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第2章 テラドラックの怒り
第69話 病み期
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「ダリウス……」
勤務が終わり、兵舎に戻った僕は彼と2人きりで話していた。
しかし、彼は僕から目を背け、一向にこちらを見てさてくれない。それが何を意味するのか容易に理解が及んだ。
「スパイ、だね?」
憲兵団の仕事は辛く厳しいものだと聞いてはいたが、彼が僕のスパイをすることになるとは、騎士学校時代には考えもしなかった出来事だ。
「すまない。これも仕事のうちだ。でも、ボクは君を疑っているわけではなく、その疑いを晴らしにきただけなんだ」
憲兵団のやり方には各騎士団から様々な非難が寄せられている。事実、ダリウスが海洋騎士団に配属となった時の皆の反応がその証左だ。
「信じてくれとは言わない。だけど――」
「わかった。好きにしてくれ」
僕の彼に対する気持ちも、少しずつ変わり始めていた。
◇◇◇◇◇
それからしばらく、ダリウスは憲兵団としての任務を遂行し続けた。それは、僕やその周りの人物を監視すること。本来はバレてはいけない任務のはずだが、彼は大胆にわかりやすく、その任務を遂行した。
ようやく港の復興が進んだ頃、僕は海賊船を殲滅したことで王宮から勲章を得、更には昇進することとなった。
「ごきげんよう、バルト少尉」
王都での諸式が終った後、まるで運命かのように現れた彼女を見た時、この昇進はどうやら図られたものだと分かった。
「これはシュリア王女。ご無沙汰しております」
「そんな格式ばった言い方はやめてください。私と貴方の仲ではないですか」
色恋など一瞬に冷め切っていた。ダリウスがスパイだと分かったあの日から――。
「この後、お茶でも……」
「申し訳ありませんが、謹んでお断り申し上げます」
本当はこんなこと言いたくないはずなのに。
僕の心はひたすらに荒んでいた。
「最近、実家に顔を出していないそうじゃないかバルト」
団長室に呼び出された僕は、イザベラ海将から軽く説教を受けていた。いや、彼女からしたら雑談のようなものだったのかもしれないが、僕にとっては苦痛でしかなかったのだ。
「次の休みにでも――」
「そう言って休暇を頑なに取らないそうじゃないか。休むことは働くことより必要だぞ」
すっかり目尻の皺《シワ》が増えた我が海将の言葉に、返す言葉も無く、僕はすぐに休暇を取ることとなった。
◇◇◇◇◇
「ただいま……」
久しぶりに足を踏み入れた故郷は、何も変わらず前と同じ風景だった。無駄に大きな門には、それしか脳のない門番のザンジリさんがいて、横に並ぶ商店街も相変わらずだった。
「やっと帰ってきたか」
「おかえり」
「待っていたわよ」
今や遅しとまたくたびれたように3人の家族が出迎える。そんな彼らの笑顔を見た瞬間だった。
「ぼ、僕は、ぼくは……」
自然と涙が溢れていた。自分がなぜ泣いているのか、その理由さえわからぬままに、笑う3人の足元でえんえんと泣き崩れた。
◇◇◇◇◇
明朝、僕は早起きをして薪を割り、父が働く漁場で手伝いをした。あの頃の記憶と変わらぬままに、ただ愉しんだ。
「バルト、ようやく元気になったな」
「そう?」
兄さんは僕の1番の理解者だ。聞けば最近。婚約をしたらしい。いつの間にそんなことを覚えたのか。兄だが子どもを見る父のような気分になっていた。
「それで、プロポーズの言葉はいつ教えてくれるの?」
「教えるわけないだろう!!?」
焦る姿も可愛らしい。婚約者はきっと、彼のそういうところが好きなのだろうな。
「ったく……そういえば、トミヨ婆さんが怒ってたぞ。『顔も見せないで何様のつもりだい!』ってね」
「あ、ああ。すぐ行くよ」
この世で2番目に怖い人、トミヨ婆さん。1番目は母さんだけど、それよりも粘着質なのがトミヨ婆さんだ。
心して向かった先は、今にも崩れそうなトミヨ婆さんの自宅兼研究所。
「遅いんだよ!!!」
「す、すみません……」
扉を開けるや否やこの始末である。
「心の穴を塞ぐことに精一杯で――」
