死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第3話・後編〜鍬と土が語り合うとき〜

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翌朝。
俺とセリアは、村の耕作地を見に出た。

 

昨日通した水は、夜のあいだにしっかりと地面を潤していたようだ。
畑の隅に立って土を踏むと、かすかに湿り気を感じる。

 

「ここが、もともと一番よく使われていた畑です。
 水路が枯れる前は、かなりの収穫があったと」

 

「よく知ってるな」

 

「当然です。こちらに来る前に、村の報告書類は一通り確認しています」

 

さらりと微笑むセリアに、思わず感心する。
――相変わらず抜け目がない。
俺が昨晩、水路の整備にかかりきりだったあいだに、村のことを頭に叩き込んでいたらしい。

 

そのとき、視界の隅に淡い光が走った。

 


《クエスト発生》
【クエスト名】耕す者に芽吹きを
【達成条件】枯れた土地と、くすぶる心――
その両方に、芽吹きの兆しをもたらす


 

(……来たな)

 

ふと、視線の先に人影が見えた。

 

「おう。あんたらか」

 

無骨な声とともに、鍬を担いだ男が現れる。
背は高く、腕も太い。

 

「ユルグ様……でしたよね?」

 

セリアが穏やかに声をかけると、男は頷いた。

 

「昨日のうちに、セリアさんから話は聞いた。
 上の方で水が流れたってな……まさか本当に通すとは思ってなかったが」

 

「まあ、やってみたら何とかなりました」

 

ユルグはそこで一瞬、目を伏せた。
そして、絞り出すように口を開く。

 

「……俺たちは、もうとっくに諦めてたんだ。
 何度も何度も、掘っては失敗して、水も戻らず……
 ただ時間と労力を無駄にしてきた。
 それを、来て早々、あんたは、たった一晩で通しやがった」

 

彼の声音には、驚愕と、深い感謝が滲んでいた。

 

「正直、信じられねぇよ。
 だが……感謝してる。本当に、ありがとう」

 

俺は静かに頷いた。

 

「今度は、この畑を少し整えようと思います」

 

その言葉に、ユルグがぐっと鍬の柄を握り直す。

 

「だったら……俺にも手伝わせてくれ。
 ここは、俺たちが諦めちまってた場所だ。
 でも、あんたが水を通してくれた。
 なら、今度は俺の番だ」

 

その真剣なまなざしに、俺も自然と口元がほころんだ。

 

「ありがとうございます。……ぜひ、お願いします」

 

一拍おいて、俺は小鍬を腰から抜く。

 

「でもその前に、ひとつ試してみたいことがあるんです。
 少しだけ、見ていてください」

 

――昨日の水路整備で手に入れたスキル、《農地整備》。
まだ確かな使い方はわからないが、感覚的には少し掴めてきた。

 

地面に立ち、意識を集中する。
土を見て、風の流れを感じ、鍬を握り直す。

 

呼吸を整えて、ゆっくりと一打目を振るった。

 

――ぐっ、と音もなく鍬が沈む。

 

硬いはずの土が、抵抗もなくほぐれる。
引き上げた鍬のあとには、ふっくらとした土の帯が残り、
そこだけがしっとりと色を変えていた。

 

「……?」

 

ユルグが眉を寄せて近づく。

 

「こりゃ、なんだ。掘っただけで、土の粒が崩れた……
 いや、空気が通ったのか?」

 

「俺にも、まだよく分かりません。
 ただ――うまくいく気はする」

 

もう一打、鍬を入れる。

 

枯れ草に埋もれていた小石や雑草が、自然と表面に浮き、手で取れる状態になった。

 

しかも、ただ表面が整っただけじゃない。
地下の土が、ゆっくりと呼吸を始めたような感覚がある。

 

腐葉土のような香りが鼻先をかすめ、
土の色が濃く、艶を帯びていくのがわかる。

 

「……まるで、誰かが何年もかけて手入れした畑の感触だ。
 昨日、ここはただの乾いた地面だったのによ」

 

ユルグが膝をついて土を握る。

 

確かに、手ごたえはある。
昨日通した水が地力を目覚めさせ、
そこに“整える意志”を重ねたことで、土が応えたのだろう。

 

(なるほど……
 このスキルは、土の中に眠っていた“営みの記憶”を引き出すような力なのか)

 

力ずくではなく、土地そのもののポテンシャルを呼び覚ます。
そう思いながら、鍬を握り直し、もう一打――また一打。

 

そうして俺は、日が昇りきる頃には一区画を耕し終えていた。

 

途中から、様子を見に来た数人の村人が手伝い始め、
気づけば黙々と草を払い、石を拾い、鍬を入れている。

 

俺は最後の一鍬を振るい、ふと顔を上げた。

 

一区画の畑が整い、土の匂いが変わった。
踏み締めた足の裏から、微かに湿った熱が伝わってくる。


◇ ◇ ◇

 

彼に「教えてくれ」と頼まれてから、数日が過ぎた。
相変わらず、ユルグは鍬を振り続けている。

 

「ちがいます。鍬の角度はもっと立てて。
 そう、肘を緩めずに――」

 

「――っ、なるほど。こうか……!」

 

ユルグの鍬が、乾いた地面を滑らかに割った。
手の動きが明らかに変わっている。

 

筋力だけでなく、土の質を見極めながら角度を調整する――“職人の動き”だ。

 

彼は農業経験者ではあったが、独学に近かったと聞く。

 

だが今は、水の引き方、畝の形状、種のまき方、苗の間隔――
一つひとつを俺の助言をベースに、自分なりの考えを加えはじめていた。

 

「……これは、自分で考えてですか?」

 

「ああ。前にあんたが言ってた、
“根が張る余地”ってのを思い出してな。
なら、ちょっと広めにとったほうがいいんじゃねえかって」

 

(……くそ、なんだこれ。胸が熱くなるじゃないか)

 

もはや彼は、俺が言葉にする前に畑の状態を読み、行動している。
この村において“自走する農業”を任せられる人材が、ここに育った。

 


《クエスト達成》
【クエスト名】耕す者に芽吹きを
【達成報酬】《スキル:農具製作技術》
農耕に必要な工具類の設計・製作に特化した技能。
素材や構造を理解し、実用的な農具を仕上げられる。


 

(……来たか)

 

また一つ、頭の中に“技術の核”が流れ込んでくる。

 

今度は、農耕に必要な基本器具――
鍬、鋤、土起こし用の刃物。

 

それらを“自分の手で”作るための知識と手順だった。

 

――この村に必要な道具は、自分で作れる。
それも、誰にでも扱える“実用品”として。

 

俺はその一本の鍬を見つめながら、そっと息を吐いた。
そして傍らで土を均していたユルグに、振り返る。

 

「ユルグさん、なんだかもう俺の出番、なさそうですね」

 

軽く言ったつもりだったが、ユルグは鍬を止めてこちらを見た。

 

「そりゃそうだ。
 最近は、あんたが何も言わなくても、
 土のほうが先に話しかけてくる気がするんだよ」

 

「ほう……土と会話を始めたんですか?」

 

「おう。毎朝、『今日はこう耕せ』ってな」

 

俺はふっと笑って、言葉を返す。

 

「全く、人使いの荒いわがままな土ですね」

 

ユルグはわははと豪快に笑った。

 

「いえてるな。……ま、実際に聞こえるわけじゃねぇけどよ。
 それくらい、手が自然に動くようになったのは確かだ。……本当に感謝してる」

 

俺も自然と笑みを返す。
こうして冗談を言い合えるようになったことが、少し誇らしかった。

 

そして、鍬を見ながら、あらためて口を開く。

 

「ユルグさん。今後の話なんですが……
 もし可能なら、農地をもう少し広げてもらえないでしょうか」

 

ユルグは鍬を杖のように立てたまま、しばらく考えていたが、
やがてゆっくりと頷いた。

 

「ああ。やれねぇことはねぇよ。
 けど――人手と農具が足りねぇな」

 

「人手については、私が手配します。
 必要であれば少し無理も通します」

 

不意に、背後から声がした。

 

「うわっ……セリア!?」

 

振り返ると、すぐそこにセリアが立っていた。
気づかないうちに近づいていたらしい。
まるで風のように――いや、影のように、だろうか。

 

「なあ、ちょっとは足音鳴らしてくれ。心臓に悪い」

 

俺がぼやくように言うと、セリアはすっと目を伏せて、小さく微笑んだ。

 

「……善処します。なるべく、ですけど」

 

「先程の話、人手の候補は数名、見当がついています。
 私のほうであたっておきますね」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

そこへ、ユルグも鍬を立て直しながら口を挟んだ。

 

「俺のほうでも、何人か声をかけてみるよ。
 年寄り連中でも、動けるやつはまだいる」

 

「心強いですね。お願いします」

 

ふたりに軽く頭を下げてから、話題を切り替える。

 

「それじゃ、農具のほうは……
 この村に、鍛冶ができる場所ってあるんでしょうか?」

 

ユルグはひと呼吸おいて、やや渋い顔を見せた。

 

「ああ、あるにはある。
 ただし、そこをやってる奴がな……
 今はもう鍛冶はやらねぇって言ってる」

 

「腕はあるけど、引っ込んじまってる感じですか」

 

「そうだな。昔はある村で評判の職人だったらしい。
 けど、今は誰の頼みも聞かねぇ。
 ふてくされてるっつーか……まあ、色々あったんだろうよ」

 

「そうですか……。でも、紹介だけでもお願いできますか?」

 

「それなら構わねぇ。
 お前さんなら、ひょっとすると――ってな」

 

ユルグの声には、わずかな期待がにじんでいた。
俺はあらためて礼を述べ、鍛冶場のあるという場所へ足を運ぶことにした。
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