死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第16話〜託された矢〜

 あの人は、私の名前を呼んだ。


 大勢の叫びと、盾がぶつかり合う音が響く中でも――
 塔の最上階から、真っ直ぐに。
 

 「リリィ! リリィ、いるか!」


 反射的に窓を開けて、顔を上げる。
 そして、塔のてっぺんから見下ろしてくるその人と――目が合った。 


 領主様だった。

 

 こんな時なのに、不思議と胸が温かくなる。
 ――でも、すぐに張りつめた声が、現実に引き戻した。

 

 「北東から魔物が十体――崖沿いの道を回って、この塔を目指して突っ込んでくる!」

 

 言葉の意味を理解した瞬間、体がこわばる。

 

 「裏手の丘なら、一瞬だけ射程に入る。そこに立てるのは……リリィしかいない!」

 

 目を見開く私に、続けざまに声が投げられる。

 

 「リリィの腕を、信じてる。狩人としての目と、勘と、判断……全部だ!」

 

 信じてる。――その言葉が、胸に焼きついた。

 

 「少しでもいい。奴らの足を止めてくれれば、それだけで助かる!」

 

 (……足止め、私に……?)

 

 「敵の動きを見て、いけると思ったら――撃つんだ!
 ただし――絶対に無理はするな!
 ……生きて帰ってこい。何があっても、命だけは優先してくれ!」

 

 最後の言葉は、命令でもあった。
 そして――どこか、祈るような響きだった。

 

 私は、小さく頷くと、矢を収めて塔を飛び出した。

 

 (……こんな私が、足止めなんて……)

 

 走りながら、何度も喉の奥が詰まりそうになった。
 けれど、領主様の言葉が、耳から離れない。

 

 ――「リリィの腕を、信じてる」

 

 あの人が、私を見て、言ってくれた。
 あれだけの人が戦ってる中で――
 私を、「選んでくれた」。

 

 (……だったら、やらなきゃ)

 

 私は、狩人。
 戦うためじゃなく、食べるために獲物を狩ってきた。

 けど今は――
 村を、仲間を守るために、引き絞る。

 弓なら……私にも、やれる。


 怯えてばかりじゃ、ダメだ。

 

 走って走って、裏手の丘へとたどり着く。
 まだ魔物の姿はない。


 丘の上から、小道と、その向こうにある林が見える。
 あそこを抜けたら、まっすぐ塔までたどり着いてしまう。

 どうする……どうやって止めればいい?
 弓で止めるって言ったって、たった一本の矢で?

(少しでもいい。足止め……そう、ほんの数秒でも遅らせられたら、それで)

 視線を上げると、近くの木が目に入った。

 枝は太く、登れそうだ。葉も茂っていて、身を隠すのにも向いている。

 木の上なら、狙いもつけやすい。

 私はためらわずに、木に手をかけた。
 静かに、慎重に登っていく。

 枝の陰に身を伏せ、弓を構える。
 あとは、魔物が射程に入るのを待つだけ――

(……こわい)
 でも……あの人が、信じてくれたんだ)

 遠くで、塔の方から怒号が響いてくる。
 金属がぶつかる音。誰かの叫び。

(あんなにたくさんの魔物を相手にしてるのに……みんな、立ってる。戦ってる。
……だったら、私もやらなきゃ)

 弓を握る手に、ぐっと力がこもる。

(私がここで、一瞬でも止められたら――それが、誰かの命を救えるかもしれない)

 息を整えながら、そっと呟くように思う。

「……私は、狩人だ」

「そして今は――村の盾だ」

絶対に、やり遂げる。


◇ ◇ ◇

 丘の上、木の枝の上。

 葉に隠れるように身を伏せ、弓を構えたまま、私はじっと息を殺していた。

 空はまだ明るい。でも雲が厚く、森の影は深い。
 どこか、空気が重たく感じられた。風の向きも落ち着かず、枝がときおり軋む。

(……まだ、来ない)

 魔物の姿は見えない。けれど、空気が――ざわついている。

 鳥が、飛び立つ。
 地を這うような、ざらりとした気配が、草木を撫でていく。

(来る)

 そのときだった。林の奥、小道の先に、何かが動いた。

 最初は、ひとつの影。
 それが、ふたつ、みっつ――次々に、姿を現す。

 黒く、素早い影。
 狼のような、けれど明らかに異質な気配を纏った存在。

 ――魔物だ。

 その数は、十。
 どれもが同じような大きさ、同じような形。ばらばらに動くかと思いきや――全員が、一列になって走っている。

(列になってる……?)

 まるで、訓練された兵士のようだった。
 一糸乱れぬ隊列。無駄のない動き。まっすぐに、塔だけを目指している。

 それが、異様で――正直、怖かった。

(あんなのが十体、止められるわけない)


 手の中の弓が、冷たく感じた。

 射っても、止まらない。数が多すぎる。
 しかも一直線に突っ込んでくる。

 あの速さじゃ、
 一発じゃ足を止められない――
 このままじゃ、一気に抜かれる。

(でも、止めろって……言われた)

 信じるって、言ってくれた。
 私しかいないって。託された。

(……じゃあ、考えなきゃ)

 息を殺して、動きを観察する。
 彼らの足音。呼吸。肉の揺れ。地面を蹴るリズム。

(――一糸乱れず、か)

 その時、ふと――
 胸の奥に何かが浮かび上がった。

 閃き、というよりは、気づき。

 魔物の「綺麗すぎる動き」が、逆に――
 「隙になる」かもしれない。

(……いけるかも)

 言葉にせず、思考だけが研ぎ澄まされていく。

 この動きなら、うまくいけば――
 いや、うまくやれば、可能性はある。

 私は、ひとつだけ息を吸って、
 静かに矢をつがえた。

 (信じて。任せてくれた。
  だから――やるしかない)

 あの時、あの人は、言った。

 〈お前の腕を、信じてる〉と。

 私は、弓を構えた。
 指先に、少しだけ汗が滲む。

(いける)

 私のやり方で。
 私にしかできない方法で。

(これしかない)

 そして――

 リリィは、深く、深く、息を吸った。

 目を、閉じる。
 恐怖も、緊張も、すべてを閉じ込めて。

 そして――開いた。

 視界の色が、変わった。

 世界の音がすっと遠ざかり、
 自分と獲物だけが、静かに残る。

 時間の流れが、少しだけ緩やかになる。

 枝の葉擦れも、空を行く風も、すべてが遠くに引いていく。

 今ここにあるのは――塔へと走る魔物たちの姿だけ。

 私は、わずかに身体を沈め、弓を引き絞った。
 狙いを定める。焦らず、静かに、深く。

 思考は澄んでいる。心も揺れていない。

 ここまでだ。
 あとは、放つだけ。

(……いくよ)

 ひとつ、呼吸を止める。

 そして、矢を放った。

 ――バシュッ。

 風を裂く音が、静寂を切り裂く。

 矢は吸い込まれるように、魔物たちの先頭――その足元へと飛んでいく。


 瞬間――
 先頭の魔物の足に矢が突き刺さる

 〈ガッ〉

 小さな音がして、先頭の魔物が、前のめりにぐらりと傾いた。

 わずかなよろめき。
 けれど、それだけで充分だった。

 隊列のすぐ後ろにいた二体目が、急に減速した仲間に反応しきれず、勢いよく突っ込んでしまう。

 その衝撃で、さらにその後ろの魔物たちが――

(……止まった)

 まるで、川の流れに石を放ったように、動きが崩れていく。

 後続の魔物たちは止まりきれず、前へ、前へと詰まりながら、玉突きのように何体も重なり倒れ込んだ。

 土煙が、ふわりと舞う。

 私は、それを見下ろしながら――胸の中で、強く拳を握っていた。

(……やった!)

 ほんの一瞬。
 けれど、たしかに「止めた」。

 震えるような達成感に、思わずガッツポーズをしそうになって――

 すぐに、息を呑んだ。

 魔物たちの視線が、一斉にこちらを向いた。

(……まずい)

 ばれた。

 矢の軌道を、音を――察したのだ。

 魔物たちが、塔を目指す動きを止め、こちらへと首を向ける。
 鼻を鳴らし、耳を立て、じり、と足を踏み出す。

 まっすぐ、こちらへ。

(ダメ、動いちゃ――)

 私は木の枝の影に身を伏せ、息を殺した。

 目を閉じ、耳を澄ます。
 心臓が、喉元で跳ねている。

(やばい、やばい、やばい……!)

 足音が近づく。
 枝がきしむ。下の茂みを、鼻先で探るような音。

 ――あと、ほんの少し。

 あと一歩で、ここまで――

 その時だった。

 魔物たちが、ぴたりと動きを止める。

 まるで誰かに呼ばれたように一斉に塔に顔を向け、
 何事もなかったかのように、走り出していった。

(え……?)

 しばらく、私は動けなかった。

 枝に身を伏せたまま、ただ呆然と見つめる。

(……助かった?)

 緊張の糸が、ぷつりと切れる。

 肩が震える。
 喉が、かすかに鳴った。

(止めた……ちょっとだけ、でも)

 ほんのわずかの間。
 けれど、たしかに時間を稼げた。

 足はまだ動かない。
 腕も、震えている。

 でも、それでも――

(あの人なら、きっと……)

 私は、そっと目を閉じた。

 塔の方角へと消えていった魔物たち。
 その向こうで戦うみんなが、無事でありますように――
 そう、祈るように願った。




◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆

本日は、予定より少し早めに更新させていただきました!

次回以降も、更新は【12:00】を目安に進めてまいりますが、
今後も余裕がある日は、なるべく早めの公開を目指そうと思っています。

どうぞ、引き続きお楽しみいただければ嬉しいです!

よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。

続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。

◆◇◆ 後書き ◆◇◆
お読みいただき、ありがとうございました。

今回は、リリィの視点で描かれた“弓の一矢”のエピソードでした。

たった一本の矢。
けれど、それを託されたことの重み。
信じられたことで、一歩を踏み出す勇気。

“狩人”という役割が、“盾”になる瞬間。
一本の矢で流れを変えた女の子の、小さな勇気。
ちょっとでも心に残ったら、嬉しいです。

◆次回:崩れる調律

リリィの放った矢が、相手の目にはどう映ったのか。
もう一つの“指揮”の視点から、戦場の空気が変わっていく様子を描いていきます。

それでは!
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