87 / 108
第3章 凡人は牙を研ぐ
第87話 嘘つき
しおりを挟む
「コレなら数時間でオームに着きます」
ワイバーンのスピードたるや。凄まじい勢いで広原を抜け、たった数分で海を眺める事ができた。
「……綺麗だ」
「なに? “うち”のこと?」
「夜景が――いえ、もちろんアストリッドさんもですけど!」
「はは、君は本当に素直やね。夜の海を眺めるなんて久しぶりやない?」
「海洋騎士団に入っていた時以来……でもまだ一年も経っていないのですけどね」
この数年は本当に怒涛の如く時が流れる。色々な出来事が起こり過ぎて、実感が無いというか。
「自分が今どこにいるのか、気をしっかり保たんと時間の波に流されてまうよ」
徐々に近づくテラドラックの海に、押し寄せては引き、引いては押し寄せる荒波が、まるで僕を探しているような気がした。
「君は時代を変えるんよ、バルト・クラスト。それが善か悪かは人によるだろうけど、君にとっては人生の岐路になる」
僕が時代を――まるで考えもしなかった言葉だけど、彼女の自信に満ち溢れた瞳には何か特別なものが見えてるのだろう。
「まっ、知らんけどねぇ」
「知らんのかい!」
「なかなかエエツッコミやねぇ。少しは元気が出てきたかな」
「はい、少しは」
「もうすぐ着きますよぉ。再会の準備しときや」
そうだ。
近衛騎士団長の手紙に書いてあった。『オーム領の警備隊副隊長〈ファン・ダグラス〉が戻ってきている。』と。
副隊長。
彼が今まで何処にいて、どんな経験をしたのか。想像を絶するものに違いはないけど、まずは一目見て安心したい。
そしてひとこと伝えたい。
「ありがとう」――と。
◇◇◇◇
場所は王都、王宮の離れにある別塔内。囚われの王女はどんよりと雲のかかった夜空を見上げていた。
バルトくんは無事に逃げ延びたでしょうか。
根回しは完璧。
……でも不安です。
今やお父様さえも兄上の言いなり。反王子派の貴族も処刑が決まり、残る希望は彼《バルト》しかいない。
「生きて――生きてください、バルトくん」
寂しき王女の声を掻き消すようにノックが響く。
「入るよ、シュリア」
その声に、溢れ出した涙を急いで拭った。
「体調は悪くないかい?」
「ええ、兄上」
兄妹の絆など初めから無かったかのような、重く冷たい壁がふたりの間にはある。
「バルト・クラストには逃げられたよ」
「そうでしょうね。憲兵団ごときでは、バルトくんを捕まえるなんて御伽話ですわ」
「君だね。シュリア」
「なんの話ですか? 兄上」
「いいや、良いんだ。君が彼を愛していることは知っている」
「“愛してる”――なんて、兄上に分かりまして?」
ユーア王子は妹の煽りにも顔色ひとつ変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
「明朝、オーム領に騎士を向かわせる」
「なんですって!?」
「あぁ、君が誰かさんに伝えたとしても、それは無駄足になるだろうね。もし抵抗するようなら、反逆罪でその場で処刑せよと言ってある」
「……それをお父様は、国王陛下は認めたというのですか!!」
「もちろん承認済みだ。オームの民が速やかにバルト・クラストを差し出せば良い話じゃないか」
「我が国の優秀な騎士たちをそんなことに使うとは!」
「そんなこととは心外だね。バルト・クラストは罪人だ。王家に逆らった反逆者だ。ならば、その者を匿う民は全て反逆者だ!」
ユーア王子は声を荒げ、手に持っていたグラスを割った。
「おっと……柄にも無いことをしてしまったね。驚かせてすまない」
「兄上、貴方は――」
「今晩はこの辺りにするよ。夜更かしは身体に障るからね」
ゆっくりと部屋の扉が閉まるのを見届けてから、シュリア王女はいつもの合図を出す。
「此処に……」
闇から姿を現した銀色の光。それは王家を護る最後の光。鍛えられた肉体と洞察力、そして決して消えることのない忠誠心は正に精鋭。
「すぐに伝えてください。オーム領が危険です」
「はっ」
「苦労をかけますね。フィン」
「いえ、我が【銀の騎士団】は王女殿下のため――」
「嘘よ。彼のためでしょ?」
「……これにて」
銀の光はまた闇へと消えていく。
「あぁ――私《わたくし》の知る兄上はもう居ないのですね」
そう呟くと、寂しき王女はまた、暗雲を見上げるのだった。
ワイバーンのスピードたるや。凄まじい勢いで広原を抜け、たった数分で海を眺める事ができた。
「……綺麗だ」
「なに? “うち”のこと?」
「夜景が――いえ、もちろんアストリッドさんもですけど!」
「はは、君は本当に素直やね。夜の海を眺めるなんて久しぶりやない?」
「海洋騎士団に入っていた時以来……でもまだ一年も経っていないのですけどね」
この数年は本当に怒涛の如く時が流れる。色々な出来事が起こり過ぎて、実感が無いというか。
「自分が今どこにいるのか、気をしっかり保たんと時間の波に流されてまうよ」
徐々に近づくテラドラックの海に、押し寄せては引き、引いては押し寄せる荒波が、まるで僕を探しているような気がした。
「君は時代を変えるんよ、バルト・クラスト。それが善か悪かは人によるだろうけど、君にとっては人生の岐路になる」
僕が時代を――まるで考えもしなかった言葉だけど、彼女の自信に満ち溢れた瞳には何か特別なものが見えてるのだろう。
「まっ、知らんけどねぇ」
「知らんのかい!」
「なかなかエエツッコミやねぇ。少しは元気が出てきたかな」
「はい、少しは」
「もうすぐ着きますよぉ。再会の準備しときや」
そうだ。
近衛騎士団長の手紙に書いてあった。『オーム領の警備隊副隊長〈ファン・ダグラス〉が戻ってきている。』と。
副隊長。
彼が今まで何処にいて、どんな経験をしたのか。想像を絶するものに違いはないけど、まずは一目見て安心したい。
そしてひとこと伝えたい。
「ありがとう」――と。
◇◇◇◇
場所は王都、王宮の離れにある別塔内。囚われの王女はどんよりと雲のかかった夜空を見上げていた。
バルトくんは無事に逃げ延びたでしょうか。
根回しは完璧。
……でも不安です。
今やお父様さえも兄上の言いなり。反王子派の貴族も処刑が決まり、残る希望は彼《バルト》しかいない。
「生きて――生きてください、バルトくん」
寂しき王女の声を掻き消すようにノックが響く。
「入るよ、シュリア」
その声に、溢れ出した涙を急いで拭った。
「体調は悪くないかい?」
「ええ、兄上」
兄妹の絆など初めから無かったかのような、重く冷たい壁がふたりの間にはある。
「バルト・クラストには逃げられたよ」
「そうでしょうね。憲兵団ごときでは、バルトくんを捕まえるなんて御伽話ですわ」
「君だね。シュリア」
「なんの話ですか? 兄上」
「いいや、良いんだ。君が彼を愛していることは知っている」
「“愛してる”――なんて、兄上に分かりまして?」
ユーア王子は妹の煽りにも顔色ひとつ変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
「明朝、オーム領に騎士を向かわせる」
「なんですって!?」
「あぁ、君が誰かさんに伝えたとしても、それは無駄足になるだろうね。もし抵抗するようなら、反逆罪でその場で処刑せよと言ってある」
「……それをお父様は、国王陛下は認めたというのですか!!」
「もちろん承認済みだ。オームの民が速やかにバルト・クラストを差し出せば良い話じゃないか」
「我が国の優秀な騎士たちをそんなことに使うとは!」
「そんなこととは心外だね。バルト・クラストは罪人だ。王家に逆らった反逆者だ。ならば、その者を匿う民は全て反逆者だ!」
ユーア王子は声を荒げ、手に持っていたグラスを割った。
「おっと……柄にも無いことをしてしまったね。驚かせてすまない」
「兄上、貴方は――」
「今晩はこの辺りにするよ。夜更かしは身体に障るからね」
ゆっくりと部屋の扉が閉まるのを見届けてから、シュリア王女はいつもの合図を出す。
「此処に……」
闇から姿を現した銀色の光。それは王家を護る最後の光。鍛えられた肉体と洞察力、そして決して消えることのない忠誠心は正に精鋭。
「すぐに伝えてください。オーム領が危険です」
「はっ」
「苦労をかけますね。フィン」
「いえ、我が【銀の騎士団】は王女殿下のため――」
「嘘よ。彼のためでしょ?」
「……これにて」
銀の光はまた闇へと消えていく。
「あぁ――私《わたくし》の知る兄上はもう居ないのですね」
そう呟くと、寂しき王女はまた、暗雲を見上げるのだった。
8
あなたにおすすめの小説
『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』
KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。
ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。
目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。
「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。
しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。
結局、悠真は渋々承諾。
与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。
さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。
衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。
だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。
――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる