のその一言が、彼の気を引いてしまったらしい。
「もっと話がしたい。今夜の晩餐、隣に座ってもいいかな?」
「……お好きにどうぞ」
私は静かに一礼して、その場を去った。
父の「よくやった」という誇らしげな顔が、背後から刺すようだった。
私の心は、遠くグレイブの顔を思い浮かべていた。彼の無骨な言葉と、ぬくもりだけが、今の私の本当の支えなのだと――改めて、痛感した。
煌びやかな灯が揺れる晩餐会の会場。
金糸を織り込んだ深紅のドレスを身にまといながら、私は王家の紋章が刺繍された椅子に腰を下ろした。
隣には、ベンジャミン王子。父の意向で、私の席は彼の隣に用意されていた。
「アーリン嬢。肖像画で拝見していたが、実物はさらに美しい。」
唐突に囁かれたその言葉に、私はとっさに表情を作った。
「恐縮です、王子。」
褒め言葉としてはありがちだが、その目は真剣だった。
灰色の瞳に一切の冗談はなかった。
「しかし皮肉にも、王族というものは、好きな女性と結婚できるわけではない。だが――結婚した相手を、愛する努力はできる。」
まるで詩人のようにさらりと口にするその言葉に、私は思わずグラスを持つ手に力を込めた。
「努力、ですか。」
「そう。政略で決まった婚姻の中でも、愛は育てられる。君のような聡明な女性なら尚更だ。」
その声色には誠実さがあった。
けれど、私の心は冷めていくばかりだった。
話を聞けば聞くほど、彼の語る「結婚」は、まるで義務であり手段だった。
「……王になるには、結婚が必要なのですか?」
「当然だ。結婚して、子を成さなければ、王位は継げない。それが我が国の掟でね。相手は貴族であれば問題ない。むしろ、婚姻によって国同士の信頼が深まるのなら、それが最善だ。」
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