死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第15話〜崩れかけた秤の上で〜

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 塔の最上階から見下ろす視界の中――
 赤い光のような軌跡が、北東の森を抜けて突き進んでくる。

 それは、崖地沿いの“隘路あいろ”。
 本来なら、誰も通れないとされていた自然の防壁だった。

 だが今、その道を――
 魔物たちが、まるで風のように、一直線に駆けてくる。 

 もし抜かれれば、塔の一階。
 そこに避難している、武器を持たない人々にも……牙が届いてしまう。
 

(……リリィ、無茶だけはするなよ……)

 先ほど駆けていったばかりの、北東の裏手。
 視線を向けたその先に、もうあの小さな影はなかった。

 十体だ。
 一人で止められるわけがない。
 そんなことは、最初から分かっていた。 

 それでも、今、動かせるのは、一人だけだった。
 苦渋の選択だった。

 塔の真下――
 タワーシールド隊が、必死に魔物を押しとどめているのが見える。

 

 巨体に盾を叩きつけ、汗と声を振り絞りながら、なんとか持ちこたえていた。

 

(……あと数人、北東側に回せたら……)

 

 そう考えた瞬間、盾の一枚が傾き、
 魔物の爪がぎりぎりで食い込む。

 

 仲間が叫び、即座に補助に入る――

 

(……ダメだ! セリアの言ってた通りだ。余裕なんて、ひとつもない)

 

 前線の均衡は、すでに限界に近い。
 誰か一人でも抜ければ、その隙から一気に崩れる。

 

 塔の下が崩れれば、この防衛戦は終わる。
 塔が破られれば、村全体が終わる。

 

 ――なら、投石器は?

 

 視線を南に走らせる。
 だが、答えはすぐに出た。

 

(無理だ……!
 急造の投石器は南側に固定されてる!
 砲台を回す機構なんて、最初から作られてない!)

 

 そもそも、設置位置も方向も“南からの進攻”を想定して組んだものだ。
 北東の敵なんて、狙えるわけがない。

 

 焦りが喉を締めつける。
 赤い軌跡が、視界の隅で――
 北東の林をすり抜けていく。

 どうする……どうする……!

 このままじゃ、間に合わない。
 裏手の小道を抜ければ、
 塔の一階はすぐそこ――

 武器を持たない人々が、逃げ場もなく身を寄せている。

――守りきれるのか?

 

 このままでは――

 

「ルノス様」

 

 不意に、背後から声が届いた。
 振り返れば、吊った腕を庇いながら、セリアがすぐそこにいた。

 

「……あなたにしか、できないことはありませんか?」

 

 その声は静かで、強い。

 

「私は、戦況を読むことはできます。
 けれど、あなたは……それだけじゃない力を持っているはずです」

 

「……俺にしか、できないこと……?」

 

 胸が、かすかにざわめく。

 

 思い浮かべるのは、
 あの遺跡で手にした力――

 

 だが。

 

(いや、でも……)

 

 それは、戦うための力じゃなかったはずだ。

 

 地図のような情報ウィンドウ、
 スキルの取得――
 確かに普通ではないものだが、直接、攻撃できるわけじゃない。

 

(俺にできることなんて……本当に、あるのか?)

 

 しばし黙ったまま、思考を巡らせる。

 

 セリアは何も言わずに、ただじっとこちらを見ていた。

 

(でも……)
(本当に、何もないか?)

 

 あのとき手に入れたスキルのひとつ。
 当初は村づくりに使うつもりだった。

 

 戦闘で使うなんて、考えたこともなかった。

 

(だが――使い方次第では……)

 

「……いや、待てよ」

 

 小さく息を呑む。

 

 もしかしたら、やれるかもしれない……

 

(完璧じゃなくてもいい。足止めさえできれば……!)

 

 指先に、ほんのわずかに力が入る。

 

 まだ、終わってない。

 

「セリア……ありがとう」

 

 そう告げると、彼女は静かに微笑んだ。

 

 何も聞かず、ただ、こちらの決意を受け止めてくれるように。

 

 ――俺にしかできないことが、確かにある。

 

 戦えるわけじゃない。
 けれど俺は――こんなところで、足を止めるわけにはいかない。

 

 帝国にすべてを奪われて、生き残った理由さえ分からないまま、ここまで来た。

 

 それでも、何のために立ち上がったかくらい、俺は忘れていない。

 

 俺は這い上がる。

 

 ここから。
 この村から。
 この手で築きあげた力で。

 

 その先で、必ず――すべてを取り戻す。
 あの夜、理不尽に奪われたものすべてに、報いを果たすために。

 

 だから今は、立ち止まってる暇なんてない。
 こんな段差で躓いている場合じゃない。

 

 俺は――やってやる。

 

 この村を、絶対に守りきる。


◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
更新は【明日12:05】を予定しております。
ぜひ続きもご覧ください。

よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。

続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。

◆◇◆ 後書き ◆◇◆
お読みいただき、ありがとうございました!

塔の上から見える景色は、味方の奮闘と、絶望の一歩手前でした。

動かせる兵力ゼロ。投石器は回らない。タワーシールド隊はギリギリ。
――どうするルノス!どうする主人公!

そんな中で、ようやく「主人公らしい」顔をしてくれました。
セリアに言われるまで完全に頭抱えてたけどな!
ありがとうセリア、今回も安定の有能。

◆次回:託された矢

彼に「託された矢」が、ちゃんと届くかどうかは――
あるひとりの“狩人”にかかっています。

そう。
次回は、【リリィ視点】でお届けします。
あの震える手が、どこまで届くのか。
一矢報いるその瞬間、どうぞお見逃しなく!

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