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第8話 安全の基準がズレていく
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最近、ギルドに行く時間が少し早くなった。
理由は簡単だ。人が増える前に用事を済ませたい。視線を浴びるのが、どうにも落ち着かない。
それでも、扉を開けた瞬間に分かった。
「あ、これもう無理だな」
掲示板の前に、すでに人がいる。しかも、俺が近づくと、自然と道が空いた。
悪意はない。むしろ配慮だ。だから余計に、居心地が悪い。
掲示板を見る。
【事前安全確認】
【経路確認(非侵入)】
【危険度:なし】
紙の枚数が、明らかに増えている。しかも、まとめて貼られている。昨日まで三枚だったはずが、今日は七枚。
「増やすな」
誰に向けたわけでもなく、呟いた。
受付に行くと、昨日とは別の職員が対応した。だが、話は早い。
「今日はこちらから三件ほど、お願いできればと」
「選択肢は」
「危険度なしです」
選択肢になっていない。
最初の現場は、街の裏通りだった。使われなくなった倉庫と住宅の間にある、細い通路。通り抜け禁止の札が、斜めにぶら下がっている。
「ここを?」
「はい。入らなくて大丈夫です」
その言い方が、もうおかしい。
俺は通路の前に立ち、奥を眺めた。光が届かない。風が通らない。音が、変だ。
ピコーン。
【新しいスキルを取得できます】
「……はいはい」
最近、この流れにも慣れてきたのが嫌だ。
ピコピコピコ……ピコーン。
【スキル獲得】
【空気が淀んでいる場所で、肩が少し重くなる】
「肩こり?」
一見使えねぇ。体調の話ばかりだ。
「……待てよ?」
換気が悪い。埃やガスが溜まりやすい。つまり、長居すると危ない可能性がある。
「まぁ、気のせいでも困らないか」
俺は一歩も踏み込まず、通路を避けるように立ち位置を変えた。肩の重さが、少し和らぐ。
「ここ、通らない方がいいです」
案内役が、素早くメモを取る。
「理由は?」
「なんとなく」
それで通じるのが、もうおかしい。
次の現場は、古い橋だった。街の外れにかかる小さな石橋で、今はほとんど使われていない。
遠目で見ただけで、嫌な感じがした。表面は無事そうに見えるが、水面に落ちている影が歪んでいる。
「近づかなくていいですか」
「近づきません」
俺は橋の手前で止まった。
ピコーン。
【スキルが自動発動しました】
【不安な場所に近づくと、まばたきが増える】
視界が落ち着かない。橋を直視したくない。
「……今日は、渡らない方がいい」
それだけ告げて、引き返した。
最後は、依頼主の家だった。正確には、家の裏にある物置。
「中を見なくていいんです。扉の前で」
そう言われた時点で、嫌な予感しかしない。
案の定、扉の前に立っただけで、喉が渇いた。
ピコーン。
【古い建物に入る前、なんとなく喉が渇く】
「……揃い踏みか」
俺は扉に触れず、距離を取った。
「ここも、今日はやめた方がいいです」
依頼主は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「分かりました。専門の者を呼びます」
その日の夕方、橋は補修対象になり、通路は封鎖され、物置からは有害なカビが見つかったらしい。
全部、後から聞いた話だ。
ギルドに戻ると、空気が変わっていた。
「三件、全部か」
「やっぱりな」
「判断が早すぎる」
俺は何も言わず、報告を済ませた。
ピコーン。
【称号を獲得しました】
【安全基準の物差し】
「物差しって何だよ」
自分が基準になるのは、困る。
受付嬢が、少し困った顔で言った。
「最近ですね……“晴日さんが危ないと思わないなら大丈夫”って言われるようになってまして」
「それ、逆じゃないですか」
「……そうですね」
誰も否定しなかった。
ギルドを出て、夕暮れの街を歩く。
俺は、危険を見抜いているわけじゃない。ただ、近づかないだけだ。
なのに、その“近づかない”が、基準になり始めている。
「まぁいっか」
そう言いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
