86 / 108
第3章 凡人は牙を研ぐ
第86話 仲間の手
しおりを挟む
「どこに行った!?」
「そう遠くは入っていない。虱《シラミ》潰しに探せ!」
暗闇を掻き分けるように走る。すぐ背後には、王国憲兵団が血眼になって僕を探していた。
これでは、まるで罪人じゃないか。
いやまぁ罪人ではあるんだろうけど……。
執拗に追われる理由は王子の勅命だから。それでも、近衛騎士団からの追っ手が少ないのは騎士団長が留めていてくれているからだろう。
「でも、これではジリ貧だよな」
オーム領まであと半分といったところ。憲兵団の捜索隊は徐々に増えてきているように感じる。
――パキッ。
はあぁ、と大きく溜息を吐いた時、足元に落ちていた木の枝を踏んでしまった。
ヤバい……!
そう思った次の瞬間。
「ここに居たのか。随分探したよ」
逃げ場なんてない。
完全に詰んだと、恐る恐る見上げるとそこには懐かしい顔が見えた。
「カイエル……なのか?」
「おっ! 覚えていてくれたのかい?」
彼は騎士学校時代、寮の同室になったカイエル・クラリスコ。学内での接点はそれだけだったが、何ヶ月も同じ部屋で過ごしたのだ。忘れるわけがない。
「君も、僕を探しに――」
「おっと、ここじゃナンだから場所を移そう」
そう言って彼は僕の手を取ると、木々の間をスルスルと抜け、やがて小さな池の辺《ほと》りに連れ出した。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫だろう」
黒色のフードを取り、「あちぃ」と手で首元を仰ぐ仕草はあの頃と変わっていない。
「カイエル、君は僕を捕まえにきたんじゃないのか?」
「捕まえる? バルトを? なぜ?」
「なぜって……」
「君がしたことは正しい。騎士として、何より人間として、ね」
カイエルはクールビューティーな笑顔を向けて続ける。
「だからオレたちは君を守ると決めた。騎士として、友人として」
「カイエル……」
この笑顔、この言葉。御婦人に向けられたらトキメクこと間違いなし。
その後の話で、カイエルは騎士学校を卒業して竜翼騎士団へ入団。王国の空を守るべく働いていたが、持病である腰痛が悪化。それもあって、今は憲兵団の事務職へと配置転換されたらしい。
「これはまた変な経歴だね」
「君にだけは言われたくないな」
こうして笑い合っていると、あの頃に戻ったようで懐かしくなる。
「ところで、さっき俺たちって言ってたのは?」
「ああ、もうすぐ分かるよ――っと、ちょうど来たみたいだ」
カイエルの指さす先、夜雲に紛れて現れた一体のワイバーンからナニかが落ちてくる。
段々と姿が顕になってくると、ソレが人であると分かった。
「よぉっと……」
その人は、これまた懐かしい顔だった。
「やぁ、バルトくん。私のこと覚えてます?」
「もちろんですよ! アストリッドさん!」
「嬉しいわぁ。一度会っただけなのにねぇ」
やや関西訛《なま》りふうの彼女は、騎士学校Aクラス女性主席で、ダリオンの友人。そして、傭兵ギルド〈血の満月花〉のリーダーである。
彼女のことはダリオンから聞いていた。騎士学校を卒業した後、騎士の称号を返上し、傭兵ギルドへと戻った。学校や騎士上層部からは相当な“異端者扱い”をされたらしいが、本人は全く気にしてはいないらしい。
「ここからは私がご案内します」
「オレも着いて行きたいのは山々なんだけど、後処理があるからね。残念だけど彼女に任せるよ」
「ありがとう。でも、本当にいいの……?」
僕の問いに二人は顔を見合わせ、少し口角を上げた。
「そんな事聞く必要無いだろう。オレたちは君に賭けてるんだよ」
「カイエルさんはともかく、私は傭兵としてとある人に依頼を受けただけ。でもまぁ……賭けている、という点では同じかも知れません」
「そう、か……でも言わせて。ありがとう」
◇◇◇
「じゃあ、無事を祈ってるよ」
「私が一緒なんだから、無事に決まってるじゃないの」
そうして僕とアストリッドさんはワイバーンに乗り、地上で見送るカイエルが見えなくなるまで手を振り続けた。
「そう遠くは入っていない。虱《シラミ》潰しに探せ!」
暗闇を掻き分けるように走る。すぐ背後には、王国憲兵団が血眼になって僕を探していた。
これでは、まるで罪人じゃないか。
いやまぁ罪人ではあるんだろうけど……。
執拗に追われる理由は王子の勅命だから。それでも、近衛騎士団からの追っ手が少ないのは騎士団長が留めていてくれているからだろう。
「でも、これではジリ貧だよな」
オーム領まであと半分といったところ。憲兵団の捜索隊は徐々に増えてきているように感じる。
――パキッ。
はあぁ、と大きく溜息を吐いた時、足元に落ちていた木の枝を踏んでしまった。
ヤバい……!
