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第9話 逃げ道が、前線になる
しおりを挟む依頼内容を見た瞬間、嫌な予感はしていた。
【街道沿い魔物発生調査・護衛付き】
【危険度:低】
低、って書いてある時ほど信用できない。これはもう経験則だ。
集合場所には、見知った顔が揃っていた。剣を担いだマイケル、軽装のエマ、そして重装鎧の大男――ジェフリー・ド・モントフォート。
「今回は護衛付きだ。問題ない」
ジェフリーが短く言う。声に自信がある。Aランク冒険者の自信だ。
「俺は後ろにいますから」
俺がそう言うと、マイケルが頷いた。
「分かってる。條は後方でいい」
それが、いつの間にか当然になっているのが怖い。
街道は静かだった。風が草を揺らし、鳥の声が遠い。だが、歩くにつれて空気が重くなる。
ピコーン。
【空気が淀んでいる場所で、肩が少し重くなる】
肩が、明確に重い。
「……止まった方がいい」
思わず口に出た。
「敵か?」
ジェフリーが即座に前に出る。エマは周囲を見回し、マイケルは剣に手をかけた。
その瞬間、茂みが揺れた。
魔物だった。四足の獣型。黒い毛並み、赤い目。数は、三。
「出るぞ!」
マイケルが前に出る。剣が閃き、最初の一体に斬りかかる。だが、二体目が横から跳んだ。
「右!」
エマの声が飛ぶ。ジェフリーが盾で受け止めるが、衝撃が重い。
俺は、動かなかった。いや、動けなかった。
ピコーン。
【不安な場所に近づくと、まばたきが増える】
視界が揺れる。前を見るのが怖い。だから、見ない。
視線を落とし、足元を見る。地面に、微妙な起伏がある。水を含んだ土。滑りやすい。
「……マイケル、前出すぎるな」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「え?」
「その位置、踏ん張れない」
次の瞬間、魔物が突進する。マイケルは反射的に踏み込んだ。足が、滑る。
「くっ!」
体勢が崩れたところを、ジェフリーが盾で押し戻す。
「條、今のは――」
「偶然です」
言い切る。偶然だ。見たくなかった場所を見ただけ。
ピコーン。
【古い地形に近づくと、喉が渇く】
喉が渇く。嫌な感じだ。俺は後退する。
「エマ、そっち下がるな」
「え?」
「風、止まってる」
次の瞬間、魔物が吐いた。瘴気だ。エマのいた位置に、黒い霧が広がる。
「……助かった」
エマが小さく言った。
戦闘は、数分で終わった。ジェフリーの盾、マイケルの剣で、魔物は倒れた。
誰も、俺を見ていなかったはずだ。なのに。
「後ろが、一番安全だったな」
ジェフリーが、ぽつりと言った。
「……はい?」
「いや。結果論だ」
その言葉が、重い。
帰路、誰も多くを語らなかった。ただ、距離感が変わった。俺を中心に、無意識に陣形が組まれる。
ギルドに戻ると、アルリックが待っていた。
「被害なし。消耗軽微。……数字が合わない」
眼鏡越しの視線が、俺を見る。
「君は、何をした?」
「後ろにいました」
事実だ。
アルリックは黙り込み、書類に何かを書き足した。
「……次から、配置を見直す」
それは命令だった。
その夜、宿で天井を見つめる。
戦っていない。指示もしていない。ただ、避けただけだ。
なのに、逃げ道が、前線になりつつある。
「まぁいっか」
そう呟いても、胸の奥が少しだけ、重かった。
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