逃げ続けた先に、立ち止まる場所ができてしまった気がして。
理由は簡単だ。人が増える前に用事を済ませたい。視線を浴びるのが、どうにも落ち着かない。
それでも、扉を開けた瞬間に分かった。
「あ、これもう無理だな」
掲示板の前に、すでに人がいる。しかも、俺が近づくと、自然と道が空いた。
悪意はない。むしろ配慮だ。だから余計に、居心地が悪い。
掲示板を見る。
【事前安全確認】
【経路確認(非侵入)】
【危険度:なし】
紙の枚数が、明らかに増えている。しかも、まとめて貼られている。昨日まで三枚だったはずが、今日は七枚。
「増やすな」
誰に向けたわけでもなく、呟いた。
受付に行くと、昨日とは別の職員が対応した。だが、話は早い。
「今日はこちらから三件ほど、お願いできればと」
「選択肢は」
「危険度なしです」
選択肢になっていない。
最初の現場は、街の裏通りだった。使われなくなった倉庫と住宅の間にある、細い通路。通り抜け禁止の札が、斜めにぶら下がっている。
「ここを?」
「はい。入らなくて大丈夫です」
その言い方が、もうおかしい。
俺は通路の前に立ち、奥を眺めた。光が届かない。風が通らない。音が、変だ。
ピコーン。
【新しいスキルを取得できます】
「……はいはい」
最近、この流れにも慣れてきたのが嫌だ。
ピコピコピコ……ピコーン。
【スキル獲得】
【空気が淀んでいる場所で、肩が少し重くなる】
「肩こり?」
一見使えねぇ。体調の話ばかりだ。
「……待てよ?」
換気が悪い。埃やガスが溜まりやすい。つまり、長居すると危ない可能性がある。
「まぁ、気のせいでも困らないか」
俺は一歩も踏み込まず、通路を避けるように立ち位置を変えた。肩の重さが、少し和らぐ。
「ここ、通らない方がいいです」
案内役が、素早くメモを取る。
「理由は?」
「なんとなく」
それで通じるのが、もうおかしい。
次の現場は、古い橋だった。街の外れにかかる小さな石橋で、今はほとんど使われていない。
遠目で見ただけで、嫌な感じがした。表面は無事そうに見えるが、水面に落ちている影が歪んでいる。
「近づかなくていいですか」
「近づきません」
俺は橋の手前で止まった。
ピコーン。
【スキルが自動発動しました】
【不安な場所に近づくと、まばたきが増える】
視界が落ち着かない。橋を直視したくない。
「……今日は、渡らない方がいい」
それだけ告げて、引き返した。
最後は、依頼主の家だった。正確には、家の裏にある物置。
「中を見なくていいんです。扉の前で」
そう言われた時点で、嫌な予感しかしない。
案の定、扉の前に立っただけで、喉が渇いた。
ピコーン。
【古い建物に入る前、なんとなく喉が渇く】
「……揃い踏みか」
俺は扉に触れず、距離を取った。
「ここも、今日はやめた方がいいです」
依頼主は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。
「分かりました。専門の者を呼びます」
その日の夕方、橋は補修対象になり、通路は封鎖され、物置からは有害なカビが見つかったらしい。
全部、後から聞いた話だ。
ギルドに戻ると、空気が変わっていた。
「三件、全部か」
「やっぱりな」
「判断が早すぎる」
俺は何も言わず、報告を済ませた。
ピコーン。
【称号を獲得しました】
【安全基準の物差し】
「物差しって何だよ」
自分が基準になるのは、困る。
受付嬢が、少し困った顔で言った。
「最近ですね……“晴日さんが危ないと思わないなら大丈夫”って言われるようになってまして」
「それ、逆じゃないですか」
「……そうですね」
誰も否定しなかった。
ギルドを出て、夕暮れの街を歩く。
俺は、危険を見抜いているわけじゃない。ただ、近づかないだけだ。
なのに、その“近づかない”が、基準になり始めている。
「まぁいっか」
そう言いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
逃げ続けた先に、立ち止まる場所ができてしまった気がして。
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