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第1話 発情期を隠して
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軍属の隔離施設には、乾いた靴音だけが響いていた。
レイは無言で廊下を歩いていた。冷たい白光灯が彼の銀色の髪を淡く照らし、凛とした横顔に影を落とす。
彼はΩでありながら、番を持たずに前線で任務をこなす希少な存在だった。軍内部でも異色の存在――そして自ら望んでその立場を選び取っている。
「……問題ない」
胸の奥でくすぶる熱を、レイは無理に押し殺すように呟いた。
ここ数日、身体の奥がじわじわと疼いている。発情期の兆候だ。抑制剤はまだ効いているはずだが、そろそろ限界が近いのも自覚していた。
けれど、それを誰にも悟られたくなかった。
隊の足を引っ張るわけにはいかない。何よりも、誰かに庇護されるような立場など、死んでもごめんだった。
「レイ」
背後から声がかかった。鋭くも落ち着いた声。彼女――いや、彼――の上官である、特務隊の隊長・カイルだ。
振り返ったレイは、いつもの無表情で軽く敬礼する。
「隊長、報告を」
「報告は後でいい。とにかく、隔離ルームに向かえ。帰還前に例のウイルス検査を受ける必要がある」
「隔離ルーム?」
「そうだ。医療班の指示だ。数時間で済む」
不審に思いつつも、軍の命令には逆らえない。レイは無言で頷き、隊長の後ろに続いた。
隔離ルームは軍の施設の中でも特に閉鎖性が高い場所で、外部との通信が制限されている。任務中の感染対策として使用されることが多いが、今回はどこか違和感があった。
着いた部屋は冷たく、殺風景だった。ベッドが一台と、小さな洗面台。ドアが閉まると、外から電子ロックの音が響いた。
「カイル隊長、あなたもここに?」
「当然だ。お前と同じ任務に出ていた。俺も検査対象になっている」
レイは黙ってうなずくしかなかった。
数時間、と言われていたが、それからも一向に連絡はこなかった。空調の微かな音と、カイルの気配だけが、部屋を満たしていた。
そして、問題はそこからだった。
「……っ……」
呼吸が浅くなる。熱い。身体の奥がじわじわと、耐え難い火照りに包まれていく。喉が渇く。意識がぼんやりしてきた。
カイルが気付いたのは、そのときだった。
「レイ……お前、抑制剤は?」
「……切れた……みたい、だ」
苦しげに声を絞り出すレイの肌は、うっすらと赤みを帯びている。脚がふらつき、壁に手をついた。吐息にフェロモンが混じる。
甘く、熱く、官能的な匂いが空間に広がった。
それを嗅いだ瞬間、カイルの瞳が微かに揺れた。
「……お前、番がいないんだったな」
その声に、レイはピクリと反応する。
「関係、ない……っ」
「ある。Ωがこんな状態でαと密室にいることの意味、分かってるはずだ」
レイの脳裏に、危機感がよぎった。
だが次の瞬間、カイルはゆっくりと近づいてきた。
「ここは、隔離施設じゃない」
その声は低く、静かで、それでいてどこか狂気を孕んでいた。
「お前を、俺だけのものにする場所だ」
レイは無言で廊下を歩いていた。冷たい白光灯が彼の銀色の髪を淡く照らし、凛とした横顔に影を落とす。
彼はΩでありながら、番を持たずに前線で任務をこなす希少な存在だった。軍内部でも異色の存在――そして自ら望んでその立場を選び取っている。
「……問題ない」
胸の奥でくすぶる熱を、レイは無理に押し殺すように呟いた。
ここ数日、身体の奥がじわじわと疼いている。発情期の兆候だ。抑制剤はまだ効いているはずだが、そろそろ限界が近いのも自覚していた。
けれど、それを誰にも悟られたくなかった。
隊の足を引っ張るわけにはいかない。何よりも、誰かに庇護されるような立場など、死んでもごめんだった。
「レイ」
背後から声がかかった。鋭くも落ち着いた声。彼女――いや、彼――の上官である、特務隊の隊長・カイルだ。
振り返ったレイは、いつもの無表情で軽く敬礼する。
「隊長、報告を」
「報告は後でいい。とにかく、隔離ルームに向かえ。帰還前に例のウイルス検査を受ける必要がある」
「隔離ルーム?」
「そうだ。医療班の指示だ。数時間で済む」
不審に思いつつも、軍の命令には逆らえない。レイは無言で頷き、隊長の後ろに続いた。
隔離ルームは軍の施設の中でも特に閉鎖性が高い場所で、外部との通信が制限されている。任務中の感染対策として使用されることが多いが、今回はどこか違和感があった。
着いた部屋は冷たく、殺風景だった。ベッドが一台と、小さな洗面台。ドアが閉まると、外から電子ロックの音が響いた。
「カイル隊長、あなたもここに?」
「当然だ。お前と同じ任務に出ていた。俺も検査対象になっている」
レイは黙ってうなずくしかなかった。
数時間、と言われていたが、それからも一向に連絡はこなかった。空調の微かな音と、カイルの気配だけが、部屋を満たしていた。
そして、問題はそこからだった。
「……っ……」
呼吸が浅くなる。熱い。身体の奥がじわじわと、耐え難い火照りに包まれていく。喉が渇く。意識がぼんやりしてきた。
カイルが気付いたのは、そのときだった。
「レイ……お前、抑制剤は?」
「……切れた……みたい、だ」
苦しげに声を絞り出すレイの肌は、うっすらと赤みを帯びている。脚がふらつき、壁に手をついた。吐息にフェロモンが混じる。
甘く、熱く、官能的な匂いが空間に広がった。
それを嗅いだ瞬間、カイルの瞳が微かに揺れた。
「……お前、番がいないんだったな」
その声に、レイはピクリと反応する。
「関係、ない……っ」
「ある。Ωがこんな状態でαと密室にいることの意味、分かってるはずだ」
レイの脳裏に、危機感がよぎった。
だが次の瞬間、カイルはゆっくりと近づいてきた。
「ここは、隔離施設じゃない」
その声は低く、静かで、それでいてどこか狂気を孕んでいた。
「お前を、俺だけのものにする場所だ」
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