そう思った次の瞬間。
「ここに居たのか。随分探したよ」
逃げ場なんてない。
完全に詰んだと、恐る恐る見上げるとそこには懐かしい顔が見えた。
「カイエル……なのか?」
「おっ! 覚えていてくれたのかい?」
彼は騎士学校時代、寮の同室になったカイエル・クラリスコ。学内での接点はそれだけだったが、何ヶ月も同じ部屋で過ごしたのだ。忘れるわけがない。
「君も、僕を探しに――」
「おっと、ここじゃナンだから場所を移そう」
そう言って彼は僕の手を取ると、木々の間をスルスルと抜け、やがて小さな池の辺《ほと》りに連れ出した。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫だろう」
黒色のフードを取り、「あちぃ」と手で首元を仰ぐ仕草はあの頃と変わっていない。
「カイエル、君は僕を捕まえにきたんじゃないのか?」
「捕まえる? バルトを? なぜ?」
「なぜって……」
「君がしたことは正しい。騎士として、何より人間として、ね」
カイエルはクールビューティーな笑顔を向けて続ける。
「だからオレたちは君を守ると決めた。騎士として、友人として」
「カイエル……」
この笑顔、この言葉。御婦人に向けられたらトキメクこと間違いなし。
その後の話で、カイエルは騎士学校を卒業して竜翼騎士団へ入団。王国の空を守るべく働いていたが、持病である腰痛が悪化。それもあって、今は憲兵団の事務職へと配置転換されたらしい。
「これはまた変な経歴だね」
「君にだけは言われたくないな」
こうして笑い合っていると、あの頃に戻ったようで懐かしくなる。
「ところで、さっき俺たちって言ってたのは?」
「ああ、もうすぐ分かるよ――っと、ちょうど来たみたいだ」
カイエルの指さす先、夜雲に紛れて現れた一体のワイバーンからナニかが落ちてくる。
段々と姿が顕になってくると、ソレが人であると分かった。
「よぉっと……」
その人は、これまた懐かしい顔だった。
「やぁ、バルトくん。私のこと覚えてます?」
「もちろんですよ! アストリッドさん!」
「嬉しいわぁ。一度会っただけなのにねぇ」
やや関西訛《なま》りふうの彼女は、騎士学校Aクラス女性主席で、ダリオンの友人。そして、傭兵ギルド〈血の満月花〉のリーダーである。
彼女のことはダリオンから聞いていた。騎士学校を卒業した後、騎士の称号を返上し、傭兵ギルドへと戻った。学校や騎士上層部からは相当な“異端者扱い”をされたらしいが、本人は全く気にしてはいないらしい。
「ここからは私がご案内します」
「オレも着いて行きたいのは山々なんだけど、後処理があるからね。残念だけど彼女に任せるよ」
「ありがとう。でも、本当にいいの……?」
僕の問いに二人は顔を見合わせ、少し口角を上げた。
「そんな事聞く必要無いだろう。オレたちは君に賭けてるんだよ」
「カイエルさんはともかく、私は傭兵としてとある人に依頼を受けただけ。でもまぁ……賭けている、という点では同じかも知れません」
「そう、か……でも言わせて。ありがとう」
◇◇◇
「じゃあ、無事を祈ってるよ」
「私が一緒なんだから、無事に決まってるじゃないの」
そうして僕とアストリッドさんはワイバーンに乗り、地上で見送るカイエルが見えなくなるまで手を振り続けた。
10
あなたにおすすめの小説
コンバット
サクラ近衛将監
ファンタジー
藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる