12 / 50
3、次の婚約者
②
しおりを挟む
その口調は、実務的だった。
まるで私の人格ではなく、"公爵令嬢アーリン"という肩書きを望んでいるようだった。
私はゆっくりとナイフを置き、彼をまっすぐ見据えた。
「では、私でなくても構わないのですね。条件さえ合えば、誰でも」
ベンジャミンは少しだけ眉を寄せた。
「……そうだね。だが、私は国のために最良の選択をしている。」
その瞬間、胸の奥で何かがぷつりと音を立てて切れた気がした。ああ、まただ――。
クリフも、最初は優しかった。けれど私ではなく、妹に恋をした。私はまた、「都合のいい女」として、政略の枠に押し込められるのか。
「申し訳ありませんが、私には"努力して愛される"という言葉は、慰めにもなりません」
そう答える私の声は、思った以上に冷たかった。
ベンジャミンは少しだけ驚いたように私を見つめ、ふっと笑った。
「……強い女性ですね。ますます気に入りましたよ」
その笑みが、さらに私を苛立たせた。
誰かのために、自分の人生を差し出すのはもう終わりにしたい。
私は、ただ誰かの"心"が欲しいだけなのに。
胸に渦巻く怒りを押し殺しながら、私はひとつ深く息を吸い込んだ。
――私には、グレイブがいる。あの人だけは、立場ではなく"私"を見てくれているのだから。
父の笑みが、やけに誇らしげだった。
「お似合いの二人だな。」
その一言が、部屋に重く響く。
まるでその場で、私の未来が決定されたかのような口ぶりだった。
私は、思わず手の中のグラスを握りしめた。
会話の中身など、もはや上の空だったが、適当な相槌を打っていた私を見て、父は満足げにうなずいていた。
ああ、なるほど。やはり父はグレイブよりも、ベンジャミン王子との結婚を望んでいるのだ。
そしてそれを察してか、王子はすっと席を立ち、私の正面に歩み寄ってきた。
「次に会うときは――結婚式かな?」
冗談めいた口調で言いながら、私の手を取ろうとする。
「……お急ぎですね、王子。」
私はあえて少し笑ってみせる。だが、その笑みの下にあるのは、確かな拒絶だった。
「私はまだ、“結婚する”とは申し上げていません。」
そうきっぱりと告げると、王子の眉が僅かに上がった。
だがその目には怒りでも戸惑いでもなく、まるで駆け引きを楽しむ狩人のような光が宿っていた。
「君のその唇から、“ベンジャミン王子と結婚したい”という言葉を聞けるまで、私は決して諦めないよ」
そしてそのまま、彼は一歩、また一歩と近づいてきた。距離が縮まり、私の鼻先に、彼の吐息が触れそうになる。
「――ぜひその唇から、私と結婚したいと言わせたいな」
その言葉とともに、彼の顔がぐっと近づく。
私はとっさに椅子から立ち上がった。柔らかくも確かな拒絶の意志を込めて。
「王子。あまり軽々しく距離を詰めるのは、礼儀を欠く行為かと存じます」
まるで私の人格ではなく、"公爵令嬢アーリン"という肩書きを望んでいるようだった。
私はゆっくりとナイフを置き、彼をまっすぐ見据えた。
「では、私でなくても構わないのですね。条件さえ合えば、誰でも」
ベンジャミンは少しだけ眉を寄せた。
「……そうだね。だが、私は国のために最良の選択をしている。」
その瞬間、胸の奥で何かがぷつりと音を立てて切れた気がした。ああ、まただ――。
クリフも、最初は優しかった。けれど私ではなく、妹に恋をした。私はまた、「都合のいい女」として、政略の枠に押し込められるのか。
「申し訳ありませんが、私には"努力して愛される"という言葉は、慰めにもなりません」
そう答える私の声は、思った以上に冷たかった。
ベンジャミンは少しだけ驚いたように私を見つめ、ふっと笑った。
「……強い女性ですね。ますます気に入りましたよ」
その笑みが、さらに私を苛立たせた。
誰かのために、自分の人生を差し出すのはもう終わりにしたい。
私は、ただ誰かの"心"が欲しいだけなのに。
胸に渦巻く怒りを押し殺しながら、私はひとつ深く息を吸い込んだ。
――私には、グレイブがいる。あの人だけは、立場ではなく"私"を見てくれているのだから。
父の笑みが、やけに誇らしげだった。
「お似合いの二人だな。」
その一言が、部屋に重く響く。
まるでその場で、私の未来が決定されたかのような口ぶりだった。
私は、思わず手の中のグラスを握りしめた。
会話の中身など、もはや上の空だったが、適当な相槌を打っていた私を見て、父は満足げにうなずいていた。
ああ、なるほど。やはり父はグレイブよりも、ベンジャミン王子との結婚を望んでいるのだ。
そしてそれを察してか、王子はすっと席を立ち、私の正面に歩み寄ってきた。
「次に会うときは――結婚式かな?」
冗談めいた口調で言いながら、私の手を取ろうとする。
「……お急ぎですね、王子。」
私はあえて少し笑ってみせる。だが、その笑みの下にあるのは、確かな拒絶だった。
「私はまだ、“結婚する”とは申し上げていません。」
そうきっぱりと告げると、王子の眉が僅かに上がった。
だがその目には怒りでも戸惑いでもなく、まるで駆け引きを楽しむ狩人のような光が宿っていた。
「君のその唇から、“ベンジャミン王子と結婚したい”という言葉を聞けるまで、私は決して諦めないよ」
そしてそのまま、彼は一歩、また一歩と近づいてきた。距離が縮まり、私の鼻先に、彼の吐息が触れそうになる。
「――ぜひその唇から、私と結婚したいと言わせたいな」
その言葉とともに、彼の顔がぐっと近づく。
私はとっさに椅子から立ち上がった。柔らかくも確かな拒絶の意志を込めて。
「王子。あまり軽々しく距離を詰めるのは、礼儀を欠く行為かと存じます」
532
あなたにおすすめの小説
殿下、もう何もかも手遅れです
魚谷
恋愛
偉大なる国王が崩御した。
葬儀の場で、王太子アドルフォスは、父王が病床にいるのを良いことに国を思うがままにしようとする、婚約者である公爵令嬢ロザリンデと、その父である宰相を断罪しようと決意する。
全ては自分が次の王に相応しいことを、その場にいる全ての貴族たちに示すため。
アドルフォスは自分の勝利を信じて疑わなかった。
自分には、麗しい子爵令嬢で、数百年に一度生まれる聖女の力に覚醒したエレインという心強い味方がいるのだから。
勝利は揺るぎないはずだった……そう、アドルフォスの頭の中では。
これはひとつの国の終わりの物語。
★他のサイトにも掲載しております
★13000字程度でサクッとお読み頂けます
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
[完結]だってあなたが望んだことでしょう?
青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。
アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。
やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー
神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました
青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。
それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される
青空一夏
恋愛
王宮薬草棟で働く薬師リーナは、婚約者ギルベルト――騎士見習いを支え続けてきた。もちろん、彼が大好きだからで、尽くすことに喜びさえ感じていた。しかし、ギルベルトが騎士になるタイミングで話があると言われ、てっきり指輪や結婚式の話だと思ったのに……この小説は主人公があらたな幸せを掴む物語と、裏切った婚約者たちの転落人生を描いています。
※異世界の物語。作者独自の世界観です。本編完結にともない題名変えました。
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました
鍛高譚
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」
オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。
「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」
そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。
「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」
このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。
オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。
愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん!
王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。
冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる