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第1章〜塔の上の指揮者〜
第3話・前編〜密室に揺れる火と声〜
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帝都──元老院、密室会議。
地上に知られることのない、地下の円卓の間。
「……来たか。彼女からの報告だな」
老議員のひとりが封を開き、読み上げる。
――《報告:対象の動向について》
現地における立場確立は順調。
影響力と支配力の広がりは、想定を超える速度で進行中。
民衆からの信頼獲得、集団運営能力、意思決定の迅速さにおいて
著しい成長が見られる。
また、以前より言及されていた「兆し」について。
任務遂行者である私にすら詳細は明かされていなかったが、
現地にてそれと見られる現象を確認。
実際の観測をもって、貴殿らが「覚醒」と称していた事象の一端を理解した。
現段階では未だ不安定であり、完全な発現には至っていないと判断する。
この段階で外部が不自然に動けば、器本人も敵対勢力も
こちらの観察と導線に気づくだろう。
それでは、自然な覚醒の流れを妨げ、敵に先手を与える危険がある。
私は最適な機を見極めている。
――貴殿らが“介入”するより前に、私は必ず結果を持ち帰る。
それまで、どうか連絡を“待て”。
――
報告の結びに、会議の空気がわずかに揺れた。
「……まるで、我々に指示を出しているような文面だな」
鋭い目をした壮年の議員が、鼻で笑う。
「慎重を装いながら、牽制してきている。あの女、油断ならん」
対する席で、老練な議員が小さく笑みを浮かべる。
「見事なものだよ。判断の鋭さと、文面ににじませた“計算”。
これほどまでに読み手を試す報告が、他にどれほどある?」
壮年の議員が、低く返す。
「実績だけで目を曇らせるな。
五十を超える任務を完遂しようと、これは例外かもしれん。
報告には核心がない。器の状態、敵対勢力の動向、兆しの詳細――
何一つ具体的なものがないじゃないか。これで判断しろと?」
「“見守れ”という言葉に、私は警戒を感じる。
それは判断放棄と紙一重だ」
そこで、主導者――白髪の老議員が、低く一言。
「やめろ」
老議員は机に手を置いたまま、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「信じる者も、疑う者も、それぞれ必要だ。
この場で統一する必要はない。
……我々は、それぞれの判断に責任を持てばいい」
沈黙が落ちる。
やがて、壮年の議員が静かに立ち上がった。
「ならば私は、“自分の目で確認”する」
椅子を押し、背を向ける。
「ご安心を。あくまで私的な視察だ。
……元老院に迷惑はかけない」
会議室の扉が、音もなく閉まった。
残された誰かが、ぽつりと呟く。
「……止めなくていいのか?」
老練な議員が応じる。
「干渉しない。それが、我々の不文律だ。
各々の任務には、各々の責任がある」
ふっと、わずかに笑みを浮かべて続けた。
「仮に外野が動いたとしても……彼女なら対処するさ。
これまでも、そうしてきた」
誰もそれ以上、何も言わなかった。
蝋燭の火だけが、静かに揺れていた。
その光のもと、封を解かれた一通の報告書が、
机の上に静かに横たわっていた。
地上に知られることのない、地下の円卓の間。
「……来たか。彼女からの報告だな」
老議員のひとりが封を開き、読み上げる。
――《報告:対象の動向について》
現地における立場確立は順調。
影響力と支配力の広がりは、想定を超える速度で進行中。
民衆からの信頼獲得、集団運営能力、意思決定の迅速さにおいて
著しい成長が見られる。
また、以前より言及されていた「兆し」について。
任務遂行者である私にすら詳細は明かされていなかったが、
現地にてそれと見られる現象を確認。
実際の観測をもって、貴殿らが「覚醒」と称していた事象の一端を理解した。
現段階では未だ不安定であり、完全な発現には至っていないと判断する。
この段階で外部が不自然に動けば、器本人も敵対勢力も
こちらの観察と導線に気づくだろう。
それでは、自然な覚醒の流れを妨げ、敵に先手を与える危険がある。
私は最適な機を見極めている。
――貴殿らが“介入”するより前に、私は必ず結果を持ち帰る。
それまで、どうか連絡を“待て”。
――
報告の結びに、会議の空気がわずかに揺れた。
「……まるで、我々に指示を出しているような文面だな」
鋭い目をした壮年の議員が、鼻で笑う。
「慎重を装いながら、牽制してきている。あの女、油断ならん」
対する席で、老練な議員が小さく笑みを浮かべる。
「見事なものだよ。判断の鋭さと、文面ににじませた“計算”。
これほどまでに読み手を試す報告が、他にどれほどある?」
壮年の議員が、低く返す。
「実績だけで目を曇らせるな。
五十を超える任務を完遂しようと、これは例外かもしれん。
報告には核心がない。器の状態、敵対勢力の動向、兆しの詳細――
何一つ具体的なものがないじゃないか。これで判断しろと?」
「“見守れ”という言葉に、私は警戒を感じる。
それは判断放棄と紙一重だ」
そこで、主導者――白髪の老議員が、低く一言。
「やめろ」
老議員は机に手を置いたまま、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「信じる者も、疑う者も、それぞれ必要だ。
この場で統一する必要はない。
……我々は、それぞれの判断に責任を持てばいい」
沈黙が落ちる。
やがて、壮年の議員が静かに立ち上がった。
「ならば私は、“自分の目で確認”する」
椅子を押し、背を向ける。
「ご安心を。あくまで私的な視察だ。
……元老院に迷惑はかけない」
会議室の扉が、音もなく閉まった。
残された誰かが、ぽつりと呟く。
「……止めなくていいのか?」
老練な議員が応じる。
「干渉しない。それが、我々の不文律だ。
各々の任務には、各々の責任がある」
ふっと、わずかに笑みを浮かべて続けた。
「仮に外野が動いたとしても……彼女なら対処するさ。
これまでも、そうしてきた」
誰もそれ以上、何も言わなかった。
蝋燭の火だけが、静かに揺れていた。
その光のもと、封を解かれた一通の報告書が、
机の上に静かに横たわっていた。
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