「ふん! 無い穴を塞ぐのはさぞ大変だろうね!!」
言い返す言葉も無かった。
勤務が終わり、兵舎に戻った僕は彼と2人きりで話していた。
しかし、彼は僕から目を背け、一向にこちらを見てさてくれない。それが何を意味するのか容易に理解が及んだ。
「スパイ、だね?」
憲兵団の仕事は辛く厳しいものだと聞いてはいたが、彼が僕のスパイをすることになるとは、騎士学校時代には考えもしなかった出来事だ。
「すまない。これも仕事のうちだ。でも、ボクは君を疑っているわけではなく、その疑いを晴らしにきただけなんだ」
憲兵団のやり方には各騎士団から様々な非難が寄せられている。事実、ダリウスが海洋騎士団に配属となった時の皆の反応がその証左だ。
「信じてくれとは言わない。だけど――」
「わかった。好きにしてくれ」
僕の彼に対する気持ちも、少しずつ変わり始めていた。
◇◇◇◇◇
それからしばらく、ダリウスは憲兵団としての任務を遂行し続けた。それは、僕やその周りの人物を監視すること。本来はバレてはいけない任務のはずだが、彼は大胆にわかりやすく、その任務を遂行した。
ようやく港の復興が進んだ頃、僕は海賊船を殲滅したことで王宮から勲章を得、更には昇進することとなった。
「ごきげんよう、バルト少尉」
王都での諸式が終った後、まるで運命かのように現れた彼女を見た時、この昇進はどうやら図られたものだと分かった。
「これはシュリア王女。ご無沙汰しております」
「そんな格式ばった言い方はやめてください。私と貴方の仲ではないですか」
色恋など一瞬に冷め切っていた。ダリウスがスパイだと分かったあの日から――。
「この後、お茶でも……」
「申し訳ありませんが、謹んでお断り申し上げます」
本当はこんなこと言いたくないはずなのに。
僕の心はひたすらに荒んでいた。
「最近、実家に顔を出していないそうじゃないかバルト」
団長室に呼び出された僕は、イザベラ海将から軽く説教を受けていた。いや、彼女からしたら雑談のようなものだったのかもしれないが、僕にとっては苦痛でしかなかったのだ。
「次の休みにでも――」
「そう言って休暇を頑なに取らないそうじゃないか。休むことは働くことより必要だぞ」
すっかり目尻の皺《シワ》が増えた我が海将の言葉に、返す言葉も無く、僕はすぐに休暇を取ることとなった。
◇◇◇◇◇
「ただいま……」
久しぶりに足を踏み入れた故郷は、何も変わらず前と同じ風景だった。無駄に大きな門には、それしか脳のない門番のザンジリさんがいて、横に並ぶ商店街も相変わらずだった。
「やっと帰ってきたか」
「おかえり」
「待っていたわよ」
今や遅しとまたくたびれたように3人の家族が出迎える。そんな彼らの笑顔を見た瞬間だった。
「ぼ、僕は、ぼくは……」
自然と涙が溢れていた。自分がなぜ泣いているのか、その理由さえわからぬままに、笑う3人の足元でえんえんと泣き崩れた。
◇◇◇◇◇
明朝、僕は早起きをして薪を割り、父が働く漁場で手伝いをした。あの頃の記憶と変わらぬままに、ただ愉しんだ。
「バルト、ようやく元気になったな」
「そう?」
兄さんは僕の1番の理解者だ。聞けば最近。婚約をしたらしい。いつの間にそんなことを覚えたのか。兄だが子どもを見る父のような気分になっていた。
「それで、プロポーズの言葉はいつ教えてくれるの?」
「教えるわけないだろう!!?」
焦る姿も可愛らしい。婚約者はきっと、彼のそういうところが好きなのだろうな。
「ったく……そういえば、トミヨ婆さんが怒ってたぞ。『顔も見せないで何様のつもりだい!』ってね」
「あ、ああ。すぐ行くよ」
この世で2番目に怖い人、トミヨ婆さん。1番目は母さんだけど、それよりも粘着質なのがトミヨ婆さんだ。
心して向かった先は、今にも崩れそうなトミヨ婆さんの自宅兼研究所。
「遅いんだよ!!!」
「す、すみません……」
扉を開けるや否やこの始末である。
「心の穴を塞ぐことに精一杯で――」
「ふん! 無い穴を塞ぐのはさぞ大変だろうね!!」
言い返す言葉も無かった。
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