愛しの My Buddy --イケメン准教授に知らぬ間に溺愛されてました--

せせらぎバッタ

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「さて、そろそろ時間になるので、わたしから一言。夢中になってつきあってるのに、ある日突然別れがやってくる。恋は突然始まることがあるが、唐突に終わることもある。『100年の恋も冷める』ってやつかな。恋に恋してた。幻滅した。相手が変わった。いろいろなケースがあるだろう。ひとつのケースを例に出そう。

 ミステリアスな異性に惹かれるというのはよく聞く話だ。では、そのミステリアスとは何だ。ああ、言っておくが、時々勘違いして、モテるためには黙ってればいいという人間がいるが、ちがうからな。はき違えないように。

 ミステリアスとは物語りだ。誰しも自分の世界観を持っている。ああ、これも言っておくが、キミたちは現在構築中だ。
 その人特有の世界観。つむいできたノンフィクションの物語り、ストーリーだ。生まれ、育ち、友人関係、恋愛、仕事、趣味。感情の起伏。ヒトは一生に一度は自分の話を書けると言われる。それくらい誰の人生にも膨大な情報量がつまっている。まったく同じものはない。文字通り唯一無二。

 さて、それがにじみ出るのは外見の雰囲気だ。わずか数分のCMでも人物設定を詳細に決めるという。CMの流れにはまったく関係ないのに、年齢や職業とかな。そうすることで切り取った映像に立体感がでるということだ。
 物語りのあるヒトはカリスマ性を感じるね。むろん色気もふんだんにある。自分の中のストーリーを大切にすることだ。

 その物語の世界、自分の知らない世界、それを知りたくなるとヒトは扉を開けたくなるんだ。運よく入れた。他の誰かが入ってこれないように後ろ手に扉を閉める。そしてその世界を隅々まで探索する。

 さて、ここに問題がある。閉鎖された空間はやがて息苦しくなる。そこに同化するには無理がある。養分として干からびて消滅することもあれば、異物と認識されて排除されることもある。臓器移植患者が拒絶反応を抑えるために生涯にわたり薬を飲むように、同化を望むのであれば何らかのケアが必要だ。

 これは恋愛にもとどまらない。就活の際定着率を参考にすると思うが、ホワイト企業ですら人材流動化はある。むしろ企業を活性化させるといわれている。程度にもよるがな。
 若者の閉塞感、息苦しさも、前世代がつくりあげた社会の中で、まあ、生け簀にたくさん放り込まれた稚魚が大きくなり、酸素不足であっぷあっぷしている状態ともいえる。

 前世代だけを非難するのは簡単だ。生け簀にいなかったら、生きていられなかったんだから。
 だからキミタチも空気が薄くなったと感じたら、他の空気を吸い込むことだ。物理的な変化、旅行や運動。見聞を広めたり、本を読んだり、心の旅にでるのもいい」

 扉が閉じる。

 相手の世界に入ってみたくて扉を開ける。だが悲しいかな、背後で扉がパタンと閉まったとたん、終わりが近づいてくる。少しずつ、ゆっくりと、蝕まれるように息苦しくなる。閉塞感にとらわれる。飲み込まれなかったとしても倦んできたりする。

 同化のプロセスはどうなっているか。己れは、自我はどうなる。意識下で喰うか喰われるかの攻防にドーパミンはドクドク流れ、自分を見失っていく。個と個の激しいぶつかりあいは陣地争いのように熾烈を極める。その異常な精神状態を愛と呼ぶものもいる。
 ふくらみすぎた感情は性愛にてはじけ、やがて収束する。そういう意味では惹かれあった者どうしは、必ずセックスしなければならない。いや、した方が健全なのだ。

 伸は黒板にサークルをいくつか描いた。「先ほどの恋愛における関係性を図で描いてみた。異論もあるだろうが、とりあえず考えてみた」

 小さな円を内側に抱えた大きな円を指し、「これが同化だ。従来の価値観だ。夫唱婦随、メンヘラ、ヤンデレ等、要するに愛は惜しみなく奪う、という奴だな。まあ、共同作業でどんどん部屋を大きくするのも手だ。ヒトの細胞に取り込まれたミトコンドリアのような共生という形もある」

 続いて、円と円の一部がくっついているものを指す。「これは友達カップルだろう。個々の世界は自立しているが、お互い伴奏しあってる。ある意味理想的かもしれない。とはいえ、どこでジョイントするかだな。物理的に身体の一部なのか、」
 教室からクスクスと笑い声が漏れる。こういうのは男女ともに反応がいい。真面目に話しているのだが。

「キミたちが何を想像しているかよくわかるが、そうだな、セフレなんかもこれに該当するか。お互いが個を確立しているという意味では健全なんだが、心の距離感を重視する現在の価値観においてはイレギュラー扱いだろう。心だけでジョイントした場合、レスになる可能性もある。

 壁のように広い範囲、金属の溶接のように結合した場合は、うまく行くパターンかもしれない。とは言え、互いに互いをリスペクトする姿勢がなければ長続きしない。結合する範囲が広いからといって同化ではない。独立する存在だ。察する文化はこの際、捨てることだ」

 次が離れた円同士。「まあ、これはかなりフレキシブルなパターンだな。お互いに、時々訪問しあうようなものだ。ポリアモリータイプかもしれない。ポリアモリーは関係者全員の同意が必要とされているが、個人的には、自分がポリアモリーと公言するだけでいいんじゃないかと思う」

 伸はぐるりと教室を見渡し、「何でもそうだが、正解はひとつではない。願わくばキミたちが同じパターンの人とご縁があることを祈ってる」

 柏木と別れた後、菜穂は雄太との問題にケリをつけようと思っていた。従来の価値観。前世代が連綿とつないできた家族のかたち。それは今後も残っていくだろう。そういうもんだと思っていた。
 でも、と思う。菜穂はどうしてもそれを許容できない。

 なぜ女が合わせなきゃいけないの?女でなくても、なぜ相手に合わせなきゃいけないの?合わせることが愛なの?自分がすり減っていくのがホントの愛なの?

 自分は本当に雄太を愛しているのだろうか。好きだと思う。大事な人だと思う。それは愛なのか。ただ、熱量のちがいに戸惑っているだけなのか。

 愛がわからない。

 仮に愛していたとして、裏切った自分の気持ちはどう説明できるのだろう。
 雄太が浮気した過去があるから。
 少しずつ結婚に向けて外堀を固めていく雄太が重く感じるから。
 若い時は過ちを犯しがちだから。
 まだ本当の愛を知らないから。
 ポリアモリーなのか。雄太の世界で物足りなかったから。窒息しそうだったから。
 遊びと本気の境界とは?

 複数愛でありながら、夫婦の絆がしっかりある人がいる。絆とは何なんだ。絆をつくりあげる過程こそがユニーク化の絶対条件なのだろうか。
 愛という言葉に踊らされている。

『愛おしいと思えるかどうか』

 柏木の言葉がふと浮かんだ。自分のどこが良かったのだろう。いくら愛の言葉をささやかれても、素直に受け取れなかった。

 恐らく言葉通りの自分は、自分でないと感じているからなのだろう。女神なんかじゃない!!
 ただの人を女神に見せてしまう恋愛マジックとは、愛とはいったい何なのだ。

 自分に向き合うことも大事だが、相手にも誠実に向き合わねばならない。
 どこまで話し、何を話さなくていいのか。引かれるのはヤダ。罵倒されるのも憎まれるのも哀しい。

 いい女と思われたくて体裁を取り繕うとする自分にも呆れる。ダブスタだ。
 これを乗り越えたら、雄太との絆が深まる?

 強固な絆ができるまで、いったい何回踏み絵を踏めばいいのだろう。
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