王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!

藤野ひま

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 夜、満月を過ぎたばかりの月が暗い執務室を照らしていた。王が長椅子に横になって丸まり、上からマントを被っている。春とはいえ夜はまだひんやりとした冷気が残っていた。
 すると、いきなりそのマントが剥ぎとられランプの灯がその身を照らした。

「なんだよ、いきなり」
「陛下、いい加減ここで寝泊まりするのやめなさい、って散々言ってますよね?」

 言われた側は、自分を睨みつけるエイスを見上げると、眉をしかめながら起き上がった。

「別にいいだろ、って何度も言ったよな」
「数日ならともかく、長期間だと体にも悪影響ですから」
「十分快適だよ。戦場はこんなものじゃないだろ」
「ここは戦場じゃないですよ」
「戦場だろ。此処も、何処だって」
「いいから寝室で寝てください」
「ここの方が眠れる」
「どうしてもって言うなら私もここで寝ますよ」
「どうしてそういうこと思いつくかな?」

 王はますます眉を寄せ嫌そうな顔をした。だが側近の意思が変わらないとわかると、ため息をついて言った。

「わかった、とりあえず今日は引き下がる。とりあえず、な。明日はわからんぞ」
「……わかりました」

 王は立ち上がると伸びをして首を曲げる。そんな彼にマントを手渡しながら、エイスは言った。

「カル、やはりあなたの今回の判断は間違っている」
「かもな。どっちでもいいよ、もう。仕方ないよ、時間が解決する予定だ」
「時間の神は優しいばかりじゃないですよ」
「……味方につけるさ」

 言うと、エイスの肩にぽんと手を置いた。

「心配してくれてるのはわかってる。でも、最後は俺の問題だからさ」
「それで済むならこんなに心配しませんけどね」
「王様って面倒だなあ」
「王もあなたという個人も面倒です」
「心配性め」

 カルは親友の胸を拳で殴るふりをすると、そのまま部屋を出て行った。

「……そんなものじゃないですよ」

 残されたエイスは暗い部屋の中、独りごちた。




「王妃様、他に御用はありませんでしたでしょうか?」

 ルミは飲み物の入った瓶と空のグラスを机の脇に置くと聞いた。
 王妃は椅子に座ったまま微笑んだ。

「ええ、もういいわ。ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」

 ルミは丁寧におじきをして部屋から退出しようとする。が、その後ろ姿に再び王妃が声をかけた。

「あ、手元以外の部屋の灯りを全部消して行って」
「はい。暗くないですか?」
「大丈夫よ」

 ルミは部屋にいくつか灯してあったランプを消すと、再び丁寧に挨拶をして出て行った。
 王妃は一つ息をつくと、瓶から飲み物をグラスに注ぐ。それをゆっくりと口に含みむと、ふっと笑った。

 「やっぱり、美味しいかわからないわ、これ」

 独り言を口にしながらも残りを飲み干すと、ぼんやりと窓を見た。不透明なガラス越しに月明かりが滲んでいる。と、不意に立ち上がり窓を開けた。ひんやりとした空気と共に、月の明かりが薄暗い部屋にこぼれ落ちる。そして椅子に戻るとグラスに液体を注ぐ。それを口まで持っていったが唇を濡らした程度でグラスを置くと、再びぼんやりと窓の外を見ていた。それから椅子に座ったまま膝を抱え頭を膝に乗せて丸くなる。

「……カル……」

 溢れた小さな声は誰にも聞かれることなく闇に溶けていった。



 カルは枕にもたれてベットに横になりながら、琥珀色の酒の入ったグラスを飲み干すと脇の台に置いた。そこにある酒瓶も中身がほぼなくなっている。

「あー、目が冷めちまった。寝れない」

 言って、天井を見上げる。

「あいつ、心配の仕方が最近うるさいんだよ」

 息を大きくついて頭を抱えるように上半身をかがめる。元々の王の寝室は一人用のベット以外、使われているような気配もないテーブルやらソファがあるばかりで、それなりに豪奢な割には殺風景な雰囲気を漂わせている。
 カルは再び大きくため息をつくと、肌かけを蹴飛ばしベットから立ち上がった。そして、廊下側から部屋に入るのとは別の扉の前までいくと、そこを開けた。

 どことなく淀んでいる空気が流れている。もうしばらくの間、誰にも立ち入られることのなくなった部屋だった。
 真っ暗な部屋の窓を開けると、新しい空気と月の光が入り込んだ。
 カルはその中心にある大きな寝台に座る。暫くそうしてからごろっと横になり窓の外を眺めていたと思ったら、落ち着かないように月明かりに背を向けた。視線の先には整えられたままのシーツと枕の白がぼんやりと見える。王はそっと撫でるようにその布に手を這わせたかと思うと、いきなり起き上がり寝台の上に片膝をついた。そして寝台の頭上に飾ってあった美しい鞘の剣を手に取るとその剣を抜く。鞘の装飾性とは裏腹に、その抜き身の剣は月の光を浴びて不気味に光った。
 王はその剣を振り上げるとそこにあった枕に突き立てた。暗い月明かりの部屋で、影が蠢くように何度も無言で突き立てたのだった。
 
 

 
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